かつてと同じあり方、やり方はもう通用しない。新しい時代にどう対応し、生きていくか――。フードコーディネーターの長尾智子は、まず、自分のために料理をするのが大切と提案する

BY TOMOKO NAGAO, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO, EDITED BY MIKA KITAMURA

 食の心地よさとはなんでしょう。夕暮れ時に白ワインの気分だと思えばお気に入りのビストロでにぎやかに集い、国内外の旅先では、その土地ならではの料理を楽しみ……。親しい人を呼んであれこれと作ったり、おいしいものを取り寄せたりしながら、和食、イタリアン、エスニックと、恵まれた日本の食を楽しむ機会が以前は多かったと思います。

 一方、日々供給される食べ物は相変わらず過剰で、デパ地下のお惣菜はもとより、節分やクリスマス、お正月の時期などはあまりの量に、食品の行く末を思うと決して気持ちのよいものではなかったのです。売り手も買い手も殺気だったような光景は、現実ではない景色をふと見ているようでした。とうに変わりつつある世界で、昔のやり方を引きずっているような―― その雰囲気は、自粛後に経済活動を再開した今も残像のように漂っています。私たちが無邪気に楽しんでいた頃とこれからの違いは大きく、手放さなければならないことが数知れず。外食はもとより、いつまでもおうち時間を楽しくと言っていられないシビアな時代が始まっていると感じます。

 食の楽しみの大きな部分は、分かち合うこと。集う楽しみは何ものにも代え難い喜びです。それがままならないのなら、既存の考えをリセットして、自分という最小単位がどうしていくかを組み立て直せばいいのではないかと思います。まずは、自分のために料理を作る。自分ひとりのため、というのはなかなか難しいことでもありますが、今までとは違うやり方や新しい感覚を身につける機会にもなります。外から得る情報ではなく、自分が感じることを優先したら、作るもの、食べるものは変わっていく。安心できるもの、ストレスのない作り方と食べ方、大事にしたい料理とは何か。何を選び取るかを第一に考えれば、その気分はまわりにも伝わるものです。

 食を楽しむスケールが小さくなったと感じても、毎日手にする素材との関係は確実に近くなります。たとえば、身近な素材、卵をどう料理するかを改めて考えると、自然と卵を生かす単純な方向に行き、組み合わせや食感、味のやさしさなどに感覚が働きます。やがて素材を重視する丁寧な仕事となり、料理は美しく仕上がります。これでいいと気づけば、雑多な情報や人の評価は不要。素材と自分第一主義に、シンプルにおいしく美しい料理を作っていくだけです。多くを手放したと嘆きながら、気がつけば手の中には小さな宝物が光っているかもしれない。この先、作り食べていく料理の道筋が、卵ひとつで見えてくるというのは、大げさではない気がします。

ゆで卵から2品、「卵サンド」と「ウフマヨネーズ」

 誰かのため何かのために料理をしてきた人が多い、と長尾さんは言う。たとえば家族のため、気分転換やストレス解消のため、インスタにのせるために。「これからは自分のために料理をしてみては」との提案だ。他人の評価より、自分の感覚に忠実に作る。自分のために作る料理は、自らの身体と心を支えてくれるだろう。長く作り続けられるものがいい。手軽でシンプルであることが基本だ。
 卵は完全栄養食品であり、簡単に調理できて、滋味に満ちている。お財布にもやさしい。まず、みんなが大好きなゆで卵料理2品を紹介する。おいしく仕上げるコツは、マヨネーズを手作りすること。それだけで、いつものゆで卵が上等な一品になる。マヨネーズは、とろっと流れるやわらかさに仕上げるのが理想だ。簡単なレシピだが、自分のためにおいしく作るヒントがたくさん込められている。

卵サンド

材料(1~2人分)
卵 Lサイズ 1個
きゅうり 大きめ1/2本
クリームチーズ 大さじ1
手作りマヨネーズ(下記レシピ参照)約大さじ1 と1/2~2
塩・粒こしょう 各少々
サンドイッチ用パン 4枚

