BY MAKIKO TAKAHASHI, PHOTOGRAPHS BY MARI SARAI, STYLED BY MAKI OGURA, HAIR BY JUN GOTO, MAKEUP BY SHINOBU ABE, MODEL BY ARISA NAKANO

この写真で、女優・中野有紗がまとうのは、皆川魔鬼子が手がけるHaaTの服。風のように軽やかな素材は、皆川が幼少時より親しんできた“ちぢみ織り”に着想を得て開発した「キョウチヂミ」シリーズの新作
皆川魔鬼子は、1970年代初頭からイッセイ ミヤケで、創始者の故・三宅一生の右腕として「見たことのない素材」を目指し、パリ・コレクションなどで世界に発信しつづけてきた。’84年からはインドの会社との協業ブランド「ASHA BY MDS」で繊細な手仕事の美や奥深さを伝えながら、大量生産・消費時代に一石を投じた。そして、2000年以後は「HaaT(ハート)」で軽やかな天然素材の服を作り続けている。「服を着ることは自然を着ること」と考える皆川は、同時に「コンクリートのビルも含めて自然」という独自の世界観をもつ。それらは“自然”や周りの物の色や質感、人の手のぬくもりを大事にする素材づくりと結びついている。
刺し子や絣(かすり)、丹後ちりめんなど日本各地の伝統的な素材や技に価値を見いだし、最新のテクノロジーと融合させてモダンに甦らせてきた。そのひとつが「HaaT」でも定番の「キョウチヂミ」のシリーズ。京都で育った皆川が幼少の頃、夏に見かけた男性たちのステテコの素材、ちぢみ織りからの着想だ。細かなシボがあって、暑い季節も肌にさらりと心地よく、生地の陰影も美しいちぢみ織りは、上等な麻布という意味の「上布(じょうふ)」と呼ばれ、いつの時代も多くの人々を魅了してきた。それはのちに世界的な人気を博す「PLEATS PLEASE ISSEYMIYAKE」の原点となった。

綿の強撚糸にさらに撚りをかけ、極細綿糸を用いてゆっくりと織り上げられた「キョウチヂミ」の生地は、独自のシボ感が特徴でしなやかな肌ざわり。羽根のように軽くさらりとした着心地は、蒸し暑い日にも快適で、年々人気が高まっている。京都の染色工場でダイナミックなプリントを施し、鮮やかに仕上げた。
ケープ状のカーディガン¥82,500・ワンピース¥61,600・パンツ¥35,200/HaaT
イッセイ ミヤケ
TEL.03-5454-1705
左手の緑色のバングル¥14,300・右手の緑色のバングル¥7,700/ジャンティーク
TEL.03-5704-8188
その他のバングル/スタイリスト私物
皆川が最もこだわっているのは「生地の風合い」。複雑で微妙な味を出すために、織りや後加工、仕上げまですべて違う工場で作ることも。廃材の利用など環境に配慮したものづくりも長く続けている。天然素材の発色をよりよくするために、きれいな湧き水がある工場と組む。「湧き水を見るとホッとします。織りや染色など、繊維は水を通さないとできない。よい工場にはよい水が湧いているんです」と言う。

HaaTの2025年春夏シーズンの服の素材。どれも実に表情豊か。左から、縦と横に異なる麻糸を用いて重なりあう色の絶妙な美を表現した「グロッシーリネン」、リサイクル素材のサッカー生地に、愛知県・有松にて蜘蛛絞り加工を施した「クモ シボリサッカー」、ブロックプリントに手刺しゅうを施し、インドのクラフツマンシップが息づく「アッサンブラージュ」、森の深い沼を連想する多色のチェック柄のサッカー素材「ヌマ」、樹々の葉脈をイメージした柄を千鳥状に入れたカットジャカード「モリ」。
「前を向いて、頭の中の引き出しをいつもいっぱいにして、今と近未来のために創作していきたい」
皆川は半世紀を超えて常に先見の明をもって、時代の一歩先を走り続けてきた。その原動力はどこからくるのか問うと、「あえて探せば、小さい頃からいつも何か新しいものを見つけたいという気持ちでいたことでしょうか」と皆川。そうした姿勢は、今もまったく変わらない。ただ、コロナ禍前後から、人々の着ることへの価値観が変化したことに応じて、HaaTのものづくりにおいては、自らの長年の蓄積に目を向けるようになったと言う。欧米の老舗メゾンもそのレガシーをもとに、若いアイデアや現代性を取り入れて活性化している。「自分たちにも50年分の引き出しがたまっていることに気づいた。ひらめきとともに引き出しを開けて取捨選択をして、ひとつずつ吟味しながら現実性や環境などの視点も考慮して素材として整え、服の形にしていこう、と」
2021年からは「EVERY MONTH」「EVERY WEEK」「EVERY DAY」の3つのカテゴリーに分けて、HaaTの商品を提案し始めた。「毎月」と「毎週」に一度くらい着るための厳選された服と、季節や気温にかかわらず、「毎日」快適に着られるような服。いずれも洗濯してすぐに着られるなど、手入れの簡単さへの配慮も行き届いている。「この頃は季節ごとの衣替えやTPOもなくなって、“着るものは何でもいい。でも、何でもよいわけではない”という難しい時代になったことを反映しています」
私たちは今混迷の時代にあると思うが、皆川は「自分たちが考えた基準を定めて、それを信じていかない限り先に進めない。前を向いて、頭の中の引き出しをいつもいっぱいにして、今と近未来のために創作していきたい」と力強く語った。

皆川魔鬼子(みながわ・まきこ)
京都府生まれ。染織工芸作家の家に生まれ、京都市立芸術大学在学中に自身のアトリエで創作を開始。1971年より三宅デザイン事務所にてISSEY MIYAKEのテキスタイルを担当、素材開発を手がける。2000年、「HaaT」の展開を開始。多摩美術大学、京都市立芸術大学でテキスタイルデザインについて教鞭もとっていた。
YASUAKI YOSHINAGA ©︎ISSEY MIYAKE INC.
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