短歌や詩、小説など言葉を紡ぐことに力を注ぎ、人生をかけた女性たちがいる。流れあふれるSNSの文字、動画配信のテロップや聴こえてくる多種多様な言葉を浴びてしまう今こそ、立ち止まり、言葉の音の響きや文字の持つ意味を見つめてみるのはいかがだろうか。言葉が、短歌や詩のような形で世の中に残り、人の記憶に残る。ときに情熱的に、ときに静かに――

BY CHIKO ISHII

女性歌人たちの闘いを描く
『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』

『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』は、評論家としても注目を集める歌人、瀬戸夏子による評伝的エッセイだ。1949年に結成された女性だけの超結社「女人短歌会」と歌誌「女人短歌」に参加した女性たちの闘いを描く。

 第二次世界大戦までの日本社会は、男性の家長が家族を支配する「家制度」を基盤にしていた。歌人たちが集う結社も、主宰者の男性歌人を頂点とする師弟関係によって成り立つグループであり、一部のスター歌人を除いて女性は軽んじられていたという。戦後、家制度が廃止され、婦人参政権が認められた。時代の変化に反応した女性たちが、新しい活動の場を求めて立ち上げたのが「女人短歌会」なのである。

画像: 『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』瀬戸夏子 著、三岸節子 装画(『彩羽』<遠山光榮・著>カバーイラストより)、アルビレオ 装丁 ¥2,090/柏書房

『をとめよ素晴らしき人生を得よ 女人短歌のレジスタンス』瀬戸夏子 著、三岸節子 装画(『彩羽』<遠山光榮・著>カバーイラストより)、アルビレオ 装丁
¥2,090/柏書房

「女人短歌」を取り上げた本はほかにもあるが、本書が画期的なのは歌人たちのシスターフッドを切り口に、作品と伝記的事実の関係を考察しているところだ。
 たとえば、第1章の大西民子と北沢郁子。大西は「帰らぬ夫を待つ妻」という主題で有名になった歌人だ。自分を裏切って出ていった夫の帰りを健気に待つ妻なんて“レジスタンス”精神に反するように思えるが、世間に定着した大西のブランドイメージを解体した歌人がいた。それが、大西と同様「女人短歌」に参加する歌人で親友だった北沢郁子だ。瀬戸は北沢の著書『回想の大西民子』を読み解き、〈大西は生涯男だけを想いつづけて死んだ女ではない〉ということを明らかにする。夫の不在を詠んだ〈かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は〉という大西の代表歌を引用しながら、彼女が深く愛したもうひとりの人の存在を浮き彫りにするくだりも素晴らしい。

「芥川龍之介の最後の恋人」として知られていた片山廣子、三島由紀夫の小説の登場人物のモデルと言われた齋藤史など、本書で紹介される歌人は魅力的だ。しかし、資料をもとに描かれた肖像は、通俗的なイメージを強化する危険性がある。歌人たちが隠しておきたかった秘密を暴くこともあるだろう。 
 補章01「アガサ・クリスティーと中島梓」で、瀬戸は自分のやり方が最良なのかわからないという迷いを吐露する。それでも〈書くことと書かれること〉に真摯に向き合い、〈美しいことばかりでもなければ、善いことだけでもない、失敗もする女性、女性たち、女性の共同体、けれどかけがえのないその存在、共同体の物語〉を書くと宣言する。本書における〝レジスタンス〟とは、迷いながらも考え続けて、女性の人生、シスターフッドのあり方は多様であると伝えることではないか。
 挫折や絶交を乗り越えて「女人短歌」というプラットフォームの基礎を築いた北見志保子と川上小夜子、女だけの歌誌の必要性を認めなかった五島美代子を説得し「女人短歌」の事務仕事を一手に引き受けた長沢美津、キャリアのスタートは遅かったが戦後を代表する歌人のひとりになった葛原妙子と「女人短歌」で出会った終生の歌友・森岡貞香……闘い方はそれぞれ違うけれども、みんな勇敢で粘り強い。こういう人たちが集う場になったというだけでも、「女人短歌」があってよかったと思う。

 巻末付録は瀬戸の選による「女人短歌」アンソロジーだ。なかでもわたしが惹かれたのは、釈迢空の弟子・穂積生萩の〈もとの身は雨乞いシャーマン・アマタラス死して慈雨ありぬ やるやおまへんか〉。女嫌いなのに「女人短歌」を支援した迢空と生萩の師弟関係も面白く、すっかりファンになってしまった。自分に合う歌人、刺さる一首を見つけてほしい。

“女性のための”詩の雑誌、その濃密な10年間
『現代詩ラ・メールがあった頃 1983.7.1ー1993.4.1』

 詩の世界にもかつて「現代詩ラ・メール」という女性による女性のための雑誌があった。『現代詩ラ・メールがあった頃 1983.7.1―1993.4.1』は、編集実務を担当した棚沢永子による回想録だ。
 ある日、詩人の吉原幸子が思潮社社主・小田久郎に対して、男性中心の詩壇への不満をぶちまけたことが「ラ・メール」創刊のきっかけになった。深夜だったにもかかわらず吉原は日本現代詩人会初の女性会長に就任した新川和江に電話をかけて〈今の詩壇は女たちが活躍する場がない。女たちで集まって何かやりませんか〉と誘ったという。

