BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『寿曽我対面』曽我五郎時致=尾上辰之助
2026年5月『團菊祭五月大歌舞伎』で三代目尾上辰之助を襲名した尾上辰之助。祖父・初代尾上辰之助(三世松緑追贈)から受け継がれる名跡への憧れと覚悟を胸に挑んだ襲名披露興行。開幕前の取材では、名を継ぐ喜びと恐れを率直に語っていたが、実際に舞台に立った今、その心境にはどのような変化が生まれたのだろうか。
『寿曽我対面』の曽我五郎、『鬼一法眼三略巻 菊畑』の奴虎蔵実は源牛若丸という二つの大役に挑みながら見えてきたもの。そして、同世代の市川染五郎、市川團子への思い——。新たな名とともに歩み始めた若き俳優の“今”をお届けする。
——5月23日電話にて取材
襲名披露公演が開幕してしばらく経ちました。実際に舞台に立って稽古中に思い描いていたものと違いはありましたか。
辰之助:やはり劇場でお客様を前にすると、稽古場とは全く違います。声の響き方も違いますし、お客様が入ることで舞台の空気も変わります。初日が開いてからは毎日のように試行錯誤しています。少しでもお客様に楽しんでいただけるようにと、自分なりにやり方を探し続けています。
——襲名前は辰之助を襲名することに「憧れと恐怖が半々」とおっしゃっていました。現在はいかがでしょう。
辰之助:それは変わらないですね。むしろ辰之助という名前の重みは日に日に大きくなっています。「辰之助である以上、こうあるべきだ」という思いに追われ続けた一か月でした。今月(5月)は先輩方の胸をお借りして、お役を勤めることだけを考えて突っ走っているといいますか、これはゴールではなくスタートに立ったということです。来月からは辰之助という役者として自分の足で立っていかなければならなくなるので、本当に怖いのはこれからだと思っています。そういった怖さは初日を迎える前よりも、日に日に強くなっていることを感じています。
――ご自身が“尾上辰之助になった”と実感する瞬間はありますか。
辰之助:意外と地味なことかもしれませんが(笑)、いただく書類だったり、取材依頼のお手紙だったりに「尾上辰之助様」と書かれているのを見る時ですね。その文字を見るたびにドキッとして、「あ、これは自分なんだ」と思います。口頭で呼ばれるのはさらっと聞けるのですが、文字になった時の方が実感します。自分で「辰之助です」と名乗ることにも、まだ違和感があります。

『寿曽我対面』曽我五郎時致=尾上辰之助

『寿曽我対面』曽我五郎時致=尾上辰之助

『寿曽我対面』曽我五郎時致=尾上辰之助
——『寿曽我対面』の曽我五郎は開幕後に役作りを変えられたそうですね。
辰之助:最初は祖父を意識しながら勤めていましたが、途中で一度、役の性根の部分で少し年齢を下げて自分と等身大の五郎をやってみようと思ったんです。ただ、中日を過ぎた頃に八代目(尾上)菊五郎のお兄さんから「役柄に必要な稚気と幼稚さは違う」というお話をいただいて、自分の中で改めて考え直しました。結果的に、初日の頃の五郎と、自分なりに見つけた五郎、その両方の良い部分を取り入れながら今は勤めています。
——『菊畑』の虎蔵についてはいかがですか。
辰之助:七代目(尾上)菊五郎のお兄さんに見ていただきながら勤めています。さらに、今回の『菊畑』で皆鶴姫を勤めていらっしゃる(中村)時蔵のお兄さんも、虎蔵をご経験なさっているので細かく助言をくださっていて、本当に学ぶことばかりです。義太夫狂言の難しさの詰まった作品であり、技術的にも難しい役ですので、時蔵のお兄さんから言っていただいたことを毎日実践して、少しずつでも成長できるように取り組んでいます。

