歌舞伎の未来を見据え、舞台に挑み続ける令和の花形歌舞伎俳優たち。その熱い思いを、美しい撮り下ろしの舞台ビジュアルとともに届ける本連載。第24回は、「秀山祭九月大歌舞伎」『一條大蔵譚』で一條大蔵長成を初役で勤める市川染五郎が登場。『ハムレット』を経て見えてきた自身の進む道を聞いた。ナビゲーターは歌舞伎案内人、山下シオン

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

画像1: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」では、市川染五郎、尾上辰之助、市川團子という同世代の3人が初共演。注目を集める3人が、昼の部『春調娘七種』で初めて同じ舞台に立つ。一方、夜の部『一條大蔵譚』では、染五郎が一條大蔵長成を初役で勤める。初世中村吉右衛門が大切にし、二世中村吉右衛門、そして祖父・松本白鸚、父・松本幸四郎も演じてきた大役だ。いつかは通らなければならない役だと思っていたものの、「まさかこんなに早く、秀山祭で」と驚いたという染五郎。父から稽古を受け、先人たちが残した映像や音声をたどりながら、21歳の今だからこそできる大蔵卿を模索している。受け継がれてきた芸とどう向き合い、自分のものとして育てていくのか。同世代から受ける刺激とともに、その思いを聞いた。

——『一條大蔵譚』の一條大蔵長成を初役で勤めます。お話を聞いたときは、どのような心境でしたか。
染五郎:驚きました。初世中村吉右衛門がとても大事にしていた役ですし、大叔父(二世中村吉右衛門)も、父も勤めてきた役で、父は幸四郎襲名のときに演じています。いつかは通らなければいけない役だと思っていましたけれど、まさかこんなに早く、しかも秀山祭という播磨屋にとって大事な興行でさせていただくとは想像していなかったので、とても驚きました。
 ただ、この間『ハムレット』をやらせていただいたのですが、大蔵卿とハムレットには狂気を装っているという点など似ているところがあるんです。『ハムレット』のあとにそういう役を続けて演じさせていただけることにも、不思議な巡り合わせを感じました。

——大蔵卿という人物のどこに惹かれますか。
染五郎:つくり阿呆(つくりあほう=本性を隠し、愚かな人物を装うこと)”のときには愛嬌や可愛らしさがありますが、その奥に、可愛らしいだけではない悲しさや孤独感がある。この人は一生、自分を偽って生きていかなければならないんだ、ということをお客様に感じていただけたらと思っています。公家としての立派なところと、孤独や寂しさ。そして正気になったときのキリッとしたところとのメリハリも大事です。今回は「奥殿」だけで前半の「檜垣」は上演されないので、つくり阿呆とのギャップを十分に見せることができない難しさもありますが、鬼次郎に自分の思いを託す人物としての大きさ、器の大きさもなければいけません。同じ一人の人物の中にあるさまざまな面をどう表現するか、とても難しい役だと思っています。

画像2: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

画像3: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

画像4: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

――現在、どのように役をつくっているのでしょう。
染五郎:もう数回、父にも稽古してもらっています。父が演じたときの映像や台本を借りて研究していますし、秀山祭ですから、二世(中村吉右衛門)の映像も手元にあるものを一つずつ見ています。また、初世(中村吉右衛門)の大蔵卿は音声が残っているので聞きました。
 二世は十七世中村勘三郎のおじ様から教わったそうで、大蔵卿を何度も演じています。映像で見ると、若い頃と近年では演じ方も変わっていて、若い頃は教わったことに忠実だったり、近年になると自分自身の工夫が積み重なっていたりするんです。
 そうしたものを一つずつたどって、最終形だけを見るのではなく、そこに至る過程も一つずつ紐解いて、今回取り入れるべきものを探していきたいと思っています。

