洗練されたガストロノミーがもてはやされる時代に、素っ気なくてつまらないと昔から悪評高かった伝統的な英国料理が今、脚光を浴びている。

PHOTOGRAPH BY TERRY GRAHAM, BY ALICE NEWELL-HANSON, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

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画像: 「ウィリーズ・パイズ」のオックステールと牡蠣のパイ。イタリア産黒キャベツ"カーボロネロ"、マッシュポテト、グレイヴィーソース添え。

「ウィリーズ・パイズ」のオックステールと牡蠣のパイ。イタリア産黒キャベツ"カーボロネロ"、マッシュポテト、グレイヴィーソース添え。

昨年にはイギリス人シェフのファーガス・ヘンダーソンが経営するロンドンの有名レストラン「セント・ジョン」─食材を余すところなく「鼻先からしっぽまで」味わい尽くすというコンセプトで知られる─が30周年を迎えた。ファーガスの妻で同じくシェフのマーゴットも、2004年に「ロシェル・キャンティーン」というレストランをオープンし、人気を誇っている。現在60歳のマーゴットは、自分たちの店が当初は「茶色の料理だらけだとだいぶ批判されました」と語る。「でも私たちは茶色の料理が大好きなんです。ありのままを大事にしています」。そのメニューは、ボイルしたハムにパセリソースを添えた一皿や、じゃが芋や玉ねぎをラム肉と一緒に焼くランカシャー・ホットポットなど、典型的な英国料理を再解釈したものとして有名だ。「英国料理は素朴でシンプルです。シンプルって簡単じゃないんですよ」
 最近では、これらの店で経験を積んだ若いシェフが続々と独立し、英国式郷土料理の提供に挑むようになった。「素材を大切にするんです。そこに意味があります」とシェフ、ウィル・ルイス(32歳)は言う。彼は「セント・ジョン・ブレッド&ワイン」と「ロシェル・キャンティーン」で経験を積んだのち、2020年に「ウィリーズ・パイズ」という店を開いた。何百年も受け継がれてきた定番料理であるにもかかわらず、ここ数十年は人気がなかったミートパイの復権を目指すのだ。「手抜き版が出回って、チープな料理だと思われているんです」。ルイスが提供するミートパイの中身も昔ながらの鶏肉や牛肉だが、グラスフェッドの最高級肉を使う。オックステールと牡蠣など、珍しい素材も用いる。作るのに3日かかるが、かつてロンドンの街角に多数あったパイとマッシュポテトの店で定番だったメニューだ。こうしたノスタルジアと新しい野心の組み合わせは、ほかでも見られる。たとえばロンドンのフィンズバリー・パークで英国式イベリア料理を供する「トーリントンズ・フィッシュバー」では、1980年代のフィッシュ&チップスの店で使われていたヴィンテージもののフライヤーで魚を揚げる。エド・マキロイ(33歳)が共オーナー兼シェフとして昨年からこの店を回している。揚げた魚にカレーソースを添えるのは英国式だが、ソースに用いるのは日本製の超高級カレー粉だ。チップスは昔懐かしい厚みのあるタイプながら、牛脂で揚げて、たっぷりのパプリカを使ったブラバソースやアイオリソースを添える。「僕がイギリス人でポテトが大好きだからですかね」とマキロイは言う。「でも、この料理はまったく違うものに昇華させられるっていう思いもあったんです」
 じゃが芋は、19世紀には「貧窮の根菜」というあだ名もあった。パンを入手できない労働者階級の主たる栄養源だったからだ。このじゃが芋をイギリスと同じく定番として使うのが、唯一イギリスよりも彩りに欠ける食事で有名な国、アイルランドの料理だ。こちらもロンドンで新たな命を与えられている。ハックニー地区のレストラン「カフェ・セシリア」では、シェフのマックス・ロッチャが、マッシュポテトにキャベツを加えてクリーミーに仕立てた「コルカノン」など、アイルランドの家庭料理をオマージュしたメニューを提供する。ギネスビールは昨年、イギリスで大流行し、あちこちのパブで品切れになった。

さらにキングスクロス近辺でシェフのヒュー・コーコラン(35歳)が最近開いたレストラン「イエロー・ビターン」では、アイルランド料理も英国料理もフレンチも楽しむことができる。批評家のジェイ・レイナーは同店の地味な家庭料理─たとえばダブリンの郷土料理「コドル」は、玉ねぎ、にんじん、燻製ベーコン、ソーセージ、じゃが芋のポトフだ─を「学校給食」と書いたが、バター色に塗られた小さな店内はいつも満席で盛況だ。コーコランにとって、この店は、「食事とは楽しいもの」だということを思い出させる役割も担うものだ。イギリス人は一般的に「昼食をのんびり食べるのは贅沢。車内で、または歩きながら、サンドイッチですませるべきと考えている」とコーコランは言う。だが彼は、ちょっとした喜びや惜しみないサービスがあれば、単調な食べ物も味わい深い食事に変わると信じているのだ。その精神に従って、先日のランチタイムにはみずから店内でアコーディオンの演奏まで披露したという。

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