BY KIMIKO ANZAI, PTOHOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
1772年の創設より「品質はただひとつ、最高のものだけ」をモットーに、常に革新を続けるシャンパーニュ・メゾン「ヴーヴ・クリコ」。今も「ラ・グランダム(偉大なる女性)」と呼ばれ、尊敬を集める存在が、二代目当主の妻であったマダム・クリコ(ヴーヴ<=未亡人>・クリコ)だ。夫なき後、家業を継承し、類まれなる才覚を発揮してメゾンをさらに発展させた。
時は19世紀初頭、女性がビジネスに携わるなど考えられなかった時代のことだ。彼女はナポレオンの大陸封鎖令をかいくぐってロシアに自社のシャンパーニュを売り込み、“ロシア宮廷御用達”となった。当時の桂冠詩人、プーシキンは「ロシアの上流階級のあいだではクリコしか飲まない」と書き記しているほど。また、ボトル内の澱を瓶口に集める動瓶技術“ルミュアージュ”を考案したり、白ワインに赤ワインをブレンドして造るロゼ シャンパーニュにいち早く着手したのもマダム・クリコだ。その先見の明と失敗を恐れない大胆さは、現代のシャンパーニュそのものに大きな影響を与えている。
そのマダム・クリコにちなみ、革新的精神をもつビジネスウーマンの活動を応援し、表彰するのが「ヴーヴ・クリコ ビジネスウーマン アワード」だ。これは、1972年にメゾン設立200周年を記念してつくられた賞で、世界27カ国350名以上のビジネスウーマンを表彰してきた実績をもつ。今年の「ヴーヴ・クリコ ビジネスウーマン アワード 2018」は、初めての日本独自の開催となり、去る9月13日には「シャトーレストラン ジョエル・ロブション」にて表彰式が執り行われた。
今年、マダム・クリコを体現する女性に贈られる「ビジネスウーマン アワード」を受賞したのは、東京都源田美術館・参事で、東京藝術大学大学院教授でもあるキュレーターの長谷川裕子さん。また、マダム・クリコの大胆さ、勇敢さを体現、ビジネスにおける新規制をもって、将来さらなる活躍が期待される女性に贈られる「ニュージェネレーション アワード」には、東日本大震災後の気仙沼で「株式会社気仙沼ニッティング」を立ち上げた御手洗瑞子さんが選出された。
長谷川さんは、アメリカ・ホイットニー美術館など海外でのキュレーター活動をはじめ、金沢21世紀美術館の立ち上げにも参加。また、東京藝術大学で教授として後進を育成するなど、現代アートの普及に大きく貢献している。自身もシャンパーニュが大好きという彼女は、こう語ってくれた。
「『ヴーヴ・クリコ』は以前手がけた作品展のオープニングに協賛してくださったこともあり、“文化をサポートしてくれるメゾン”というイメージをもっていました。ですから今回、このような名誉ある賞をいただいて、とても光栄に思っています。キュレーターという仕事は、わかりやすく言うなら“出張板前”のようなものではないかと思っています。そこにある材料で一番おいしいもの、楽しいものを作ることが重要なのです。アートを楽しむことは、とてもパーソナルな行為。私たちは、アートに興味をもってくださる方々にどんなギフトが与えられるのかを、冷静に眺めていなくてはいけないと思っています」
では、そのために、長谷川さんは具体的にどんなことをしてきたのだろうか。そしてそれは、マダム・クリコが成し遂げたことと、なにか共通性はあったのだろうか。そう尋ねると、穏やかにほほえみながら、こう答えた。
「今、ここにないものは何か、を見極めることでしょうか。たとえば、マダム・クリコはボトルの中に舞う澱を集めるためにルミュアージュを考案しました。私はといえば、『子どもが泣き出さない、楽しくなる美術館は作れないだろうか』と考えました。それが結果、金沢21世紀美術館に結び付きました。着地点は違っても、発想の根幹は“今、ないものを探ること”。もしかしたら、今回の受賞はそんなところを見ていただけたのかもしれません」。