——お父様から直接教わることで、映像や資料だけでは得られないものもありますか。
染五郎 :歌舞伎の指導ですごいところは、“渡して終わり”ではないことだと思います。今回、父が大蔵を教えてくれますが、だからといって父がその役を卒業するわけではありません。当然、これからも父は大蔵を演じるでしょうし、祖父(二代目松本白鸚)も大蔵卿を演じています。同じ時代に、親子孫三世代が同じ役を演じているというのは、歌舞伎以外にはなかなかないことだと思います。
 僕の感覚では、“ここにあったものがこちらへ渡ってくる”というより、“細胞を分けてもらっている”ような感じなんです。父が大叔父から分けてもらった細胞を、父なりに増殖させて育て、そのかけらを今回僕が分けてもらう。そして、それをまた自分なりに増やしていく。共有しているものは同じでも、それが宿る役者によって違う深みや味わいが出てくる。そこを見比べられることも、歌舞伎の面白さだと思います。今回は僕が大蔵を演じますが、長い目で見れば“高麗屋の大蔵卿”というものを、いつか自分も次へ渡さなければならない。その過程も見ていただけたらと思っています。

画像5: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

画像6: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎

画像: 『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎 八剣勘解由=松本幸四郎

『一條大蔵譚』一條大蔵長成=市川染五郎 八剣勘解由=松本幸四郎

——今年は『ハムレット』主演という大きな経験もありました。振り返って、ご自身にとってどんな時間でしたか。
染五郎:高麗屋はシェイクスピア劇をはじめ、歌舞伎以外のことも代々やってきましたから、「高麗屋っぽいことをしているな」という実感があったことが、すごく嬉しかったですね。僕は、高麗屋のカラーを体現できる役者になりたいですし、それを残していかなければならないという使命感も感じています。
 歌舞伎でも、ありがたいことに家が代々演じてきた大きなお役を勉強させていただいていますが、歌舞伎以外の作品は、さらに経験できる機会が限られます。シェイクスピア劇は高麗屋にとって比較的身近な存在ではありますが、世界の演劇において非常に重要なジャンルを経験できたことは、一人の役者としても大きな経験でした。

画像: 『春調娘七種』右から・曽我十郎=市川團子 曽我五郎=市川染五郎 静御前=尾上辰之助

『春調娘七種』右から・曽我十郎=市川團子 曽我五郎=市川染五郎 静御前=尾上辰之助

画像1: 『春調娘七種』曽我五郎=市川染五郎

『春調娘七種』曽我五郎=市川染五郎

画像2: 『春調娘七種』曽我五郎=市川染五郎

『春調娘七種』曽我五郎=市川染五郎

——今月は尾上辰之助さん、市川團子さんとの共演も話題です。同世代の三人がそろいますね。
染五郎:ありがたいことにトリオのような感じで言っていただくことがありますけれど、当然、それぞれに家のカラーがあって、それを背負っているので、僕自身は“チーム”という感覚ではないんです。基本的には“個々の役者”です。
 ただ、同世代だからこそ、先輩や後輩とは違う刺激を与え合える二人です。今回、三人で共演するのは初めてですし、それぞれのカラーの違いも感じていただける舞台になると思います。

——染五郎さんから見て、お二人はどんな存在ですか。
染五郎:辰之助くんは、何でもこなせる人。「この人ならできるよな」と毎回思わせてくれる。それは、それまで一つ一つ丁寧に結果を出してきたからだと思います。女方も立役もできて、踊りも芝居もできるので、すごく刺激をもらっています。
 團子くんは『ヤマトタケル』を観に行ったときに、「本当にこの人は澤瀉屋の役者なんだ」と感じました。澤瀉屋を背負わなければいけないという熱い思いを持っている人だと思います。古典でご一緒することがなかなかなかったので、今回、古典の作品でどんな刺激を与え合えるのか、とても楽しみです。
 仲間であり、ライバル。それぞれ家も違うので、普段はそれぞれの場所でやるべきことを吸収して、たまに三人が一つの場所に集まったときに、何か違った化学反応を起こせたらいいなと思っています。

