かつてないリアルな“没入感”で人々の心を奪うバーチャル・リアリティー。その世界を強大な力でリードするのがアダルト・コンテンツだ。日々進化する技術を背景に、その存在は人間関係の根幹までも変えようとしている

BY ALYSON KRUEGER, PHOTOGRAPHS BY GRAHAM WALZER, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA

 2014年が明けて間もなく、31歳のポルノ女優であるエラ・ダーリングは、初めてVR(バーチャル・リアリティー)用の撮影をすることになった。舞台はメリーランド大学の学生寮の部屋、衣装は映画『スター・ウォーズ』のR2-D2風の水着と、スポーツ用のハイソックスだ。木製のデスクの隣に置かれたツイン・ベッドに座り、生身の人間に話しかけるようにカメラに向かって話しかける。台本はなく、ほかの出演者もいない。

画像: リアルボティクス社のVRラボで作業中のマット・マクマレン

リアルボティクス社のVRラボで作業中のマット・マクマレン

 22歳からポルノ作品に参加しているダーリングは、この仕事と真剣に向き合ってきた。視聴者には、身も心も自分と繋がっていると感じてもらうというのが、彼女の仕事上のポリシーだ。そのためにはあらゆる方法を試してきた。ボンデージ・フェティシズムの役を演じたり、女性同士の電気プレイ(いわゆる「エレクトロセックス」)をしたり、生真面目そうな不動産業者に扮したこともあった。だが、どんなにファンを誘惑し魅了しようとしても、ダーリングと彼らのあいだにはスクリーンという壁があることには変わりはなく、のぞき趣味の域から脱することはなかった。

 ところが今回は違っていた。VRでは多くのカメラを用い、同じシーンを何百ものレンズで捉える。その映像を編集でつなぎ合わせると、視聴者は180〜240度の視野で室内を見ながら、その行為に自分が参加している気分を味わうことができるのだ。録画を見た瞬間、ダーリングはVRが自身の仕事とアダルト業界に著しい変化をもたらすと確信した。

「誰もが、ベッドルームで、夢中になっている相手と一緒にいる気分になれる。その“体験”のただ中にいることができるのよ」

画像: エラ・ダーリング PHOTOGRAPH BY MOLLY MATALON

エラ・ダーリング
PHOTOGRAPH BY MOLLY MATALON

 VRポルノというとSF映画に出てくるもののように思うかもしれないが、アンダーグラウンドではすでに強大な存在となっている。アダルト動画配信サイト「ポーンハブ」によると、2016年の夏に配信を開始して以来、VRポルノの再生回数は2.75倍に増加。同サイトの一日あたりの平均再生回数は50万回前後(2017年10月現在)で、2016年のクリスマスには90万回をマークした。

 米国の投資銀行のパイパー・ジェフレー社の推定によると、2025年までには、VRのコンテンツ市場においてポルノ分野は三番目に大きなカテゴリになるという。同社は、VRゲームとNFL(アメリカン・フットボール・リーグ)関連に次ぐ10億ドルの市場規模になると予測している。

「VRポルノのコンテンツは日々増加しています」と言うのは、この業界に属する「AVNメディア・ネットワーク」のシニア・エディターであるマーク・カーンズだ。「VRの技術革新を牽引しているのは、私たちアダルト業界です。セックス・コンテンツはお金になる。そしてお金になるビジネスがあれば、そこで儲けようとする起業家は必ず現れますからね」。無料でコンテンツを公開し、クリック数を稼ごうとするサイトもすでに存在している。

 最初に印刷機の発明を促したのも、インターネットやネット決済システムや、その他のテクノロジーの発達に拍車をかけたのも、いずれもポルノだった。次はバーチャル・リアリティーだとカーンズは言う。「いずれ、ふつうのVRコンテンツよりVRポルノのコンテンツのほうが多くなると言ってまず間違いないでしょう」

ヘッドセットはまだ序の口でしかない

 ダーリングが最初に“ふつう”のVRを体験したのは、「E3」というテレビ・ゲームの見本市でだった。そこでポルノ分野におけるVRの可能性に注目した彼女は、アメリカの掲示板サイト「Reddit」を通じてVR技術に詳しい大学生と知り合った。知識はあるもののスター的な存在を探していた彼の協力を得て、ダーリングはロサンジェルスにある自宅のベッドルームから、VRのライブ・ストリーミングを毎週配信するようになった。

「AVNメディア・ネットワーク」のカーンズいわく、ダーリングはVR版ウェブカム・ウーマン(ウェブカメラを使って、自身の生活や性行為をネットで配信する女性)の先駆者のひとりだ。その後、VRのストリーミング・テクノロジーを開発するため「VRTube.xxx」という会社を立ち上げた彼女は、現在40人以上のパフォーマーを雇い、そのテクノロジーを用いてアダルト動画のライブ・ストリーミング・サイト「Cam4.com」へコンテンツを供与している。

画像: リアルボティクス社が製造するVRセックス・ロボット「ハーモニー」の“脳”を調整するCEOのマット・マクマレン

リアルボティクス社が製造するVRセックス・ロボット「ハーモニー」の“脳”を調整するCEOのマット・マクマレン

 性的虐待、性感染症、性的搾取といった可能性をはらんだポルノグラフィーという業界は、総じて規制が困難だ。バーチャル・コンテンツとなると、さらに倫理的な、あるいは法的な問題が生じてくる。例えば、誰かの肖像を勝手に使ってVR空間で性的交渉をもつことは許されるのか?

