豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで……その場所を訪れなければ出逢えないニッポンの「ローカルトレジャー」を探す旅へ出かけたい。暦の上で秋を迎えた頃に向かったのは、滋賀県。琵琶湖の恵みを礎とした豊かな風土で出合ったのは、肩肘張らないセンスの良さ。静かに受け継がれてきた伝統の技やアートの素養、滋味溢れる食文化から居心地のよいカフェまで。“急がない生き方”が成せる洗練を感じてほしい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA

 国内最大の湖、琵琶湖を有する滋賀県。湖で育まれたご当地フードをはじめ、八幡堀に面した水辺の風情を愉しむ宿まで、水の恵みがもたらすローカルトレジャーを届けたい。

《BUY》「あゆの店きむら 八幡堀店」
琵琶湖の滋味を旅の土産に

画像: 鮎の稚魚を捕漁する沖島周辺から、荘厳な比良山地を望んで

鮎の稚魚を捕漁する沖島周辺から、荘厳な比良山地を望んで

 以前、滋賀在住の友人から届いた「干しあゆ」の味わい深さが忘れられず、美味しいものを知り尽くした大人への手土産はコレと決めていた。その生産者は戦前から琵琶湖で鮎の養殖を手がけている木村水産である。12月に鮎の稚魚を捕漁し、ミネラル分の高い鈴鹿山系の伏流水を地下300mから引き上げ、低水温で5〜6ヶ月かけてじっくりと育成する。そうすることで身の締まった鮎が育つとか。別名「香魚」とも呼ばれる鮎は芳醇な風味が魅力だが、干すことで一層香ばしさが増す。上品でまろやかなコクを堪能できる食べ方は、炊き込みご飯。生姜や細かく刻んだ油揚げとともに炊き込むだけで、食卓が“料亭風”に。冬を迎えると、地元では贅沢にも鍋料理の出汁として楽しむという。

画像: 手前から時計回りに「干しあゆ」¥1,080、「小あゆオイル漬け」¥1,080、「あゆの塩焼き あらほぐし」¥972

手前から時計回りに「干しあゆ」¥1,080、「小あゆオイル漬け」¥1,080、「あゆの塩焼き あらほぐし」¥972

 独特の食文化が育まれてきた琵琶湖だが、なかでも世界で唯一琵琶湖でしか捕れない湖魚が「小鮎」である。その名の通り成魚でも10㎝ほどという小ぶりの鮎である。木村水産では、小あゆ煮とオイル漬けだけは天然の小鮎を用いているそうだ。佃煮は大量生産せずに、小さな釜でひとつひとつ直火で炊き上げる。ふっくらと柔らかく、まろやかな味わいはご飯の友に好適だ。オイル漬けはワタのほろ苦さもくせになり、アンチョビの代わりとしてパスタで食しても美味。最初の一口は、目を閉じて琵琶湖の静かな凪を思い浮かべながら……その恵みを、舌と心で味わいたい。

画像: 店の裏手には八幡堀が巡り、歴史的景観の散策も楽しめる

店の裏手には八幡堀が巡り、歴史的景観の散策も楽しめる

住所:滋賀県近江八幡市大杉町12
電話:0748-32-1775
公式サイトはこちら

《STAY》「旅籠 八(わかつ)」
“豊かさ”の源流を体感する料理宿

画像: 西陽に煌めく八幡堀を巡り、今宵の宿へと向かいたい

西陽に煌めく八幡堀を巡り、今宵の宿へと向かいたい

 豊臣秀次が築城した八幡山城。その周囲に巡らせたお堀と琵琶湖を繋ぐことで多彩な“物と人と文化”をのせた舟が行き交い、城下町として繁栄を極めた近江八幡。近江商人発祥の地としても、歴史の賑わいを見つめてきた。1829年に畳屋として財をなした旧喜多邸も、この地の栄華を語る建物のひとつ。そんな古き良き佇まいを随所に残しながら、今様の美意識を注ぎ込み“本物の自然”と繋がる2室限りの宿「旅籠 八(わかつ)」が2020年に誕生した。街道沿いにもかつての玄関が設えられてはいるが、「宿泊客があたかも舟で訪れたかのように」という心にくい演出から、八幡堀の小径に沿った入り口を正面玄関としている。お堀端から眺めると木造二階建ての建物が荘厳に感じられ、心地よい緊張感を感じながら石段をのぼると、仄暗い潜戸で狛犬に迎えられ、異次元を訪れる感覚に包まれる。