画像: 卵サンド

卵サンド

<作り方>

1.鍋にお湯を沸かし、卵をそっと入れて7分半ゆで、冷水に取る。粗熱が取れたら殻をむき、ボウルに入れる。

画像1: たとえば“卵”をどう食べる?
長尾智子の
これからの生き方を考えるレシピ

2.きゅうりは両端を切り落とし、薄切りにして別のボウルに入れる。軽く塩を振って混ぜ2~3分おき、流水にさらしてしっかり水気を絞る。

3.①にクリームチーズとマヨネーズを加え、塩を軽くして、こしょうを挽き、泡立て器でつぶしながら混ぜ合わせる。②のきゅうりを加えて、スプーンで混ぜる。

4.パン2枚をまな板に並べ、③を1/2ずつのせ、それぞれにパンをかぶせて軽く手で押さえる。二等分に切り分ける。一組切るごとに、包丁を拭くときれいな切り口に。器に盛る。

ウフマヨネーズ

材料(1人分)
卵 Lサイズ 1個
手作りマヨネーズ(下記レシピ参照)約大さじ1 と1/2~2
アンチョビフィレ 1と1/2枚
枝豆(さやつき) 約50g
塩 少々
オリーブ油 小さじ1

画像2: たとえば“卵”をどう食べる?
長尾智子の
これからの生き方を考えるレシピ

<作り方>

1.鍋にお湯を沸かし、卵をそっと入れて7分ゆで、冷水に取る。粗熱が取れたら殻をむく。

2.枝豆のさやの片側を切り落とし、塩をまぶして3分ほどゆで、ざるに上げる。粗熱が取れたら、さやからはずして薄皮を取る。粗く刻み、塩少々とオリーブ油を加えて混ぜる。

3.マヨネーズをボウルに入れ、粗く刻んだアンチョビを加える。

4.器に①の卵を置き、③のマヨネーズをかけて②の枝豆を散らす。

 卵サンドもウフマヨネーズも、どちらも味の決め手は手作りマヨネーズ。やわらかさの加減は油の量で。油が多ければ硬めに、少なければやわらかめに仕上がる。お酢は甘みのあるものが合う。ホワイトバルサミコがなければ米酢でも。市販品のマヨネーズを使う場合は、硬めのものが多いので、豆乳もしくは牛乳を適宜加えてのばす。

手作りマヨネーズ

材料(でき上がり約200ml)
卵 Lサイズ 1個
ホワイトバルサミコ 大さじ2
マスタード 小さじ2
植物油(米油、太白ごま油など)120~130ml
オリーブ油 30ml
塩 少々

画像3: たとえば“卵”をどう食べる?
長尾智子の
これからの生き方を考えるレシピ

<作り方>

 ボウルなどに卵を割り入れ、塩、ホワイトバルサミコ、マスタードを加える。ハンドミキサーもしくは泡立て器で攪拌し、なじんだら少しずつオリーブ油を垂らすように加えながら乳化させる。次に植物油を同様に加えていく。やわらかめに仕上げ、容器に移して冷蔵庫へ(冷蔵で約2週間保存可)。

卵かけご飯、どう食べる?

「いつもの卵かけご飯ではなくて、温泉卵をのせてみては」と長尾さん。とろける黄身に卵の風味を一層豊かに感じられるはず。季節やゆでるための鍋、卵のサイズによって、火入れの加減が少しだけ変わるので、何度か作ってコツを得よう。レシピはLサイズの卵(64〜69g)でのゆで時間だが、M(58〜63g)なら少し時間を短めに。状況に適したゆで時間がわかってくると調理もスムーズになる。
 微妙な火入れ具合は、自分自身の感覚を信頼しよう。レシピどおりにするのも大切だが、研ぎすませた自らの感覚を信頼することも大事、と長尾さんは言う。温泉卵を完璧に作ることができるなんて、楽しいし、素敵だ。
 食べるときに、天然塩をパラリ。途中で好みでしょうゆをかけて“味変”させれば、さらに食が進む。ご飯は雑穀を2割にすれば、味と食感が複雑になり、ヘルシーさもアップ。

