豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで…その場所を訪れなければ出逢えない日本各地の「トレジャー」を探す旅に出かけたい。案内人は、手しごと発掘に情熱を注ぐクリエイティブディレクター樺澤貴子。幕開けは大分県から。幕末まで小藩分立制度により8藩7領に分かれていた大分には、エリアごとに異なる郷土の魅力が溢れていた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

鶴見岳を背に別府湾へと広がる扇状地に、湯宿がひしめく「別府」。明治期より湯治場として発展し、大正から昭和初期にかけては多くの文化人によって別荘文化が築かれた。そんな古き良き別府の風情を礎に、現代のスタイルに彩られたスポットを訪れたい。

《STAY》「サリーガーデンの宿 湯治柳屋」
伝統の佇まいにアートが薫る、暮らすように過ごす宿

画像: 暖簾は造形作家・望月通陽氏によるデザイン。野趣溢れるおおらかな書体が風格を添えて

暖簾は造形作家・望月通陽氏によるデザイン。野趣溢れるおおらかな書体が風格を添えて

 明治期から続いた湯治宿は、2014年に「サリーガーデンの宿 湯治柳屋」として生まれ変わった。歴史ある宿の趣はそのままに、上げ膳据え膳の温泉旅館とは一線を画す宿を営むのは、大分市で人気の高いシフォンケーキ専門店「サリーガーデン」のオーナー・橋本栄子さんだ。前身は高校の音楽教師だったという異色の経歴を持つ、温泉業とは無縁だった女性がプロデュースしたからこそ、型にはまらない自由度の高い「新しいおもてなしの形」が息づく。

画像: 湯治宿のプロデュースを手がけた橋本栄子さん。その土地で輝きを放つ、様々な人生模様を聞けることも旅の醍醐味

湯治宿のプロデュースを手がけた橋本栄子さん。その土地で輝きを放つ、様々な人生模様を聞けることも旅の醍醐味

 一風変わった「柳屋」スタイルの一例が、昔ながらの湯治文化を背景に、自分のペースで暮らすように食事を自炊できる素泊まりプランにある。鉄輪地区の泉質は別府の中でもミネラル濃度が高いため、昆布出汁のような風味が特徴。中庭に設えられた地獄釜で、笊に食材を並べて天然のスチームで蒸すだけで、野菜はもちろん肉や魚まで素材の旨味が驚くほど増す。自炊ではなく、地元の幸をプロの腕に委ねて味わいたいという方には、敷地内に併設されたイタリアンレストラン「オット・エ・セッテ オオイタ」で地獄蒸しフルコースを堪能する食事付きの宿泊プランも組み立てられる。

画像: 中庭に設えた石造りの地獄釜は、バルブを開くだけで約100℃の高温スチームが噴き出す。地元の食材店で買ったものを持ち込むこともできるが、「蒸しものセット」(¥1,980〜)も予約可能

中庭に設えた石造りの地獄釜は、バルブを開くだけで約100℃の高温スチームが噴き出す。地元の食材店で買ったものを持ち込むこともできるが、「蒸しものセット」(¥1,980〜)も予約可能

画像: 談話室の窓辺には、視線を遮る空間も。読書に耽ったり、大切な人に旅の便りを認めたり。お気に入りの居場所を見つけて過ごしたい

談話室の窓辺には、視線を遮る空間も。読書に耽ったり、大切な人に旅の便りを認めたり。お気に入りの居場所を見つけて過ごしたい

 また、滞在の日数や目的に合わせて客室を選べることも、増設とリノベーションを重ねてきた柳屋の特筆すべき魅力。明治期の木造建築の面影が宿る本館、民芸の味わいがモダンに昇華された新館、家族と訪れたい別荘のような離れから、書斎やミニキッチン、ワーケーション用のスペースを備えた別棟まで。その多彩な表情と居心地を求めて、リピーターが絶えない。さらに、館内を巡ると数々のアートに出会えることも、この宿の眼福の一つだ。玄関の暖簾も手がけた望月通陽氏の型染めやタイル絵を主役に、さりげない生け込みの花器やアンティークの調度品まで。橋本さんが丁寧に選び抜いた造形美と用の美が穏やかに溶け合う空間は、日常を離れた旅時間を清々しいほど心地良く満たす。