画像: 石組みからも風格が漂う八幡堀に面した玄関

石組みからも風格が漂う八幡堀に面した玄関

画像: 時代さえもタイムスリップしたかのよう

時代さえもタイムスリップしたかのよう

画像: 八幡堀に面し近江の四季を感じる「木の間」

八幡堀に面し近江の四季を感じる「木の間」

 宿の部屋は「木」と「石」というテーマを冠し、2室が完全に独立した建物に位置する。2階家の離れ「木の間」は、京都の数寄屋大工の手で改修。階段下のガラス張りのショーケースには、この建物が畳屋だった歴史を物語る井草と日本人の食の源流である米が据えられ、心に優しい光が灯る。入り口から続きの間となる部屋は、あえて床を掘り下げて八幡堀の水音を間近に感じられる設計に。部屋名を象徴する木の風呂は、醤油樽を手がける職人による別注。清雅な高野槙の香りに包まれる桶風呂に身を沈めると、穏やかな安らぎに満たされる。「木の間」の興味深いところは、朝食の間となる2階へ続く階段に鍵がかけられ、翌朝まで上がることができないことだ。自由を奪われると余計に気になってしまうカリギュラ効果のせいか、朝食を迎える喜びはひとしおだ。

画像: 朝になると鍵をかけてられていた硝子戸が開けられ、高揚感に包まれながら階段を上る

朝になると鍵をかけてられていた硝子戸が開けられ、高揚感に包まれながら階段を上る

画像: 遠くに八幡山を望む朝食の間

遠くに八幡山を望む朝食の間

画像: 滋賀県の長浜市で「丸子米」を育てることにも取り組んでいる。旅立ちの朝、信楽焼の土鍋で炊かれた白米が心まで満たす

滋賀県の長浜市で「丸子米」を育てることにも取り組んでいる。旅立ちの朝、信楽焼の土鍋で炊かれた白米が心まで満たす

 一方、特別室「石の間」は、建物が生まれた江戸期の梁や瓦がアクセントとなり、モダンな気配を放つ空間へと昇華されている。この部屋の魅力は、なんと言っても鞍馬石の岩風呂だ。希少な鞍馬石の巨石を京都から運び、石そのものを彫り込んだ比類なき湯船を土間に据えた。地球の鼓動を感じながら湯に浸かると、人と自然とが共生していた太古の豊かさへと意識が向かうようだ。翌朝はあえて窓のない隠れ茶室「紙の間」で朝食をいただく。感性がクリアに研ぎ澄まされたことで、外の世界と遮断された茶室の空間で一煎のお茶と梅干しから始まる朝食を味わうと、飾り気のない自分の原点と向き合うような感覚に包まれる。

画像: 鞍馬石を切り出した唯一無二の石風呂

鞍馬石を切り出した唯一無二の石風呂

画像: 蔵として使われていた趣と、端正なカウンターのコントラストがモダンな食空間

蔵として使われていた趣と、端正なカウンターのコントラストがモダンな食空間

 夕食は、敷地内の蔵を改修した日本料理「溜ル」へ。席に座ると、まず伊吹山を源とするミネラル質の高い水が振る舞われる。湯上がりの喉の渇きを潤すというだけなく、心にまで浸み入るよう。「日頃、私たち人間は感覚の8割を目からの情報に頼って生きていると言われています。ここでは、まず本当に美味しい水と米を、体が迎え入れる感覚を体験していただきたい」とオーナーの吉田尚之さんは語る。素材の吟味を重ね旬を重んじた懐石仕立てのコースは、箸が進むにつれて “ただ美味しい”という体感に、心も頭もからっぽになる瞬間が訪れる。至福の夕餉の翌朝は、前述した朝食で感動体験のピークを迎える。美食の宿を後にしながら、本当の幸せを問いかけられているように感じた。

画像: 大津の中川木工芸でオーダーしたオリジナルの片口とタンブラーで、清らかな水を味わう

大津の中川木工芸でオーダーしたオリジナルの片口とタンブラーで、清らかな水を味わう

画像: 細部に至る素材へのこだわりは、盛り付けの美意識にも注がれている

細部に至る素材へのこだわりは、盛り付けの美意識にも注がれている

住所:滋賀県近江八幡市玉屋町6
電話:0748-36-2745
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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