発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

米軍統治下の沖縄、怒りと希望を抱く若者たちの壮大な物語『宝島』

画像1: ©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会

©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会

 第二次世界大戦中、本土防衛のための壮絶な持久戦を強いられただけでなく、敗戦後は日本と切り離され、アメリカ軍の統治下に置かれた沖縄。真藤順丈の小説『宝島』は、史実にフィクションとファンタジーを交えた壮大なスケールの直木賞受賞作だが、米軍基地やコザの街並みなど、時代背景を再現しながら、米軍とヤクザのつながりなど、複雑に絡み合う壮大な群像劇を映画化するのは至難の技と思われた。ところが連続テレビ小説ドラマ「ちゅらさん」で本土復帰後の沖縄を描き、「いつか本土復帰前の沖縄を描きたい」との思いを抱き続けた監督・大友啓史(『るろうに剣心』シリーズ)が6年の歳月をかけてその想いを叶えた。

 1952年、米軍基地の物資や食糧を奪い、住民らに分け与える“戦果アギヤー(戦果を挙げる者)”。その中でも、リーダーとしてみんなを引っ張っていたオン(永山瑛太)は、町の英雄的存在だった。
ところが基地に襲撃を仕掛けたある夜、オンが忽然と姿を消す。6年後、幼馴染のグスク(妻夫木聡)はオンを探すため刑事になり、オンの弟レイ(窪田正孝)は刑務所に入って情報を集め、オンの恋人ヤマコ(広瀬すず)は米軍相手のAサインバーで働きながら勉強し、教師となる。暴力に満ちたカオスの中、3人はそれぞれの場所で懸命に生きながらオンを探し求める。そして1970年、軍施政下の圧政や貧困、性暴力などの度重なる人権侵害に業を煮やした人々の怒りがコザ暴動へと発展。炎が闇を焦がし、催涙弾の煙が立ち込める夜、グスクとレイ、そしてヤマコがたどり着く、20年探し続けたオンの真実とは――。

画像2: ©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会

©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会

 うちなーぐち(沖縄方言)を操って、対照的な幼馴染役で焦燥と切なさを滲ませる妻夫木聡と窪田正孝、幼さが残る冒頭から次第に、地に足をつけ生きるヤマコになってゆく広瀬すず、そして英雄のカリスマを輝かせる永山瑛太。彼らの熱量高い演技によって、現在の問題と地続きの暴力とカオスが渦巻く過酷な沖縄史と、島の未来を賭けて血と汗と涙を流す若者たちの青春が鮮烈に浮かび上がる。

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『宝島』
9月19日(金)より全国公開
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孤独な青年と黒犬が紡ぐ再生の旅。カンヌ《ある視点部門グランプリ》獲得の『ブラックドッグ』

画像1: ©2024 The Seventh Art Pictures (Shanghai) Co., Ltd. All Rights

©2024 The Seventh Art Pictures (Shanghai) Co., Ltd. All Rights

 ゴビ砂漠を走る一本道をゆくバスが、小高い丘から駆け降りてきた無数の犬の群れを避けようとして横転。運転不能となったバスから一人の男が這い出してくる。刑期を終えた青年ランは、灰色の空に夕日が沈む頃、狂犬病の被害に怯える過疎の町に帰ってくる。シネマスコープのスクリーンに広がるメランコリックな風景と寡黙なランの佇まいが、見る者を物語に引き込む。

 ランの被害者となった青年の親族に狙われる中、ランは町の顔役(映画監督ジャ・ジャンクー)の取りなしによって野犬確保の仕事に従事。狂犬病の元凶とされるスレンダーな黒犬にかけられた報奨金は1000元。人気のない町や廃墟のビルの中、大きな網をもってこの俊敏な犬と追いかけっこを繰り広げる男たちの姿はまるでサイレント・コメディのようだが、ついに犬は捕まり、ランは役所までの輸送を仰せつかるが……。