画像: 新館2階の「あさがお」(1室¥15,400、入湯税¥250)。窓辺に敷いたギャベも空間に合わせてコーディネート

新館2階の「あさがお」(1室¥15,400、入湯税¥250)。窓辺に敷いたギャベも空間に合わせてコーディネート

画像: 1階の朝食スペースには切り花と一輪挿しが置かれ、自分の好みで部屋に飾ることができる

1階の朝食スペースには切り花と一輪挿しが置かれ、自分の好みで部屋に飾ることができる

画像: 敷地内のシンボルツリーでもある柳をさりげなく活けて

敷地内のシンボルツリーでもある柳をさりげなく活けて

画像: 高台にある「みはらし坂」から、幻想的なグラデーションに染まる夜明けの眺望

高台にある「みはらし坂」から、幻想的なグラデーションに染まる夜明けの眺望

住所:大分県別府市鉄輪井田2組
電話: 0977-66-4414
公式サイトはこちら

《SEE & EAT》「冨士屋 一也百 Hall & Gallery」
スローな時間に心を解き放つ館で、暮らしの美に出合う

画像: 1階はアンティークの家具を設えたカフェスペース。建物を支える通し柱や梁は100年を超える創業当時のまま

1階はアンティークの家具を設えたカフェスペース。建物を支える通し柱や梁は100年を超える創業当時のまま

 鶴見岳の火砕岩を切り出した別府石が深い艶めきを放つ石畳に添って、ひときわの風趣漂うギャラリーがある。日常と時空を隔てるような数奇屋門を潜ると、ゆったりとした切妻造りの玄関に迎えられる。ここは明治32年の創業から平成8年まで、湯治に訪れる人々をもてなしていた「冨士屋旅館」を前身とする。4代目を受け継ぐ安波治子さんが100年先まで残したいという思いを「一也百(はなやもも)」という言葉に込め、現在は音楽ホールを備えたギャラリーとして旅人を迎えている。

画像: 土の上に瓦を葺き漆喰でとめた、明治期からの瓦屋根がおおらかな甍の波を描く

土の上に瓦を葺き漆喰でとめた、明治期からの瓦屋根がおおらかな甍の波を描く

 本館の広々とした玄関を上がると1階は穏やかな時間が流れるカフェスペースに。2階は旅館造りの面影を宿す縁側を設えたかつての客室や音楽堂が見学できる。欄間の透し彫りから、書院棚や襖の引き手に施された細工や屋久杉の天井まで、暮らしの中で培われた美を随所に感じる。けして贅を凝らしているわけではないが、腕を競い合った大工の気概に触れるだけで、豊かな気持ちが満ちてゆく。さらに、離れではオーナーの安波さんがセレクトした九州の陶芸家の器をはじめ、手仕事の工芸作品の数々を求めることができる。気取りのない「用の美」は、旅から戻り日常に優しく溶け込みながらも、ふとした瞬間に別府で過ごした心静かなひと時に引き戻してくれるはずだ。

画像: 素朴な型絵のような縁側の細工。音楽ホールの引き戸は大正モダンをイメージしてデザイン

素朴な型絵のような縁側の細工。音楽ホールの引き戸は大正モダンをイメージしてデザイン

画像: 梅の郷として知られる日田市大野町の木成りの完熟梅を、温泉の天然蒸気で低温スチームし、実を丸ごと裏漉しにした自家製の「完熟梅シロップ」¥1,620

梅の郷として知られる日田市大野町の木成りの完熟梅を、温泉の天然蒸気で低温スチームし、実を丸ごと裏漉しにした自家製の「完熟梅シロップ」¥1,620 

画像: 土の温もりと幾何学的な意匠が調和した唐津焼の作家・中里太亀さんの「蕎麦猪口」各¥3,850

土の温もりと幾何学的な意匠が調和した唐津焼の作家・中里太亀さんの「蕎麦猪口」各¥3,850

画像: ミネラルをたっぷり含んだ鉄輪の蒸気で、6時間かけて蒸した大豆で仕込んだ味噌。出汁いらずの旨味を約束する。「地獄蒸し大豆みそ」(1kg)¥1,188

ミネラルをたっぷり含んだ鉄輪の蒸気で、6時間かけて蒸した大豆で仕込んだ味噌。出汁いらずの旨味を約束する。「地獄蒸し大豆みそ」(1kg)¥1,188

住所:大分県別府市鉄輪上1組
電話:0977-66-3251
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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