BY YUKO TAKANO
名脚本家として知られる山田太一の傑作小説『異人たちとの夏』(1987年)。孤独な脚本家を主人公に高度成長を遂げた80年代日本を背景にしたこの作品を、現代のロンドンに移行したアンドリュー・ヘイ監督の新作映画が『異人たち』だ。原作の独創的な発想に惹かれ、自身の人生体験を反映させた作品を作りたいと感じたと語る。
アンドリュー・ヘイ(以下、ヘイ) この物語に自分なりの現代的な意味を持たせてみたいと感じた。他界した両親に再会するという発想がとても良いと思ったし、それがどんな意味をもつかも……。自分なりの視点で物語を語るために、設定を現代のイギリス、ロンドンに移してみたんだ。
主人公アダム(アンドリュー・スコット)は脚本家で、東ロンドンの真新しい閑散としたタワーマンションに住む。12歳になる前に亡くした両親の思い出を基に新作に着手するが、いっこうに進まない。ある日ロンドン郊外にある子ども時代の自宅を訪ねると、そこで他界した当時そのままの両親に再会するのだ。一方、突然訪ねてきたマンションの隣人、ハリー(ポール・メスカル)と恋に落ちる。原作では男女間の恋愛である二人の関係を、自分がゲイであることに基づく視点から解釈したあたりも興味深い。
ヘイ パーソナルな物語として、その点でゲイの恋愛関係に設定するのは自然なことだった。ゲイである場合とそうでない場合、家族関係がどう変わるかという点にも興味が湧いた。息子がゲイであることが家族関係を複雑にするのではないかと思う。主人公がゲイとして両親に、理解してもらい受け入れてもらうという点にとても関心があった。原作では愛の本質について、家族や恋人との関係から語っているが、そこにゲイという要素を加えたら複雑になるのではないかと……。それはアダムという主人公が長い間心の中に秘めていた思いであるから。
家族愛と恋愛というテーマが平行して物語を貫く。今イギリスで最高に乗っている人気俳優のアンドリュー・スコットとポール・メスカルが、主人公アダムと恋人ハリーとして共演しているあたりが見どころだ。アダムの父を演じるのはジェイミー・ベル(『リトル・ダンサー』)、母親を演じるのはクレア・フォイ(『ザ・クラウン』『ウーマン・トーキング 私たちの選択』)。現在の自分より若い両親と、アダムが会話を交わすシーンも情と思いやりにあふれ、心を熱く揺さぶる。
ヘイ キャスティング監督と、4人の相性を踏まえ念入りにキャストを選んだ。例えばアダム役であるアンドリューの相手役にふさわしいポールを決め、この二人にピッタリの両親役を探した。3人はアダムと様々なコネクションを持っているからだ。また父親役は、少々アダムに似ていなければならないという微妙な点を踏まえながらのキャストを選択した。キャスト4人とも脚本を読み、絶対やりたいと言ってくれた。全員自分の体験を持ち込んで演技してくれたと思う。そんな4人のキャストと仕事できたのは素敵だった。
なんと両親の家での撮影は、実際に監督が幼少時代を過ごした家で行われた。長い間リノベーションもされておらず、ほぼ当時のまま。この家で展開する他界した人間との出会いや、ありえない事態とスクリーン上で遭遇しながらも、観る者はアダムの感情の旅に心から寄り添い、子どものころの自分に回帰することで様々な感情を体験し涙する。35ミリのフイルムで創り出された、リアルとファンタジーの間に存在する空間、そしてあちこちにちりばめられた笑いが心をくすぐる。
ヘイ 脚本には何か所か、ばかげていると感じるシーンが登場する。例えば成人のアダムが子どものパジャマを着て立っているのは変だから、観客は当然笑う。ところがベッドに両親と横たわり会話を交わすうちに、その気持ちがわかる、と感じるようになる。子どものころに帰ったような気持ちにさせてくれるんだ。例えば鏡に映る自分を見て、どうやって子どもの自分がこんな姿になったのか、なんて思うことがあるだろう? 観客が笑うのは、変だと思うからではなく、理解できるからなんだ。
山田の原作が8月のお盆を背景にしたゴースト・ストーリー色が濃いのに対し、ヘイの英国版は原作のゴースト・ストーリーを保ちつつも死に対する主人公のトラウマ、喪失感、心の救済などが核となったエモーショナルなドラマとして脚色されている。80年代の日本の高層建築ブームと、2012年のオリンピック以降に加速したロンドンのタワーマンション・ブームをうまく同調させ、主人公の孤独とメランコリーを表現したあたりも実にいい。
ヘイ イギリスに日本のお盆のような慣習がないのは残念だ。メキシコにも死者を祝うお祭りがあるし、過去の思い出を、お盆という習わしで多くの人が亡くなった人の冥福を祈るというのは素敵だ。それで日本にはたくさんのゴースト・ストーリーがあるのかも……。死者に強い関心を示すのは良い事だと思うよ。この世には死というテーマについて語る作品がもっと多くあっていいと思う。僕には何もかもが死に関連しているように思える。自分が限られた命を与えられ、時間が着々と過ぎていっているということを常に感じるから。それを皆知りながら、忘れている。まさに世界中の誰もが共有するテーマだよね。
映画の幕開けから結末まで、80年代前半のイギリスのポップ・ヒット曲が一貫して挿入されている。監督にとって非常にパーソナルな思い入れが音楽に顕著に反映されているように映るのだ。最初と最後を飾る曲について聞いてみた。
ヘイ 12歳の頃にフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラブ」の入ったアルバム『ウェルカム・トゥ・ ザ・プレジャードーム』を買った。あの曲を繰り返し何度も何度も聴いたものだ。なぜ自分がこんなに気に入っているのかわからなかったけれど、自分に話しかけてくれる曲だったんだ。大人になったら何になりたいかもわからなかった子どもの頃の僕にとって、クリスマスの時期にイギリスでナンバー1ヒットにもなったオペラのように壮大でロマンチックなあの曲は、何か特別だったんだ。まさに僕の言いたいことを言い当てているという点で。
『異人たち』
4月19日(金)公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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