キアヌ・リーヴス、トム・ハンクス、ジャネール・モネイ。俳優として、ミュージシャンとしてなどその才能を発揮してきた彼らが、もうひとつ選んだ表現方法は「書く」こと。頭の中で想像していた世界を言葉へと置き換え、物語として結実させた3作品を読んでみたい

BY CHIKO ISHII

キアヌ・リーヴスによる『再誕の書』は
チャイナ・ミエヴィルとの共作

『マトリックス』『ジョン・ウィック』シリーズなどで知られるハリウッドスターが、初めて小説を出した。キアヌ・リーヴスが現代英国を代表するSF作家チャイナ・ミエヴィルと共作した『再誕の書』(安野玲、内田昌之訳)だ。 
 堺三保の解説によれば、リーヴスが原作を手がけるコミック『BRZRKR(バーサーカー)』(早川書房によるウェブサイト「ハヤコミ」で翻訳版が連載中)の小説化をミエヴィルに依頼する形で本書の執筆は始まった。もともとミエヴィルのファンだというリーヴスが基本的な設定とおおまかなあらすじを提示し、あとはミエヴィルが自由に書いたという。不死のバーサーカー(狂戦士)、ウヌテをめぐる物語である。

画像: 『再誕の書』 キアヌ・リーヴス チャイナ・ミエヴィル 著、安野玲 内田昌之 訳 緒賀岳志 装画、川名潤 装丁 ¥4,290/河出書房新社

『再誕の書』 キアヌ・リーヴス チャイナ・ミエヴィル 著、安野玲 内田昌之 訳
緒賀岳志 装画、川名潤 装丁
¥4,290/河出書房新社

 ウヌテは8万年もの歳月を生きている。〈ギルガメッシュが若かったころにはすでに古代の存在となっていた男〉だ。普通の人間には殺せない。稀に肉体を破壊されることがあっても、どこからかあらわれる卵によって再誕してしまう。無数の人生を生きていて、しかもすべての記憶がある。そんなウヌテはいつしか“死すべき運命”を求めるようになるが……。

 本書は3つのパートに分かれている。まずはウヌテ(通称B)を兵士として雇い、その不死の秘密を解明しようとしているアメリカの軍事機関“ユニット”の周辺で起こる不可解な出来事を描いた現代パート。次に、さまざまな時代にウヌテと関わった人々が語り手になる過去パート。そして、何者かが旅をする“おまえ”(=ウヌテ)に語りかける叙事詩的なパート。3つのパートが絡み合い、ウヌテの辿ってきた道や敵対する勢力が浮かび上がっていく。
 なかでも鮮烈なのが、表紙にも描かれているバビルサ(鹿豚)のエピソードだ。長い牙のあるイノシシのような動物で、ウヌテとは深い因縁がある。はるか昔、ウヌテ以外に誰も人間がいない島の肥沃な土地に、バビルサの群れがやってきた。その群れは自分たちより強い侵入者にたびたび襲撃されていた。ウヌテはバビルサの子豚に呼び名をつけたこともあったのに、動物同士の争いには介入しなかった。ところが、青い雷が落ちたことをきっかけに、1頭の並外れた力を持つバビルサが生まれるのだ。虐殺の繰り返しを目のあたりにして、自らも殺戮者になり、癒やされることのない孤独を抱えながら長い歳月を渡る。ある意味、似た者同士のウヌテとバビルサの邂逅も読みどころだ。

 壮大なスケールで死とは何か、人間とは何かを問うエンターテインメント。作品の世界に入り込むまでに時間がかかりそうだと思ったら、それぞれタイトルがついていて短編小説として楽しめる過去パートから読んでみるのもいいかもしれない。精神分析学の創始者ジークムント・フロイトと思われる人物が患者に奇妙な悩みを打ち明けられる「医師の物語」、荒野にぽつんと建ったお屋敷で召使いが主人にある島の豚の群の話を聞く「召使いの物語」、兵士の一団に襲われた村で羊飼いの娘が謎の男に救われる「妻の物語」など、どれも忘れがたい。
 現代パートで特殊部隊の仲間には“戦争の権化”として恐れられているウヌテだが、軍の研究者のダイアナに好きな椅子やポップコーンの話をするくだりは人間味が感じられる。
コミック版の『BRZRKR』を見るとウヌテはリーヴスそっくりで、映画化やアニメ化の企画も進んでいるという。実現する日が待ち遠しい。

トム・ハンクスの趣味が反映された
『変わったタイプ』

 俳優は多様な他者の多様な人生を生きる職業だから、演技力を磨いていくうちに創作力も身につくことは必然なのだろう。『変わったタイプ』は、アカデミー賞主演男優賞を2度受賞し、映画監督としても活躍しているトム・ハンクスの短編小説集だ。