画像: 『ひらかな盛衰記 逆櫓』右から・船頭明神丸富蔵=市川染五郎 船頭灘吉九郎作=尾上辰之助 船頭日吉丸又六=市川團子

『ひらかな盛衰記 逆櫓』右から・船頭明神丸富蔵=市川染五郎 船頭灘吉九郎作=尾上辰之助 船頭日吉丸又六=市川團子

画像: 『ひらかな盛衰記 逆櫓』船頭明神丸富蔵=市川染五郎

『ひらかな盛衰記 逆櫓』船頭明神丸富蔵=市川染五郎

——初日を迎えて(9月7日歌舞伎座にて取材)
実際に大蔵卿を演じてみて、改めて感じている難しさや面白さはありますか。
染五郎:難しさで言えば全部なのですが(笑)、特に難しいのが公家らしさです。いわゆる二枚目の役の柔らかさとはまた違って、強さがありながら、どこか丸みやまろやかさがある。これまで演じてきた役にはなかった部分なので、公家らしさと武将のような強さ、そして阿呆の部分、その三つを使い分けることに難しさを感じています。
 今回は「奥殿」だけの上演なので、そこも難しいですね。「檜垣」があれば、まず阿呆の姿を見せて、それが実はつくり阿呆だったとわかる流れになりますが、「奥殿」からだと、きりっとした本性の部分から始まります。一方で、登場人物たちはすでに大蔵がつくり阿呆であることを知っているので、理屈で考えれば、そこで改めて阿呆を演じる必要はない。お客様に二つの顔のギャップを見せることと、物語としての理屈をどう両立させるのか。そこは今も探りながら演じています。

——大蔵卿が本性を現す「ぶっ返り」の衣裳も印象的です。今回の衣裳には、どのような由来があるのでしょうか。
染五郎:初世吉右衛門の写真をもとに、二世の大叔父が復元した衣裳です。初世のものは、おそらく白黒写真しか残っていないと思いますが、それをもとにつくられたもので、大叔父も何度か着ています。中村屋さんなどがお召しになるものと比べると少し地味かもしれませんが、古風で播磨屋らしさを感じる衣裳です。今回は秀山祭ですし、それを使わせていただいています。

——今回は、お父様の松本幸四郎さんが八剣勘解由を勤めていらっしゃいます。大蔵卿を教わったお父様と、役として同じ舞台に立つことで何か感じることはありますか。
染五郎:今月の座組には、父をはじめ、大蔵卿を経験されている方がたくさんいらっしゃいます。そのなかで、“秀山祭で大蔵を勤めること”には、とてもプレッシャーがあります。
 僕は父の大蔵を目指しながら、播磨屋の大叔父の大蔵を目指して演じています。もちろん大叔父から直接教わることはできませんでしたが、播磨屋の芸は大蔵だけに限らず残されています。それを父を通して、どんどん吸収していかなければいけないと思っています。
 舞台上で、後半は勘解由は客席を背にして大蔵卿のほうに顔が向いているので、父が僕を見てくれているのを感じながら演じています。義太夫さんとのテンポなども毎日父に見てもらえることはとてもありがたいですし、大叔父の映像を見ながら、どの工夫を取り入れるのかも父に相談しています。
終演後に、ついさっき舞台上で首をはねた人からダメ出しを受けるという(笑)。面白い、不思議な世界だなと思いながらやっています。

——開幕前には、大蔵卿の奥にある孤独や哀愁を表現したいと話していました。実際に演じてみて、その人物像に変化はありましたか。
染五郎:『ハムレット』とも少し共通する部分があると思っていましたが、実際に演じてみると、大きく違うところも見えてきました。
 ハムレットは悩み、葛藤しながら、そこからどう抜け出せるのかともがいている青年だと思います。大蔵卿にもそういう時期はあったのかもしれませんが、今の大蔵卿はもうそれを乗り越えて、「自分はこう生きていく」と覚悟を決めている。どこか俯瞰しているような人物なんです。その人物としての大きさを見せたいと思っています。
 幕切れで再び阿呆に戻るところも、僕はとても大事だと思っています。大蔵卿はおそらく、それまで誰にも本当の自分を明かさずに生きてきた。あの場で初めて本心を明かし、鬼次郎にさまざまなものを託して、また阿呆に戻っていく。それはある種の別れであり、もう本当の自分として誰かに会うことはない、という寂しさがある。その思いを、最後に阿呆へ戻るところで見せたいと思っています。

