装いやたたずまい、醸し出すムード。スタイルにはそのひとの生きてきた道、生き様が自ずとあらわれるもの。美しい空気をまとう先輩たちをたずね、その素敵が育まれた軌跡や物語を聞く。第2回は、染色家の二宮とみさん。アトリエを尋ねると、ふわふわのシフォンケーキのような笑顔が飛び込んできた。前編では、半世紀に及ぶ創作活動を辿りながら、コロナ禍を機に情熱を注ぎはじめた新たなアートワークを拝見した

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA

好奇心を羅針盤に、今も続く創造の巡礼

画像: 二宮さんの好奇心が一つ一つ輝く、宝箱のようなアトリエ

二宮さんの好奇心が一つ一つ輝く、宝箱のようなアトリエ

 色鮮やかなスモックや幾何学的なストール、優しい物語を秘めたテキスタイルアートからダイナミックなタペストリー、植物の姿を映したエコプリントのTシャツまで……。これまでに二宮さんが手がけてきた作品のスタイルは実に幅広い。どんな肩書きで表記すべきかという筆者の問いかけに、「私ね、Netflixで観た映画『Mr.ノーバディ』のような人になりたいのよ。肩書きは何もないのに、実はプロフェッショナルな面を持つという人に」とチャーミングに微笑む。

 染色との出合いは、高校時代に遡る。お母様が民藝協会に所属していたことから、住まいには日本中から集められた、名もなき職人の手による藍染めや更紗のタペストリーが飾られていた。ある日、学校から帰ると出入りの呉服商が手にしていた鳥文様の琉球紅型に目を奪われる。鮮明な配色、大胆な図形に一瞬で魅了され、そんな反物を自分で染めてみたいと女子美術短期大学のテキスタイルデザイン学科(現在のアート・デザイン表現学科)へ進む。卒業後は、無形文化財保持者である芹沢銈介が主宰する「このはな会」に所属。型絵染めの“いろは”を学びながら、芹沢銈介の審美眼に間近で触れる時間を過ごす。

画像: 「このはな会」で初めて手がけた型絵染めの立ち雛。軸装して今でも上巳の節句に飾っている

「このはな会」で初めて手がけた型絵染めの立ち雛。軸装して今でも上巳の節句に飾っている

 高校時代に一目惚れをした紅型の世界を目指していた二宮さんだが、「このはな会」で様々な人の作品を目にするうちに、広幅の木綿を規則的に彩る幾何学的な文様の美しさに目覚める。民藝の世界の作家の登竜門である国画会を目指し、国展の公募に挑戦。「実はね、6回落ちちゃったのよ。7回目でようやく審査が通って、上野の東京都美術館に作品が飾られたときは本当に嬉しかったわ」。“七転八倒”しながら、“六転び七起き”で掴んだ国画会には、その後40年以上在籍し続けることとなる。

画像: ご自宅の庭に広げたシルクスクリーンの作品。二宮さんの視線を通すと、何気ない景色さえも異彩を放つ

ご自宅の庭に広げたシルクスクリーンの作品。二宮さんの視線を通すと、何気ない景色さえも異彩を放つ

 二宮さんは、学び続ける人である。いつでも感性のアンテナに従って挑戦し、その度に壁にぶつかっても道を探求し続ける。国展に入選した後、母校の染色研究室に在籍し教鞭を執りながら、もっと自由なテーマや色を求め続けた。50歳を過ぎた頃に大学の夏休みを利用し、ロンドン芸術大学のカレッジ「セントラル・セント・マーチンズ」にて、シルクスクリーンの短期講座に通う。「それまでは分厚い木綿にばかり作品を染めていたので、薄いシルクが教材で配られた時に、びっくりしたのよ。それはもう、刺激的だったわ」と当時の興奮が蘇るよう。日本でも再現したい、学生にも教えたいという情熱から八王子でシルクスクリーンの加工を手がける工場に直談判し、10年間通い続けながら染料の知識と技術を習得する。

画像: 自宅の庭に集う小鳥を描いた作品は、どこかユーモラスな表情と独創的な配色が愛らしい。シルクスクリーンとの出合いによって、ストールやトートバッグなどファッション小物を手がけ始めたのもこの頃