 17編の収録作の共通点は、タイプライターが出てくること。ハンクスはタイプライターのコレクターなのだそうだ。いろんな“変わったタイプ”の人々が登場する。

画像: 『変わったタイプ』 トム・ハンクス 著、小川高義 訳 ¥2,640/新潮社

『変わったタイプ』 トム・ハンクス 著、小川高義 訳
¥2,640/新潮社

 たとえば「へとへとの三週間」は、主人公の“僕”が高校時代の知り合いだったアンナと大人になって付き合い始める話。暇さえあれば走りたがり、野菜ばかり食べていて、次々とハードな任務をつきつけてくるアンナに“僕”は振り回される。2人の共通の友人であるスティーヴとMダッシュも、アンナの突拍子もない思いつきに巻き込まれてしまう。タイプライターの出し方はかなり控えめだが、知的好奇心を刺激する。
 正式な市民権を得たばかりの移民であるMダッシュが、“僕”に〈いい裏庭のある小洒落た家に住んで、誰のためでもなく自分のために働いてる。どっかへ行かなきゃならないってことがないから、時計なんか捨てちゃってもかまわない。だから、おまえってやつは、おれから見れば、住んでいたいアメリカそのものだった〉と言う場面も印象的だ。

 タイプライターは今のデジタル環境で見れば“過去”の機械だ。この短編集全体にもノスタルジックなムードが漂っているけれども、アメリカで刊行された当時のインタビュー(『グローブ・アンド・メール』紙 2017年10月13日よりウェブサイト「ブックバン」に転載)でハンクスは〈ノスタルジアと言っても、また過去に戻って暮らしたいというのではなく、現在への不満があるってことだと思う。たぶん、突き詰めて言えば――タイプライターを面白がってる精神もそうなんで――それなりに永続するもの、正統であるものを求めるってことかな〉と語っている。ただ懐かしいだけではない。“変わったタイプ”であることが現在に対する抵抗になっているような、チャーミングな人たちが描かれている。

ジャネール・モネイの小説は
グラミー賞候補作アルバムがベース

 グラミー賞に10回ノミネートされたシンガー・ソングライターであり、アカデミー賞受賞映画『ムーンライト』やNASAのマーキュリー計画で活躍した女性たちを描いた『ドリーム』に出演するなど俳優としても注目を集めるジャネール・モネイ。『ザ・メモリー・ライブラリアン 「ダーティー・コンピューター」にまつわる5つの話』は、5人の作家とコラボレーションした初めての小説だ。2018年に自身が発表したアルバム『ダーティー・コンピューター』の世界観をベースにしている。

画像: 『ザ・メモリー・ライブラリアン 「ダーティー・コンピューター」にまつわる5つの話』 ジャネール・モネイ 著、安達眞弓・押野素子・瀬尾具実子・ハーン小路恭子・山﨑美紀 訳 森敬太(合同会社 飛ぶ教室)デザイン ¥3,520/ポプラ社

『ザ・メモリー・ライブラリアン 「ダーティー・コンピューター」にまつわる5つの話』 
ジャネール・モネイ 著、安達眞弓・押野素子・瀬尾具実子・ハーン小路恭子・山﨑美紀 訳
森敬太(合同会社 飛ぶ教室)デザイン
¥3,520/ポプラ社

 舞台は新世代のハイテク帝国主義者“新しい夜明け(ニュー・ドーン)”が、あらゆる記憶データを採取するようになったアメリカ。国家が瑕疵のないきれいな未来を迎えられるよう、都合の悪い記憶は“ダーティー・コンピューター”と呼ばれ、排除されていた。
 表題作の「The Memory Librarian——記憶のアーキビスト」(アラヤ・ドーン・ジョンソンと共作、安達眞弓訳)は、リトル・デルタという街の公電書館長セシャトが主人公だ。公電書館で発生するトラブルと、黒人女性としては数少ない要人になったセシャト自身の記憶のバグを描く。

 本書における”ダーティー・コンピューター”とは、当局にとって不都合な記憶であると同時に、標準から逸脱しているとみなされた人々のことでもある。異物を許さないクリーンな社会でゴミのように扱われても、“ダーティー・コンピューター”は大切な記憶であり、大切な人たちなのだと伝える。
 とりわけ最後の「Timebox Altar(ed)——もうひとつのタイムボックス:時をかける祭壇」(シェリー・リネイ・トーマスと共作、押野素子訳)はよかった。“新しい夜明け”のせいで両親を失い、ボロボロの家に住む子・バグの話だ。どこに行っても格差があって、世界は優しくないけれど、誰かを愛すること、未来を想像すること、そこから生まれた芸術が希望になる。

 弱い生き物、時代遅れの機械、社会的マイノリティ……。今回紹介した3冊はいずれも、存在を脅かされたり、忘れられたり、見えないことにされているものたちに心を寄せている。3人ともアメリカ人だが、少数派としての属性を持っているからかもしれない。こういう人たちがスーパースターとして輝いていることも、優しくない世界の希望だろう。

画像: 石井千湖 読書を愛する人を増やし続ける書評家、ライター。「『積ん読』の本」(主婦の友社)が多くの書店のベストセラーリスト入りしたほか、某メディアで紹介された自宅の本棚も話題に。大学卒業後、8年間の書店勤務を経て、書評家、インタビュアーとして活躍中。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当している。

石井千湖
読書を愛する人を増やし続ける書評家、ライター。「『積ん読』の本」(主婦の友社)が多くの書店のベストセラーリスト入りしたほか、某メディアで紹介された自宅の本棚も話題に。大学卒業後、8年間の書店勤務を経て、書評家、インタビュアーとして活躍中。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当している。

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