BY KIMIKO ANZAI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
“グランヴァン”と聞いて多くの人々が思い浮かべるのは、やはりボルドー・メドックのワインだろうか。1855年のパリ万博を機に、ナポレオン3世によって“グラン・クリュ”として公式に第1級から第5級までが制定され、メドックから58のシャトーが選ばれた(現在は61シャトー)。
メドックのシャトーが素晴らしいのは、格付け以来、長きにわたってその名声にふさわしいワインづくりを続けているところにある。五大シャトーのひとつ「シャトー・ラフィット・ロートシルト」しかり、「シャトー・マルゴー」しかり。だが、中にはフィロキセラ(害虫被害)やオーナーの没落によって、途中、名声を落としてしまったシャトーもある。そのひとつがサン・ジュリアン村に位置する第3級の「シャトー ラグランジュ」だった。
歴史は古く中世までさかのぼれるが、1920年代頃からその名声は地に堕ちてしまっていた。ようやく息を吹き返したのは、新オーナーが現れた1980年代のこと。多大な設備投資と畑の大改良によって新シャトーからは高品質のワインが生み出されるようになり、その評価は次第に上がっていった。特に2016年ヴィンテージは「1級に比肩する」と評される仕上がりで、多くワイン通の心をつかんでいる。
広くは知られていないことだが、「シャトー ラグランジュ」のオーナーは、じつはサントリーである。1983年に「シャトー ラグランジュ」を取得、時間をかけて見事シャトーを復活させたが、その道程は決して平坦なものではなかった。当初、現地の目は冷ややかで、「日本企業がフランスの魂を買った」と厳しい論調で書く地元メディアもあった。だが、サントリーはフランスの文化を尊重し、「高品質のワインをつくること」にひたすら情熱を傾けた。そして今ではフランスでも尊敬を受けるトップシャトーのひとつとして、堂々たる存在感を示している。
「シャトーの立ち上げを担った初代副会長の鈴田をはじめとし、先人たちの苦労はいかばかりかと推察します。ワイナリーの立ち上げは本当に大変です。私もドイツや南米でその経験がありますので、理解できます。ワインは弊社の創業時のビジネスでもあり、長くワイン事業に注力してきたため、取得を陣頭指揮した故佐治敬三会長には、自分たちの技術でテロワールを反映した世界基準のワインをつくりたいという思いがありました。『シャトー ラグランジュ』はその夢を実現するプロジェクトでもあったのです」と、現副会長の椎名敬一氏は語る。
椎名氏が鈴田氏の後を継ぐべくボルドーに赴いたのは2004年のこと。名声を取り戻したシャトーで新たに始めたことは何だったのだろうか。
「復活の20年が終わり、次の20年に何をやるべきか。私は創造の20年と位置付け、シャトーものの品質を、テロワールの限界まで向上させることを決意しました。まずは、設備に老朽化が見えたため、瓶詰ラインなどの設備を整えました。また植樹から20年が経って、ようやく区画ごとの畑の個性が出てきましたので、小型タンクを導入し、2008年から約5年をかけて“1区画1仕込み”を実現していきました。こうしたことによって、区画ごとのテロワールのポテンシャルと個性を最大限品質に反映させたいと考えたのです」
また、椎名氏の時代になってから生まれたのが「ル オー メドック ド ラグランジュ」だ。「シャトー ラグランジュ」のサードラベルで、オー・メドック地区のキュサック村とサン・ローラン村に新たに購入した畑のカベルネ・ソーヴィニヨンを使用している。椎名氏によれば、サン・ローラン村の畑には樹齢40年のカベルネ・ソーヴィニヨンが植えられており、完熟の難しい涼しい土地でも、ギリギリまで収穫を遅らせることできれいな酸味を残したブドウを収穫することができるという。また、ふたつの村はシャトーから5~6kmの距離にあり、「自分たちできちんと栽培の管理ができることも大きなポイント」だという。
「ル オー メドック ド ラグランジュ」が生まれた背景には、ボルドーワインの高騰という理由があった。ボルドーワインは投機目的に買われることも多く、価格はどんどん上昇する。「シャトー ラグランジュ」のセカンドラベルとして「レ フィエフ ド ラグランジュ」があるが、これも価格上昇の傾向にあったという。“グラン・クリュ”の運命と言ってしまえばそれまでだが、「シャトー ラグランジュ」が理想とするのは、あくまでも「食事とともに、実際に飲んで楽しめるワイン」。椎名氏は、ボルドーファンがより身近に親しめるクラスのワインもつくりたいと考えたのだ。
現在の「シャトー ラグランジュ」は、その良心的な価格からも根強いファンが多い。かつて名声が失われていた時代が想像できないほど、その味わいは限りなくエレガントだ。
「『シャトー ラグランジュ』を好きと言っていただけるのはとてもうれしいことです。ですが、私たちはさらに高いレベルを追求しなくてはいけないと思っています。“消費してもらえるワインの最高峰”を目指して、バランスがよく、エレガントで、味わい深く、そして感動を与えられるワインをつくっていきたいと思っています」
武士道を思わせるような精神性を感じさせながらも、徹頭徹尾“フランスワイン”を貫き、体現する「シャトー ラグランジュ」。“次の20年”はどんな進化を見せるのだろうか。
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