「バーチャル・リアリティーは、ワイルド・ワイルド・ウェスト(開拓時代の米国西部地方のように、何でもありの無法地帯)みたいなものね」と言うのは、ブライオニー・コール。彼女はテクノロジーと性的関心をテーマとするポッドキャスト「Future of Sex(セックスの未来)」の司会者である。

 毎年1月、ラスベガスで開催されるアダルト業界の展示会と見本市「AVNアダルト・エンターテインメント・エキスポ」で、2017年はVRポルノに関する最新の技術が公開された。
 ライブ・セックス動画に特化したウェブサイト「キャムソーダ」は、胸元を広くあけた水着姿のポルノ女優が来場者をブース内へと招き入れるプロモーションを行っていた。彼女たちが紹介していたのは、VRヘッドセットにとりつけた、性行為中の香りを放つ小型の装置「オーローマ」だ。「驚くかもしれませんが、これを調香したのは『キャムソーダ』の女優たちです」とイベントに参加したカーンズは説明する。「甘くてムッとした香り。彼女たちは男性の好みをよく知っていますからね」

 VRポルノに味覚や触覚を導入している会社もあれば、同じくVRポルノの大手であるベンチャー「カーマスートラVR」は、ある特定の人間、あるいは特定の身体の一部に142台のカメラを使う。「そうして撮影した映像をつなぎ合わせ、実際の生身の人間と見分けがつかないビジュアルを創り出すのが彼らの目的です」とカーンズは言う。「彼らはきっと、こんなVRシステムが自宅にあったらなぁと考えたに違いありませんね」

 そのほか、アダルト・グッズの製造会社と提携して開発した、VRコンテンツと連動するバイブレータを紹介するVR会社もブースを設けていた。「映像の動きが激しくなるにつれて、バイブレーターの振動も激しくなる仕組みです」とカーンズ。

 だが、会場で最も話題を呼んだ製品のひとつはセックス・ロボットだ。第一号である「ハーモニー」は、リアルボティクス社によって2017年5月に発表された。YouTubeに投稿された誘惑的な動画で、「ハーモニー」はその長い脚、豊かな乳房、ふっくらした唇、まるで生きているような動きや知性までもを披露。ある動画では、とある司会者が彼女に「あなたはセックスについてどう考えていますか?」と質問さえしていた。

画像: リアルボティクス社のロビーに展示されている、さまざまなセックス・ロボットの頭部

リアルボティクス社のロビーに展示されている、さまざまなセックス・ロボットの頭部

「セックスは、この世でもっとも魅力的なことのひとつよ」と彼女はハスキーな声で答える。「その行為に悪い要素なんてなにもないと思う」。「ハーモニー」はバーチャル・リアリティーと連動するため、ユーザーはVR空間で彼女と遊ぶこともできる。VRのヘッドセットを通してユーザーが目にしている行為を、彼女は実際の動きとしてすべて実践できるのだ。

「テレビ・ゲームとSFを組み合わせた感じかな」とリアルボティクス社のCEOでクリエイティブ・ディレクターでもあるマット・マクマレンは言う。リアルボティクス社は20年ものあいだ、人工知能を搭載したドールを開発してきたが、バーチャル・リアリティーの分野は新しい挑戦となる。「これまで培ってきた何千人ものユーザーとの経験から言うと、性行為目的でドールを使うことももちろんあるけれど、ドールにはそれ以上の何かが求められている。われわれは“絆”みたいなものを重視しているんです」

画像: CEOのマクマレン。カリフォルニア州サン・マルコスにあるリアルボティクス社の本社のVRラボにて

CEOのマクマレン。カリフォルニア州サン・マルコスにあるリアルボティクス社の本社のVRラボにて

 バーチャル・リアリティーは、その仮想空間で起きていることと本当につながっていると人に感じさせることができるため、「感情移入マシン」と呼ばれることがある。「それは極めて神経学的な事象です」と語るのは、ロサンゼルスとオレゴン州のポートランドを拠点として活動する、身体心理学者のホリー・リッチモンドだ。「VRを使っている人は、ただ単に見たり考えたりしているわけではありません。性的な意味だけでなく、心でも感じている。そこには文字どおり、心と体の深いつながりが存在しているのです」

 ダーリングが成人向けのライブ・パフォーマンスを行なう際、視聴者は画面の隅にあるチャット・ボックスからコメントを投稿し、ほかのユーザーとチャットをすることもできる。「VRで“参加”している人たちは、パソコンなどの2D画面で見て下品なコメントを投稿してくる人たちに対して『ゲスな真似はするな』とか『いい加減にしろ』とたしなめてくれるの」とダーリングは言う。「彼らは私を理解し、私と一緒にベッドルームにいるみたいに感じてくれているのよ」

