BY NORIO TAKAGI, PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI, ILLUSTRATION BY QUICK OBAKE, EDITED BY MICHINO OGURA
かまわずにはいられない、つい手助けしたくなる〈弱いロボット〉たち
東京・お台場の日本科学未来館で開催中の特別展「きみとロボット ニンゲンッテ、ナンダ?」では、さまざまなコミュニケーションロボットと触れ合える「こころって、なんだ?」のゾーンが親子連れに人気だ。ここには岡田美智男研究室のロボットが、7種類展示されている。その一つ、〈トーキング・ボーンズ〉が語る昔話に、母娘が熱心に耳を傾けていた。頼りない外観と同様に語り口もたどたどしく、「えーと、なんだっけ?」と登場人物やエピソードを忘れたりする。そのたびに母親は「おばあさんね」「しば刈りだよ」とロボットにやさしく教え、娘は「なんで忘れちゃうの、キャハハ」と笑い声をあげていた。
「音声の研究や仕事をする中で、人が言い直したり、言いよどむ、非流暢な話し方に関心をもったのです。そんな中で、人の行為は脳だけで決定されるものではなく、環境との関係で成立しているとする生態心理学に出会った。歩行は実は地面からの支えによって、歩かされている。紙とペンの間の摩擦が、人に字や絵を書かせている。会話も同じで、不完全な状態のまま相手に投げかけ、委ね、相手の反応や表情などを認識して、次の言葉を発する。つまり人は、言い直すことを前提として発話しているのではないかと考えたのです」
言い直し、言いよどむ人の会話の検証は、岡田にとって重要な研究テーマの一つであり、トーキング・ボーンズに先駆けて1999年には初期の代表作〈む~〉が誕生している。水滴のような形をした柔らかな素材で作られた一つ目のロボットで、人が近づくと体を震わせて反応し、その名のとおり「む~」と言葉を発する。音声認識装置も搭載され、話しかければ、言葉足らずに応えてもくれる。
「これを展示会に持っていくと、“どんなセンサーがいくつ入っているの? 何ができるの?”と、スペックばかりを尋ねられ、周囲の反応も悪かった。でも子どもたちのところに持っていったら、人気者になったんです。そしてあまりにポンコツだから、子どもたちがお世話をし始めた。これは予想外でショッキングな出来事でした」
コミュニケーションを生み出すのに、ポンコツであることは一つの強みとなる。そう気づいた岡田はある日、キャスターつきの椅子に置かれたむ~を見て「椅子を押してどこかに連れていって」と言っているように感じ、“他力本願”なロボットという発想に至った。「自分ではできなくても、周りの人を巻き込んで何かを成し遂げられる。そうした発想から生まれたのが、〈ゴミ箱ロボット〉です」
車輪で自走し、センサーでゴミを見つけるが自分では拾えず、その前で止まって“モコー、モッコモー”と意味のない言葉を発する。「ゴミを拾ってください、という明確な言葉だと、命令されているように感じる。しかし意味のない言葉であれば、ゴミを拾ってほしいの?と相手が勝手に解釈して、実際に拾ってもらえる」
明確な言葉を発しないコミュニケーションロボットは、それ以前にもあった。動物型がその典型で1999年発売のソニーの犬型ロボット〈AIBO(アイボ)〉は、その代表例。また癒やしをもたらす福祉用具としても重用されるアザラシ型の〈PARO(パロ)〉も、1993年から研究開発と臨床試験が進められてきた。これらはいずれもペット代替、パロはさらに世界初のロボット・セラピーの実現を目指し開発された。対して岡田は「どんなことができるかを、開発の目的としていない」と語る。
「たとえばぺこりと頭を下げられると、お礼をされた気になる。おはようと言葉を発しても、相手が応えてくれなければ宙に浮く。相互行為というのは実に巧妙で面白い。そしてコミュニケーションを成立させるために人間がやっている、私にとっては“面白いこと”を理解するために検証する手段が、たまたまロボットなだけなんです」
そして検証による結果は、往々にして岡田の予想の域を出る。「複数のゴミ箱ロボットを子どもたちの遊び場に放つと、最初はちょっと乱暴にゴミを放り込んでいたのが、しばらくすると、これはペットボトル用、などと丁寧に分別して拾ってくれるようになったんです。自分ではゴミを拾えないロボットは、それゆえに人のやさしさを引き出してともに何か事を成し遂げ、幸せな感情を生み出す。予想していた以上のコミュニケーションが、そこに育まれたのです」
“他力本願”なロボットによるコミュニケーションの検証を続ける岡田が、2012年に上梓した著書のタイトルは『弱いロボット』。ひとりでは完結できないが、何らかの手段で人の関心を引き、共同で目的を達成する。そんなコミュニケーションを生み出すロボットをわかりやすく言語化したのだ。今では人とロボットの共生を考えるうえで、〈弱いロボット〉は重要なキーワードの一つになっている。それは、コミュニケーションロボットにおいてに限らない。
「人工知能やロボットは不完全なところを隠しがちです。しかし弱い部分を開示すると、人との関係性が広がる。たとえば自動運転システムが弱音を吐くと、運転者の能力も同時に生かされ人馬一体のようになれる。完全自動化のための高信頼性を目指す開発は高コストですが、弱さをさらけ出し人が補完する設計なら低コストになる」
高性能・高速・大容量の技術革新はロボットの進化には不可欠。岡田は、弱いという情感によって、また異なる進化と共生を促す。
特別展『きみとロボット ニンゲンッテ、ナンダ?』
国内展覧会史上最大規模となる約90種130点のロボットが大集結。ロボットを通じて「人間とは何か?」を考える。一部のロボットとは実際に触れ合ったり、操縦体験もできる。
会期:~ 8月31日(水)
会場:日本科学未来館
住所:東京都江東区青海2-3-6
開館時間:10:00~17:00 (入場は閉館の30分前まで)
休館日:火曜(7月26日~8月30日は開館)
入場料:大人(19歳以上)¥2,100、中人(18歳~小学生)¥1,400、小人(小学生未満~3歳)¥1,400
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
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