画像2: ©2024 The Seventh Art Pictures (Shanghai) Co., Ltd. All Rights

©2024 The Seventh Art Pictures (Shanghai) Co., Ltd. All Rights

 笑顔で知られるアジアの人気スターのエディ・ポンが演じる、喋らず笑わないランの背景が、物語が進むうち少しずつ明かされてゆく。息子の逮捕後、アルコールに依存し、今では丘の上の寂れた動物園に住み込みで働いている父。遠くの街で働く姉。幼馴染の音楽仲間。雑技団のダンサー。寡黙なランが心を寄せる者たちへの想いが風景に滲むが、中でも共に追われる身のランと黒犬が、雪や霰が降る厳寒のなか、相棒となる件が泣ける。

 “ブラックドッグ”といえば、鬱の隠語であり、イギリスの伝承では不吉な魔物。しかし、カンヌ国際映画際のある視点部門グランプリに輝いた本作では、ランと黒犬を中国の古代神話に登場する二郎神(アルランシェン)とお供の犬になぞらえているという。ランのピンチを救い、再起を見守るバディを演じるこの黒犬は、カンヌのパルム・ドッグ審査員賞を受賞!

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『ブラックドッグ』
9月19日(金)シネマカリテほか全国公開
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シェルブールからハリウッドへ、珠玉の旋律を生んだ巨匠の生涯『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』

画像1: ©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024

©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024

 アカデミー賞受賞監督のデイミアン・チャゼルが『ラ・ラ・ランド』で熱烈なオマージュを捧げたフレンチ・ミュージカルを、監督のジャック・ドゥミとともに創造した作曲家ミシェル・ルグラン。本作は、200本以上の映画音楽を手がけたマエストロの濃密な音楽人生に迫るドキュメンタリーだ。
11歳でパリ国立高等音楽院に入学した神童は、才能のない生徒にはさっさと卒業証書を渡して追い出したという20世紀最高の音楽教育者ナディア・ブーランジェの秘蔵っ子として、ルグラン曰く「しめ殺したいほど厳しく」すべてを教え込まれたという。そしてジャズに開眼し、マイルス・デイヴィス、ディジー・ガレスピー、ビル・エヴァンスらとセッションを重ね、クラシック、ジャズ、シャンソンが融合した独自の音楽言語を獲得。

 アニエス・ヴァルダによるヌーヴェル・ヴァーグの記念碑的映画『5時から7時までのクレオ』で、ピアノの譜面台に灰皿と酒の入ったグラスを並べて即興的に弾き語るルグランの才能に驚いたジャン=リュック・ゴダールは『女は女である』に彼を招き、『女と男のいる鋪道』『はなればなれに』でも彼とコンビを組んだ。ジャック・ドゥミとは『ローラ』を経て、台詞をすべて音楽に乗せた『シェルブールの雨傘』、そして『ロシュフォールの恋人』『ロバと女王』と、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の珠玉ミュージカルを生み出した。さらにアメリカに渡り、スティーヴ・マックイーンの『華麗なる賭け』やバーブラ・ストライサンドの『愛のイエントル』等、ハリウッドのヒット作も手がけてゆく。

画像2: ©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024

©-MACT PRODUCTIONS-LE SOUS-MARIN PRODUCTIONS-INA-PANTHEON FILM-2024

 ドキュメンタリーの後半は、自らのバンドや各国のオーケストラを率いたコンサートでのルグランにカメラを向ける。筆者も2007年の来日公演で彼のタクトによる華麗なるヒットメロディを堪能したひとりだが、舞台上の彼は音楽が好きでたまらない子どものように終始楽しげな笑顔を浮かべていた。しかし本作は、仕事に厳しく、気難しい音楽家の横顔にも密着し、病を抱えながら最後のコンサートに挑む姿を追いかける。幕間で車椅子に座ってうなだれるルグランが再び舞台に上がり、瞳を輝かせて演奏し始めるラストシーンは、見る者の心の裡の音楽にたいする喜びをスリリングに呼び覚ます。

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『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』
9月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
公式サイトはこちら

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