『鬼一法眼三略巻 菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸=尾上辰之助

『鬼一法眼三略巻 菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸=尾上辰之助

『鬼一法眼三略巻 菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸=尾上辰之助
——5月は同世代の市川染五郎さんは『ハムレット』、市川團子さんは「歌舞伎町大歌舞伎」で活躍されていますが、お二人の存在はいかがですか。
辰之助:休演日に『ハムレット』と「歌舞伎町大歌舞伎」を観に行きました。もちろん、2人も僕の舞台を観に来てくれたので、それぞれが自分の戦う場所で戦っている姿を見ると本当に刺激になります。同世代だからこそ感じるものもありますし、お互いの舞台を観た後には率直な感想も伝え合っています。それぞれの持ち場で頑張って、また3人で集まった時に面白いものができたらいいなと思っています。
————襲名披露を経験した今、三代目尾上辰之助としてどんな未来を見据えていますか。
辰之助:当然ではありますが、実際に演じてみて気づいたり、教わったりした演じる上での専門的な課題がたくさんあります。心意気の部分で言うなら、この一か月で強く実感したのは、辰之助という名前を大きくするのも小さくするのも自分次第だということです。この名を汚すことなく、どんどん大きくしていく。祖父は若くして亡くなりましたが、僕が辰之助を名乗り続けることで、初代辰之助という素晴らしい役者がいたことを今のお客様にも知っていただけるかもしれない。そう思うと、この名前を背負う責任を改めて感じます。この名を継いだということは、うちの歴史を背負っているような感覚ですので、それを意識して長く辰之助として舞台に立ち続けたい。その思いが以前よりも強くなりました。
襲名前の取材で尾上左近は、「辰之助は憧れと恐怖が半々の存在だ」と語っていた。だが、実際に襲名披露興行の真ん中に立つ彼から聞こえてきたのは、名跡に酔う言葉ではなく、むしろ終わりのない問いだった。初日が開いてからも役作りを変え続け、先輩からの助言を受け止め、自らの解釈を更新していく。その姿勢は、名跡を受け継ぐというより、名跡に追いつこうと必死にもがいている若い俳優そのものだった。
印象的だったのは、「辰之助という名前を大きくするのも小さくするのも自分次第」という言葉である。歌舞伎の名跡は過去から受け継ぐものだが、その価値を未来へつないでいくのは、今を生きる役者の仕事でもある。自分自身の歩みでその名に新たな歴史を書き加えていくだけでなく、早逝した祖父、初代辰之助という素晴らしい俳優がいたことも現代の人に伝えたい。その覚悟が、舞台上の五郎にも虎蔵にも確かに宿っていた。
染五郎、團子という同世代の仲間たちと切磋琢磨しながら、新たなスタートラインに立った三代目尾上辰之助。六月の歌舞伎座では『俄獅子』で艶やかな芸者姿を披露し、八月の『牡丹燈籠』では恋の病に伏せるお露を演じる。名跡とともに歩み始めた辰之助のこれからがますます楽しみだ。
尾上辰之助(Onoe Tatsunosuke)
東京都生まれ。四代目尾上松緑の長男。2009年10月歌舞伎座『音羽嶽だんまり』の稚児音若で藤間大河の名で初お目見得。14年6月歌舞伎座『倭仮名在原系図』蘭平物狂の一子繁蔵で三代目尾上左近を名のり初舞台。2026年三代目尾上辰之助を襲名。
六月大歌舞伎
上演日程:2026年6月3日(水)〜25日(木)
休演日:10日、18日
昼の部 11時開演
一、『祇園祭礼信仰記 金閣寺』
二、『戻駕色相肩』
三、『子連れ狼』
夜の部16時30分
一、『華舞於河賑 俄獅子』
二、『盟三五大切』
※尾上辰之助さんは、
夜の部の『俄獅子』に出演。
八月納涼歌舞伎
上演日程:2026年8月2日(日)〜26日(水)
休演日:10日、18日
第一部 11時開演
通し狂言『怪談 牡丹燈籠』
第一部 15時10分開演
一、眠駱駝物語『らくだ』
二、『百千鳥沖津白浪 鬼神のお松』
第三部19時開演
一、『舞鶴雪月花』
上の巻 さくら
中の巻 松虫
下の巻 雪達磨
二、『雪』
三、『残月』
※尾上辰之助さんは、
第一部の『怪談 牡丹燈籠』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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