自宅の庭に集う小鳥を描いた作品は、どこかユーモラスな表情と独創的な配色が愛らしい。シルクスクリーンとの出合いによって、ストールやトートバッグなどファッション小物を手がけ始めたのもこの頃

感動をパッチワークして、自分にしかできない作品を

画像: 作品の制作過程を配信している二宮さんのInstagramにアメリカ人からコメントが寄せられ、スケッチに馬を描き足したという

作品の制作過程を配信している二宮さんのInstagramにアメリカ人からコメントが寄せられ、スケッチに馬を描き足したという

 シルクスクリーンは、色数が多い手描きの図案が転写できる面白さが型絵染めとの大きな違いだという。「当時はマリメッコのような大きな柄が主流だったので、それも惹かれましたが、他に人がやっていないこと?自分は一番好きなものは何か?本当に自分にしかできないことは?といつでも考えていました」。二宮さんが自問自答の疑問符を地図に行き着いたのは、微細なラインを自在に操れるシルクスクリーンの特徴を生かした、緻密な描写を凝縮させた作風だった。「心に焼き付いた印象を、熟成させるの。写真をコラージュするように、感動したものをパッチワークする感覚で図案化するのよ」と、図案を生み出す最初の一歩について語る。

画像: クールマイユールにて、ご主人とのスキー旅行の思い出を収めたコラージュ。教会のステンドグラスだけを集めたページや、スキー板のように空を切り抜いたりと遊び心が凝縮。作品のインスピレーションの素となることも

クールマイユールにて、ご主人とのスキー旅行の思い出を収めたコラージュ。教会のステンドグラスだけを集めたページや、スキー板のように空を切り抜いたりと遊び心が凝縮。作品のインスピレーションの素となることも

 3年前に世の中がコロナ禍で静まりかえった時期に、二宮さんはエコプリントという新たな染色のツールを手にする。「Instagramを見ていたらね、イギリスのの女性が彩度の低い沈んだ色の染物をとっても嬉しそうに染めているの。私の作品は、色の選定が大切で理想的な色を出すのに、長いときは1週間かかることも。だから、何でこんなに沈んだ色を染めるのか信じられなかったの (笑)」。驚きは感動と紙一重だ。この摩訶不思議な染物が“エコプリント”と呼ばれ、オーストリアやフィンランドなどで約100年続く技法ということを知ると、二宮さんの研究心に火が灯った。

画像: 庭で摘んだドウダンツツジや梅もどきを、「あなたは、こっちね」などと植物と会話するように並べる

庭で摘んだドウダンツツジや梅もどきを、「あなたは、こっちね」などと植物と会話するように並べる

 見よう見まねで染めてみたら、植物のアクが凝縮したような色に。独学でひたすらトライ&エラーを繰り返し、配合は全てノートに記録。失敗したレシピがノート3冊にも及んだほど。そのうちに、Instagramを通してフロリダ在住の日本人のエコプリンターと繋がり、ようやくコツがつかめてきたという。「とにかく実験しかないの。まだ自分だけのスタイルは築けないけど、毎日取り組んだらいつかはできると思うわ」と嬉々として語る表情は、誰も解けない数式に挑む数学者のような一途な純粋さに彩られていた。

 エコプリントのグレイッシュな世界に費やした時間を経て、今はその反動で改めて強烈な色の強さに心が動いているそうだ。「自分を定義せずに“Nobody”でありながら、誰もやったことのない作品を表現していきたいわ」。自分が何者かではなく、どんな物を残すか……それは“誰が作ったのかわからないものにも美しさがある”と説かれた、民藝の世界ともクロスオーバーするようだ。

二宮とみ(染色家)
女子美術大学ファッション造形学科特任準教授・桑沢デザイン研究所非常勤講師を経てnino worksにて、実験教室や作品制作の活動中。著書に『染めのほん』(眞田造形研究所編・デザイン)。5月31日(水)〜6月6日(火)まで銀座三越本館7階のジャパンエディションにて、作品を展示販売予定。詳細はインスタグラム@tomi_ninoにて配信予定。

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