BY AMIKO ENAMI, PORTRAIT BY SATOKO IMAZU, EDITED BY MICHINO OGURA

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
1983年東京都生まれ。2003年、『蛇にピアス』ですばる文学賞を受賞しデビュー、同作で芥川賞を受賞。一躍新世代の作家として注目される。以降も話題作を次々に発表。主な作品に、『マザーズ』『アタラクシア』『アンソーシャル ディスタンス』『ナチュラルボーンチキン』など多数。各文学賞の選考委員も務める。今年放送された「情熱大陸」への出演も話題となった。
2003年のデビュー作『蛇にピアス』で世に鮮烈なインパクトを与え、同作で芥川賞を受賞した金原ひとみ。話題作をコンスタントに発表し、人間が抱える孤独と自意識のありようを鋭く描きだす作家として、押しも押されもせぬ存在となった。プライベートでは二人の子を育て、その自由を愛するライフスタイルに注目が集まる。2022年の作品である『ミーツ・ザ・ワールド』の映画公開を機に、話を聞いた。
主人公は、生身の男性に免疫のない27歳の由嘉里(ゆかり)、いわゆる腐女子。合コンで惨敗した夜にキャバ嬢のライと出会い、居候することに。ライは汚部屋に住み、「私は消えないと私じゃない」という理屈で希死念慮(きしねんりょ)を抱いている。
「銀行員で杓子定規な性格、自己肯定感は低めだけど、人生に推しがいることで一本筋が通っていて安定している由嘉里は、これまであまり書いてこなかったキャラクターでした。そんな腐女子と不安定なキャバ嬢の組み合わせを設定したとき、歌舞伎町ならライも由嘉里を拾うかなと思えた。歌舞伎町はドラマが生まれやすく、実際に自称No.1ホストに『お金あげるから抱きしめさせて』と声を掛けられたことがありました。映画でも、リアルだけど夢のある街に撮られていてよかったです」
『ミーツ・ザ・ワールド』814円/集英社文庫
真面目さゆえに「人は生きてなきゃだめです」とライを説得し、なんとか救いたいと考える由嘉里は、調子のいいホストのアサヒや、壮絶な過去を持つ小説家のユキ、ゲイバーのマスターのオシンなど、ライの周囲にいる癖の強い個性的な面々と積極的に交流していく。
「欠陥を抱えて個人主義で生きるライやアサヒたちに比べて、由嘉里は常識的で普通の人です。自死はよくないからなんとか救いたいと思いながら、柔軟性も持ち合わせていて、ライみたいな考えの人もいるんだと受け止める。この柔らかさが私の世代とも違う、若い人の特徴だと思いました。でも由嘉里の必死の願いも、ライに簡単には受け入れてもらえない。アサヒからも、他者であるライの過去のトラウマを解消してあげようなんてダサいよと言われます。由嘉里が空回りしながら、本当の意味で相手との関係性を築こうとする姿を描きたいと思いました」
由嘉里は、「推し活」の遠征をかねた、ライの元恋人を探しだす旅に、アサヒを誘う。他人の人生観を変えることは可能かという根源的なテーマが掘り下げられていくのだが、読み心地はあくまでも軽やかでユーモラス。自分自身の「正しさ」の規範を見つめ直す、由嘉里のけなげな姿が印象的だ。
「本作は10代の読者にも響くように、読みやすさを意識しました。早口のオタク語りとか、生っぽい会話にリアルさを感じてもらいたくて。自殺願望なんて重々しいシリアスな言葉ではなく、『死にたみ』と表現されるような希死念慮の感覚は、万国共通、今の若い人たちにとって当たり前のものだと思います。そのままでいい、と丸っと肯定したい」
安直な救いやわかりやすいハッピーエンドは用意されない。それゆえに読者はこの物語の行く末を、ドキドキと見守ることになる。
「とあるアニメ監督が、同世代の友人たちの葬儀には行かないことにしたとインタビューで話していました。死と生をはっきり区別せず、しばらく会ってないなぐらいの気持ちで死を受け止めるためだと。私も同感です。自分の中に生きていると実感できればそれでいい。由嘉里とライの関係はそれです」
他者を完全にコントロールすることも理解することもできないけれど、それでも手を差し伸べたり、つながったりしたい……。由嘉里とライ、そしてアサヒとの関係は彼らにとっては尊いものだ。
「3人が一緒にいられたのはわずかな時間でしたが、その幸福感がのちのちまで糧になるはずです。映画版は私が考えていたより100倍キラキラしていて、ビジュアルだけで泣けてきました」
『YABUNONAKAーヤブノナカー』2,420円/文藝春秋
出版界を舞台に、性加害の告発、SNSでのトラブル、正義感の暴走などを多角的に描きだす。年齢も性別も立場も異なる8 人が章ごとに自身の「真相」を語るが、どれが真実かは判断不可能。相互理解の難しさを浮き彫りにする。
ほのかな希望がラストシーンに差し込むのが『ミーツ・ザ・ワールド』なら、最新作『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』は、他者を理解することの難しさを突きつける。テーマは性加害のその後。語り手が次々とスイッチされ、10年前の被害を告発した作家志望の女性、加害した文芸誌編集長、相談を受けた女性作家とさまざまな視点から「事件」の真相が暴かれていく。
「『ヤブノナカ』は他者を理解するのは無理だという前提の上でわからなさに迫った作品です。ただ加害者も完全な悪ではなく、被害者も完全な善ではなく、陰影がある。加害者にも私自身と通じるものを感じたり、正義感を振りかざす女性作家に興奮したりと、書くほどに気づきがあり、筆が止まらず一気呵成に書いた作品です」
単純化した敵と味方に二分しがちな世の風潮に待ったをかける、金原の力強い批評性がにじみ出る。
「SNSに顕著ですが、自分が許せないものはめった刺しにする今の風潮は恐ろしい。人間って過去もあれば思惑もあり、一面だけでは判断しえないということを裏の裏まで描きたいと思いました。作品を通じ、自分自身を見つめ直してほしいという願いを込めてます」
『ヤブノナカ』でもラストには、若い世代のリコが「立ち上がらなくてもいい。でも崩れ落ちないで」とメッセージを発する。風が吹くような読後感が救いだ。「もはや自分の娘たち世代の、新しい価値観と倫理観に期待を込めましたね」と金原はほほ笑んだ。
「最近離婚をし、精神が解放されたのか人間関係が豊かに広がりました(笑)。人と話す機会が増え、『ヤブノナカ』をいろんな人がいろんな立場で読んだと熱く感想を寄せてくれるたび、長く書いてきてよかったなと感じています」
孤高の作家として、孤独を抱える人々をヒリヒリと描いてきた、真のリアリストたる金原。そのまなざしは、今より少しマシな未来の世界を見据えているにちがいない。
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