温泉卵のせ雑穀ご飯

材料(1人分)
卵 Lサイズ 1個
雑穀入りご飯 1膳分
粗塩 少々

画像4: たとえば“卵”をどう食べる?
長尾智子の
これからの生き方を考えるレシピ

<作り方>

1.蓋がぴったり閉まる鍋を用意する。水を多めに入れて沸かす。沸騰したら卵をそっと入れて火を止め、蓋をして6分半おく。ボウルに氷水を用意して卵を急冷し、小鉢などに割り入れる。

2.雑穀入りご飯をお茶碗に盛り、真ん中を少しくぼませて①の温泉卵をそっとのせる。粗塩を振る。

<ポイント>
極上の黄身のとろ~り感を目指すためのポイントは3つ。
■ 卵は冷蔵庫から出したてを熱湯に入れる。
■ タイマーをかけて時間を正確に計る。
■ 鍋から取り出してそのままおくと火がどんどん入ってしまうので、氷水に取って急冷すること。季節によって、温度調整は必要。30秒ほど夏は短く、冬は長くおくとよい。

火の入れ方次第でソースに。卵とチーズのパスタ

 カルボナーラと違い、卵とチーズだけなので軽い味わいだ。決して難しいレシピではないけれど、具材を合わせるタイミングや火の入れ具合には細心の注意を払ってほしい。今回は、パスタと一緒にじゃがいもと玉ねぎをゆでて、野菜をプラスしている。じゃがいもだけ、玉ねぎだけでもいいし、野菜はなくてもいい。ゆで加減をあまり気にしなくてよいマカロニを使っているので気楽だし、時間を
おいても状態は変わらないので、ゆっくり楽しむお酒のおつまみにもなる。塩はややしっかりめ、がおいしい。余計なものをそぎ落としたこういう料理を覚えておけば、何かあったとしても、きっと大丈夫。過剰なおいしさを求めるのではない、自分のための料理。その料理を家族や友人と分かち合う。それは、日々の暮らしに幸福と安心感をもたらしてくれるはずだ。

卵とチーズのパスタ

材料(1人分)
卵 Lサイズ 2個
パルミジャーノレッジャーノ 約50g
マカロニ 80g
じゃがいも(メークイン)小1個
玉ねぎ 小さめ1/4個
塩・粒黒こしょう 各少々
オリーブ油 大さじ1

画像5: たとえば“卵”をどう食べる?
長尾智子の
これからの生き方を考えるレシピ

<作り方>

1.鍋にたっぷりのお湯を沸かす。じゃがいもは皮をむいて小さめの一口大に、玉ねぎは横半分に切り、繊維に沿って7~8mm幅に切る。お湯が沸いたらマカロニとじゃがいも、玉ねぎを全部入れ、オリーブ油小さじ1/2(分量外)を加えて、マカロニの表示時間どおりにゆでる。

2. ①をゆでている間に、卵をボウルに割り入れ、すりおろしたパルミジャーノ30g、塩、挽いた粒黒こしょう、オリーブ油を加えてよく混ぜ合わせる。フライパンに卵液を入れる。

3. ①がゆで上がったら、軽く水気をきり、②のフライパンに移し、弱火にかける。木ベラで絶えず混ぜながら、ゆっくり火を通す。卵が少しずつ固まってきたら一旦火からはずして混ぜ続け、ゆるければ火に戻す作業を、様子を見ながら繰り返す。全体がなじんで卵液がとろりとしたら火を止める。

画像: ヘラで混ぜたときにフライパンの底がしっかり見えるくらになったら即、火を止める

ヘラで混ぜたときにフライパンの底がしっかり見えるくらになったら即、火を止める

4.器に盛り、残りのパルミジャーノをすりおろし、粒黒こしょうを挽きかける。

<ポイント>
 冷たいままのフライパンに卵液とゆで上がったパスタなどを投入すること。火が入りすぎそうになったら、フライパンを火から一旦はずして混ぜ続ける。ヘラで混ぜたときにフライパンの底がしっかり見えるくらになったら即、火を止める。最初から必ず弱火で。火が強すぎると炒り卵になってしまう。このポイントさえクリアすれば、完璧にとろりとしたソースになるはず。

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