画像: 『現代詩ラ・メールがあった頃 1983.7.1ー1993.4.1』棚沢永子 著、acer 装丁 ¥2,200/書肆侃侃房

『現代詩ラ・メールがあった頃 1983.7.1ー1993.4.1』棚沢永子 著、acer 装丁
¥2,200/書肆侃侃房

 創刊の挨拶状にこんな文章がある。
〈もとより、芸術そのものの価値にとって、〝男流〟〝女流〟の区別などは不要です。しかし性別というものが消え去ることはない以上、男女それぞれに特性があることは将来ともに不変でありましょう。その特性の中で百花繳乱、時には女を超え時には女にこだわり、時には自讃し時には自省して、私たち自身という“海“(ラ・メール)を模索していきたいと思います。〉

〈私たち自身という〝海〟〉を目指す女性たちの情熱に引き込まれる。入社したばかりの新人だったにもかかわらず、編集業務を担当することになった棚沢の〝今だから言える裏話〟も強烈だ。原稿をもらいにいったらいきなり罵詈雑言を浴びせてきた著名詩人、とんでもないものを送りつけてきた中堅詩人、些細なことに神経を尖らせる先輩編集者……棚沢は人間関係の荒波に揉まれて成長していく。
 新川は「ラ・メール」創刊当初から10年でやめると公言していて、予定通り満10年で終刊した。なんと濃厚な10年だろうと思う。妊娠して仕事に復帰するかどうか悩む棚沢を〈女の人が作る雑誌なんだから、きっとなんとかなるわよ。赤ちゃんが生まれるなんて、私たちもこんな楽しみなことはありません。みんなで子どもを育てましょう!〉と励ました新川。娘ほども歳の違う棚沢と対等に喧嘩していた吉原。ふたりの詩人と編集者のシスターフッドが胸を打つ。

20世紀を生き抜いたひとりの女性作家がいた
『美しい人 佐多稲子の昭和』

 シスターフッドをテーマした本ではないが、女性による女性作家の評伝ということであわせておすすめしたいのが、文芸ジャーナリスト・佐久間文子の『美しい人 佐多稲子の昭和』だ。

 佐多稲子は幼くして母と死に別れ、家計を助けるために小学校をやめてキャラメル工場で働き、その後も職を転々とした。最初の夫との離婚を経て、カフェの女給をしているときに、中野重治や堀辰雄など雑誌「驢馬」の同人と知り合い、貧しい文学青年・窪川鶴次郎と再婚。中野重治と窪川が参加していた左翼運動にも身を投じる。やがて作家になり、順調にキャリアを積むが、家庭と仕事の両立、夫の恋愛問題に苦しむ。戦争中軍部に協力したということで、戦後は仲間たちに批判された。それでも〈転ぶたびに内省を深めて歩幅を確かめ、自分の傷を核にして作品にふくらませていった〉という。佐久間は〈自分で自分の顔をつくりあげていった人〉として、稲子の足跡をたどっていく。

画像: 『美しい人 佐多稲子の昭和』佐久間文子 著、美柑和俊+瀧澤彩佳(MIKAN-DESIGN) デザイン ¥3,300/芸術新聞社

『美しい人 佐多稲子の昭和』佐久間文子 著、美柑和俊+瀧澤彩佳(MIKAN-DESIGN) デザイン
¥3,300/芸術新聞社

 ひとりの女性作家の生涯を前景に置いた昭和史、友人たちとの複雑な関係も興味深いが、印象に残ったのは本書全体に貫かれている姿勢というか目線だ。
 貧困、心中未遂、逮捕、不倫など、稲子の人生には劇的な要素が多い。作品にも自分の体験を取り込んでいた。その伝記は〝美しい人〟をヒロインにした波乱万丈の物語にすることもできただろう。けれども、佐久間は静かに並んで歩くように稲子に起こった出来事を描く。稲子の文章を精読し、その背景を徹底的に調べて、彼女の見ていた光景、彼女の考えたことを明らかにしようとする。

 なかでも見事だったのが、戦争責任を追求されたあとの稲子のふるまいに触れた部分だ。稲子は「省みる『私らしさ』」という随筆に、戦争中の自分の行動について客観的な事実と主観的な意見を分けて書き、今後の課題を提示する。〈便乗的な自己ざんげなどと思われたくない、という、負けん気もある〉という末尾の一文がいい。過去をなかったことにはしないし、批判は受けとめるが、鵜呑みにはしない。稲子はあくまでも地に足をつけて自分の頭で考える人なのだ。自省は一時的なものでは終わらず、代表作『私の東京地図』に結実する。

 現代よりも性差別が過酷だった社会で、自由を求め主体的に生きた女性たちの話を読むと、今もある理不尽に抵抗する気力が湧いてくる。時を超えて連帯感をおぼえる3冊だ。

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画像: 石井千湖 書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、現在は新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿のほか、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。最近では『漂着物、または見捨てられたものたち』(東京創元社)の解説も手掛けている。

石井千湖
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、現在は新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿のほか、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。最近では『漂着物、または見捨てられたものたち』(東京創元社)の解説も手掛けている。

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