知っているようで、じつは正確に知っている人は少ないワインが「キャンティ・クラッシコ」。その歴史的意味合いを、メディチ家に連なるシニョーラが教えてくれた

BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY TOMOHISA KINOSHITA(CUBISM INC)

 イタリアを代表するワインとして、世界的に広く知られる「キャンティ」。トスカーナ地方でつくられるサンジョヴェーゼ主体の赤ワインのことだが、一時は“がぶ飲みワイン”として、その評価は決して高くはなかった。だが、これを憂えた生産者たちが1996年に「キャンティ・クラッシコ」のDOCG(原産地呼称)を制定。以来、その品質の向上は目覚ましく、今日では世界市場での評価も格段に高くなっている。

「キャンティ・クラッシコ」とは、古くからブドウ栽培がなされていたフィレンツェからシエナまでの、ごく限られた地域で造られるワインを意味する。「キャンティ・クラッシコ」DOCGは、かつて「キャンティ」の世界的人気ぶりに伴い拡大していった周辺産地との違いを明確にすべく作られたものだ。

画像: エマヌエラ・ストゥッキ・プリネッティ氏 ミラノ生まれ。少女時代はミラノの学校に通い、長期の休みはトスカーナで過ごした。「トスカーナは緑豊かな土地。その美しさ、四季折々に姿を変える森が大好きです」。現在は、ワインづくりを指揮するかたわら、ガイオーレ・イン・キャンティの生産者の中心として「キャンティ・クラッシコ」のプロモーション活動を行っている

エマヌエラ・ストゥッキ・プリネッティ氏
ミラノ生まれ。少女時代はミラノの学校に通い、長期の休みはトスカーナで過ごした。「トスカーナは緑豊かな土地。その美しさ、四季折々に姿を変える森が大好きです」。現在は、ワインづくりを指揮するかたわら、ガイオーレ・イン・キャンティの生産者の中心として「キャンティ・クラッシコ」のプロモーション活動を行っている

「キャンティのなかでも、ガイオーレ・イン・キャンティはもっとも古い地域のひとつ。ここでは2400年前、エトルリア人の時代からブドウ栽培が行われていました。そして、『キャンティ・クラッシコ』は、1716年にトスカーナ公コジモ3世によっていちばん最初の原産地呼称が認められたワインのひとつなのです」

 そう教えてくれたのは、キャンティの名手「バディア・ア・コルティブオーノ」のオーナー、エマヌエラ・ストゥッキ・プリネッティだ。この歴史ある土地で1846年以来、上質の「キャンティ・クラッシコ」を世に送り出してきた。彼女は、2007年に初めて女性初のキャンティ・クラッシコ協会の会長となり、在任中は「本来のキャンティ・クラッシコとは何か」を世界中に伝えてきた。

画像: 11世紀にベネディクト派の修道僧たちがこの地に修道院を設立、ワインづくりを始めた。歴史を経て1846年にエマヌエラさんの高祖父らがこの土地を購入し、高品質なワインで国内外に名声を築く。往時の建物はこのワイナリーのシンボルとして大切に保存され、アグリツーリスモやワイナリーツアーなど多くのゲストを迎えている COURTESY OF BADIA A COLTIBUONO

11世紀にベネディクト派の修道僧たちがこの地に修道院を設立、ワインづくりを始めた。歴史を経て1846年にエマヌエラさんの高祖父らがこの土地を購入し、高品質なワインで国内外に名声を築く。往時の建物はこのワイナリーのシンボルとして大切に保存され、アグリツーリスモやワイナリーツアーなど多くのゲストを迎えている
COURTESY OF BADIA A COLTIBUONO

 じつは、彼女が“ガイオーレ・イン・キャンティのキャンティ・クラッシコ”にこだわるのには理由がある。ストゥッキ・プリネッティ家がこの土地を入手する以前、ここではベネディクト派の修道士によってワインづくりがなされ、近年、敷地内にある教会から、かつてこの地がエトルリア人から“キャンティ”と呼ばれていたことを示す遺跡が見つかったのだ。

「この地は、まさしくキャンティの魂ともいえる土地。そこで、ガイオーレ・イン・キャンティの生産者が集まり、この地に“キャンティ・ストーリコ(歴史的キャンティ)”という名前をつけました。古き良きキャンティの味わいを、多くの方に知っていただけたらと考えています」

画像: (左)「バディア・ア・コルティブオーノ キャンティ・クラッシコ リゼリヴァ 2012」<750ml>¥7,000 サンジョヴェーゼ主体にカナイオーロ、チリエジョーロ、コロリーノをブレンド。最良の畑のブドウで造られる。チェリーの香りが魅力的でタンニンも細やか (右)「バディア・ア・コルティブオーノ サンジョヴェート 2013」<750ml>¥8,500 サンジョヴェーゼ100%。「サンジョヴェート」とはサンジョヴェーゼの古い呼び名。サンジョヴェーゼへの敬意を込めて、完熟した実だけで造られる。バニラやクローブの香りと優しい甘み