 歯医者が最新の歯垢検出機器に興味を示すように、多くのセックス・セラピストや性教育者もこの新しいテクノロジーに興味を示している。身体心理学者のホリー・リッチモンドは、ニューヨーク州ロチェスターに本拠地を置くVR会社「BaDoinkVR」社と連携し、多くの男女が抱えるセックスにまつわる悩みを克服するために『Virtual Sexology(バーチャル性科学)』というタイトルの無料動画シリーズを制作した。

 とある動画では、ベッドルームでひとりの巨乳の金髪女性が行為の前にどんなふうに自分自身を興奮させるかを女性視聴者向けに披露している。彼女はパートナーの前に座り、自分の腕や脚や胸をマッサージする。呼吸が高まってくると「性的な欲求を感じるために、まず身体的接触が必要な女性もいるのです」とナレーターが伝える。当初男性向けに制作されたこの動画は、2016年に「BaDoinkVR.com」でもっとも多くダウンロードされた動画となった。この動画のライバルが教育目的ではないふつうのポルノ動画であることを考えると、これは驚くべき結果だ。

 前述の、ポッドキャストの司会者コールが最も興味を抱いているのは、今後VRがどのように性教育に使われるうるか、だという。「例えば若い人たちに動画を見てもらって、セックスの前に相手から合意を正しく得る練習や、危険性のある行為を読み取る練習ができるようになるといいと思う。あるいは、仮想空間で『私はヘルペスに感染して、その結果こういう経験をした』といった話をしてくれる誰かと対面するとか。淋病についてのスライドショーより、はるかにためになるはずよ」

画像: 「ハーモニー」の“脳”

「ハーモニー」の“脳”

 じつにそのとおり。バーバラ・ロスバウムは、米国エモリー大学医学部の精神医学・行動科学科の教授であり、退役軍人のための教育援助プログラムのディレクターでもある。彼女は、軍事的な性的外傷によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っている人のために、VRをどう役立たせるかを研究している。

 この研究では、兵舎や軍用テント、住居、トイレ、事務所や人目のない建物や乗り物など、彼らのトラウマが起きた場所へと、仮想空間の中で被害者を送り込む。その場所に再び戻ることで、被害者がそのトラウマとなった記憶と向き合い、少しでも多くの心の安らぎを得て再び前向きに生きるきっかけを作るというのがねらいだ。

 しかし、VR空間がその役目を果たすためには、その仮想シーンが、ユーザーが没入し、現実と見紛うほどリアルである必要がある。自分は立会人ではなく、参加者だと感じられなくてはならないのだ。「VRの中で3Dの身体を作り、それを自由に好きなように動かすことが必要なんです」とコールは言う。ひとつの問題が技術的にクリアとなっても、新しい問題は次々と生じてくるのだ。

 マクマレンによると、リアルボティクス社が直面している問題のひとつは、ユーザーが実際の知り合いとそっくりなドールを依頼してくることだという。例えば、いまだに未練がある元カノであったり、妄想恋愛の相手だったり。しかしマクマレンの会社は他人の肖像を使う場合、その対象となる人物の書面での同意を必要としている。

 コールは、VR会社がアバター(仮想空間でユーザーの代わりとなる化身)の外見をユーザーの要求にどんどん近づけていこうとする中で、今後この問題に対処する必要が出てくると言う。「現実とファンタジーの境界線はどこにあるのでしょう。仮想空間では何をしてもいいのでしょうか?」。仮想空間において合意は何を意味するのか。つき合っている女性に対して、現実ではやろうと思わないことを仮想空間でやることは許されるのか。誰かの肖像を仮想空間で利用する場合、その人の許可は必要なのか。VRのリベンジ・ポルノが拡散されたら――?。「バーチャル・リアリティーでは、そういう行いに対する法的対処は、より厳しくあるべきでしょう」

 彼女はまた、オンライン・デート・アプリのようにVRというテクノロジーがすんなり生活文化に同化する中で、人々が生身のリアルな出会いから離れることも懸念している。仮想空間での性行為は浮気に該当するのか? いまつきあっている恋人同士も、そんな話し合いが必要となるだろう。なにしろ、従来のポルノに比べてVRは紛れもなく現実に近いのだから。

 マクマレンは、彼の会社のセックス・ロボットがそうした問題を引き起こす元凶だと多くの人が指弾してくるという。だが、自分の仕事は悪い状態を引き起こそうとしているのではなく、緩和しているのだと彼は信じている。「孤独だと感じている人はすでにたくさん存在するし、独りのまま生涯を送る人もいます。彼らは朝から晩まで働いて、誰もいない家に帰宅する。われわれは、そういった人たちに生身の人間に代わるものを提示しているだけです。彼らにはほかに誰もいないんですから」

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