BY CHIKO ISHII
『本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(稲田豊史著、中公新書ラクレ)が話題だ。稲田によれば、村上春樹の新刊を10ページも読めなかったと語る若者に〈長い文章が読めなくて困ることはないのか〉と質問すると、〈長めの文章はスマホで写真を撮って、ChatGPTに画像を投げれば要約を返してくれるので、別に長い本とか読む必要はないです〉と答えたという。
情報を得ることが読書の目的ならば、生成AIによる要約は有効な方法だろう。要約できない部分は、知らないままでも気にならないのかもしれない。それでも、時間をかけて文章を読む体験には、かけがえのない価値がある。そう思わせてくれるのが、吉田篤弘の『エデンの裏庭』だ。
名作の味わい方を
『エデンの裏庭』が教えてくれる
本書は2つのパートに分かれている。前半は創作と書評をミックスした「物語の舞台袖」。後半は、前半の試みを経て書き下ろされた「エデンの裏庭」という小説だ。舞台袖を描く物語として選ばれたのは、『不思議の国のアリス』『ガリヴァー旅行記』『星の王子さま』『モモ』の4作品。いずれも世界的な名作だが、先入観を捨てて丁寧かつ自由に読んでいく。

『エデンの裏庭』吉田篤弘 著、クラフト・エヴィング商會(吉田浩美・吉田篤弘)
装幀・レイアウト・イラスト
¥2,090/岩波書店
吉田曰く、“物語の舞台袖”とは本の“余白”のことであり、物語の前後の“語られていない時間”、“探索しがいのある影の領域”のことだ。たとえば『不思議の国のアリス』の舞台袖「アリスのいないお茶会」は、三月ウサギと帽子屋とヤマネの“めちゃくちゃお茶会”にアリスが参加する直前の出来事を描いている。その後の書評パート「舞台袖からの報告」は、『不思議の国のアリス』の世界のより深いところへ読者を誘う。特に、お茶会のめちゃくちゃさに我慢できなくなったアリスが席を離れたときに一、二度振り返るくだりの解釈がいい。吉田はこの“振り返り”と、三月ウサギと帽子屋が離席するアリスに“気がつきもしない様子”に着目する。そして、余白に空想を広げて、新しい時間にまつわる物語を発見するのだ。
“振り返り”も“気がつきもしない様子”も人によっては見過ごしてしまいそうな細部で、『不思議の国のアリス』を要約するとしたら省略されるだろう。けれども、それは一文一文じっくり読むことによって初めて出合うことができる細部であり、世界を思いがけない方向に拡張してくれる。
書き下ろしの「エデンの裏庭」は、1冊の本をめぐる物語だ。主人公で“おやつ”というお菓子屋を営むエリカは、ある日店に来た青年に“善悪の種”と商品のチョコレート1枚を交換してくれないかと頼まれる。エリカは青年の目を見て、中学生のころ通っていた図書館のクスミという案内係を思い出す。クスミはいつも真摯な眼差しをして『二十三時の訪問者』という本を読んでいた。それから十四年の歳月を経て、大人になったエリカが『二十三時の訪問者』の謎を追う。『二十三時の訪問者』を初めて開くときの描写が素晴らしい。
〈心なしか本を開こうとする自分の手が震え、子供のころの本をめくるときのあの感じがよみがえりました。硬いボール紙が芯に入れられた表紙をめくると、本の中にこもっていた冷たい空気がこちらへこぼれ出てくるように感じます。〉〈それは本の中の世界だけに漂う透明な霧のようなもので、その霧は魔法使いが手にした星形の飾りがついた杖からこぼれ落ちるきらびやかなものに似ていました。魔法使いがふりまくのは虹色の香水ですが、透明な霧は異世界に誘う夜の空気の粒子です。〉
読みたい本のページをめくったときの浮き立つ感覚が、やさしい言葉で見事に表現されている。ぜひページをめくって“透明な霧”を感じとってほしい。
『3月の本』で12冊がとうとうそろった
話題のアンソロジー
『エデンの庭』でわかるように、名作は何度読んでも発見があり、一文から世界を広げてくれる。そして名作は、世界と世界をつなぐこともできる。作家・翻訳家の西崎憲が編纂した「12か月の本」は、そのことが実感できるシリーズ。“ひと月”をテーマに古今東西の小説・詩歌・随筆を集めたアンソロジーだ。2025年3月に刊行された『4月の本』からはじまり、シリーズの最後を飾ったのが『3月の本』。全12巻のどの巻から読んでもいい。書かれた時代も場所も異なる作品を“ひと月”という時間で横断する。

『3月の本』 内田百閒・石井桃子・サキ ほか 著、西崎 憲 編、岡本洋平(岡本デザイン室)装丁、Albrecht Dürer, Nemesis(The Great Fortune),1502より 装画
¥3,080/国書刊行会
たとえば『3月の本』は、3月1日生まれの芥川龍之介が春の夜に散歩する「春の夜は」、内田百閒が3月27日に行方不明になった愛猫ノラについて語る「ネコロマンチシズム」、岡本かの子が3月の日本の空を描く「豆腐買い」など、22編を収める。
ポーランドのノーベル文学賞受賞作家ヴワディスワフ・レイモントの「イタリアの春」(金子佳代訳)を読むと、3月は期待の月だと思う。冬のあいだに元気を失っていて、何週間も宿に引きこもっていた「わたし」が、夢にまで見た“プリマベーラ(イタリア語で春の意味)”を探しに出かける話だ。歩いても歩いても待ち望んでいた春は見つからなくて、「わたし」は落胆するのだが、作中の風景描写はボッティチェリの絵にも負けない繊細な筆致と豊かな色彩で描かれている。言葉の春の美しさに魅了されずにはいられない。
巻末に収録された編者の西崎の「三月と円環」は、解説として面白いのはもちろん、独立した作品としても読める。〈三月には光が還ってくる。気象や景色の鋭利さがすこし鈍る、無愛想さが緩む。軽装の者も増えてくる。鎧のような冬服から解放され、心身の運動性が高まる〉というくだりが詩のようだ。そのあとに西崎が翻訳しているエミリー・ディキンスンのDear Marchという詩も、春の光を感じさせる。
クロス装に箔押しの表紙で、持っているだけでもうれしくなる本。冬を乗り越えた自分への贈り物にしたい。

石井千湖
書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、現在は新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿のほか、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。
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