——『春調娘七種』では同世代の三人が初めて同じ舞台に立ちました。実際に共演して、お二人からどんな刺激を受けていますか。
染五郎:客観的に見ても、『春調娘七種』の三役に三人がとても合っている気がします。役者としての個性やカラーもそうですし、見た目も含めて、それぞれが役にぴたっとはまっている。三人がそれぞれ違う色を持っていることは、大きな強みだと思います。
 技術はこれからそれぞれ磨いていかなければいけませんが、役者がもともと持っている色というのは、身につけようと思って身につくものではない。その違う色がぶつかり合うことなく、一緒に存在できているのは、とてもよかったと思います。
 歌舞伎には三人でできる演目もいろいろありますし、『車引』や『勧進帳』なども、これから三人でやっていきたいねという話をしています。今回がその第一歩になったことを、とてもありがたく感じています。

——舞台裏では、三人でどんな時間を過ごしていますか。
染五郎:稽古期間は合間の時間が結構あったので、三人で昼ごはんを食べに行きました。團子くんが見つけたのかな、地下にあるカレー屋さんで、店員さんもお客さんもインド人しかいなくて(笑)。三人でインド人に囲まれてカレーを食べました。
「ここならいくら歌舞伎の話をしても大丈夫だ、いいところ見つけたね」なんて話していました(笑)。『逆櫓』でも共演しているので、毎日、花道から出る前の待ち時間には、何でもない雑談をしたり、芝居の話をしたりしています。

   

21歳の一條大蔵卿。これまで私が拝見してきたなかでは最も若い大蔵卿だと思うが、そこに年齢とのギャップを感じることはなかった。舞台にいたのは、市川染五郎が自ら創り上げた一條大蔵長成だった。役の心根を念入りに読み解き、先人たちの芸から今の自分に必要なものを見出し、自らの表現へとつなげていく。その姿勢は、まさに歌舞伎の芸の継承そのものなのだと思う。父や先人から受け取ったものを「細胞を分けてもらう」ような感覚だと語った言葉にも、それはよく表れていた。
そして印象的だったのは、初日前と開幕後では、大蔵卿という人物への理解がさらに深まっていたこと。舞台で私が感じた大蔵卿の孤独や覚悟の理由を、開幕後の彼自身の言葉から改めて知ることができた。 どんな問いにも、自分のなかで考え抜いた答えがあり、ときにユーモアものぞかせる。
同世代とも互いに刺激を与え合いながら、これからどんな役者へと歩んでいくのか、ますます楽しみになった。21歳の今だからこそ生まれた、市川染五郎の一條大蔵卿。ぜひ今、観ておきたい。

市川染五郎(Ichikawa Somegoro)
東京都生まれ。父は松本幸四郎。祖父は松本白鷗。2007年6月歌舞伎座『侠客春雨傘』の高麗屋齋吉で、本名の藤間齋(ふじま・いつき)の名で初お目見得。09年6月歌舞伎座『門出祝寿連獅子(かどんでいおうことぶきれんじし)』の童後に孫獅子の精で四代目松本金太郎を名のり初舞台。18年1・2月歌舞伎座で八代目市川染五郎を襲名。

秀山祭九月大歌舞伎
上演日程:2026年9月2日(水)〜26日(土)
休演日:9日、18日

昼の部 11時開演
一、 『春調娘七種』
『三社祭』
二、『ひらかな盛衰記』
     大津宿屋
     笹引き
     逆櫓

夜の部16時
一、『雛鶴三番叟』
二、伊賀越道中双六『沼津』
三、銘作左小刀『京人形』
四、『一條大蔵譚』奥殿

※市川染五郎さんは、昼の部の『春調娘七種』『ひらかな盛衰記』逆櫓、夜の部の『一條大蔵譚』奥殿に出演。

会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹

山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。

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