(左)「バディア・ア・コルティブオーノ キャンティ・クラッシコ リゼリヴァ 2012」<750ml>¥7,000
サンジョヴェーゼ主体にカナイオーロ、チリエジョーロ、コロリーノをブレンド。最良の畑のブドウで造られる。チェリーの香りが魅力的でタンニンも細やか
(右)「バディア・ア・コルティブオーノ サンジョヴェート 2013」<750ml>¥8,500
サンジョヴェーゼ100%。「サンジョヴェート」とはサンジョヴェーゼの古い呼び名。サンジョヴェーゼへの敬意を込めて、完熟した実だけで造られる。バニラやクローブの香りと優しい甘み

 とはいえ、「バディア・ア・コルティブオーノ」のキャンティ・クラシコは、決してクラシカルな味わいというわけではない。修道士たちが行っていたのと同じように有機栽培でブドウを育てながらも、グラビティ・フロー・システム(搾汁した果汁に摩擦熱を与えない果汁の運搬システム)を導入するなど、現代的な手法で醸造を行っている。その味わいは、フレッシュな酸味と細やかなタンニンが感じられ、限りなくエレガント。ブドウの風味がいきいきと感じられる。

 ワイナリーでは現在、アグリツーリズモやワイナリーツアーのゲストを受け入れているが、中でも人気が高いのが、古式ゆかしい修道院の建物の中で開催されている料理教室だ。そもそもはエマヌエラの母であるロレンツァ・デ・メディチが講師を務め、現在は娘のエマヌエラがその運営を引き継いでいる。ロレンツァは国内のみならずアメリカでも『メディチ家のキッチン』という料理番組をもつほど著名な料理研究家で、名前からもわかるようにメディチ家の子孫のひとり。エマヌエラは、その母から料理や「バディア・ア・コルティブオーノ」の歴史を日々の暮らしのなかで自然に学んでいったという。

画像: 「バディア・ア・コルティブオーノ」の料理教室は、現在は女性シェフが講師をつとめる。ロレンツァさんのレシピやトスカーナの伝統的な料理が人気だ COURTESY OF BADIA A COLTIBUONO

「バディア・ア・コルティブオーノ」の料理教室は、現在は女性シェフが講師をつとめる。ロレンツァさんのレシピやトスカーナの伝統的な料理が人気だ
COURTESY OF BADIA A COLTIBUONO

 では、ワイナリーへの参画も自然な成り行きだったのかと問うと、こんな答えが返ってきた。「いいえ、ここまでの道のりは決して簡単なものではありませんでした。最初、私から父に『ワイナリーで働きたい』と願い出たのですが、当時は女性がワインの仕事をすることがはばかられた時代。父の許しはもらえませんでした。それで、次にやりたかった音楽の道へと進んだのです」

 オペラ歌手として活躍、『椿姫』などの舞台にも立ったが、ワインの仕事に携わるという夢を断ち切ることはできなかった。そこで家に戻り、ワイナリーの雑用から始めて、次第にスタッフの中に溶け込んでいったという。この頃には時代も変わり、ワイナリーで働く女性も多くなっていたこともあって、その後はワイナリーの広報や母の料理本のプロデュースなど、精力的に家業に取り組んできた。

画像: 修道院の建物の地下に広がる、古色蒼然たるワインセラー。修道士たちが起居した部屋など、歴史ある建物はワイナリーツアーで見学が可能だ(要予約)。ここから数キロ離れた場所にある醸造所はうってかわって最新の設備を備え、醸造のエキスパートらによって緻密なワインづくりが行われている PHOTOGRAPH BY JUNKO ASAKA

修道院の建物の地下に広がる、古色蒼然たるワインセラー。修道士たちが起居した部屋など、歴史ある建物はワイナリーツアーで見学が可能だ(要予約)。ここから数キロ離れた場所にある醸造所はうってかわって最新の設備を備え、醸造のエキスパートらによって緻密なワインづくりが行われている
PHOTOGRAPH BY JUNKO ASAKA

 彼女と話していると、その快活な人柄に魅せられる。目の前にいる彼女は、書物でしか知らなかった“メディチ家”に連なる人でもある。メディチ家といえば、フィレンツェの君主であり、ボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなどルネッサンスを代表する芸術家たちを数多く支援した“文化の保護者”。現在、彼女が取り組むキャンティ・ストーリコのワインづくりにも、その血脈ともいうべき精神が感じられる。

「確かに、そういったスピリットが自分のなかにあることは時折感じます。今、考えているのは、母がこれまでやってきたことを引き継ぎ、自負をもって発信すること。この地の文化や歴史、料理、そしてワインを世界の方々に知っていただけるよう、歴史だけに甘んじることなく、絶えず新しい“次の手”を考えていきたいと思っています」

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