BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA
滋賀には、独自の視点で作品を見極め、美意識を携えたギャラリーが点在する。暮らしと共に歩む、心地よい表現空間を案内したい
《SEE&BUY》「NOTA_SHOP (ノタ_ショップ)」
モードな感性を軽やかに紡ぐ
焼き物の産地で知られる信楽に、世界と繋がりモノづくりを手掛けるプロダクト・スタジオ兼ギャラリーがあると聞き、山間の道を向かう。道すがら大小の“信楽たぬき”の置物と目があいながら、町はずれの小径の奥を進むと、木造平屋の古い建物が姿を見せる。かつて親戚が営んでいたという製陶所を、3年という年月を費やしクリエイティブな空間へと蘇らせた。150坪という広大なスペースは、セレクトされた工芸品やアートを扱うギャラリーショップに、オリジナルの作品を手がけるスタジオ「NOTA & design」も併設されている。「NOTA」という名称は、陶器をつくる際に粘土同士を繋ぐ糊状の接着剤のこと。焼き物というジャンルにとらわれず、さまざまな人や物、情報を繋ぐ“ハイブリッドな存在”でありたいという願いが込められている。
飾り気のない引き戸を開けると、天井の荒々しいトラス構造の迫力に圧倒される。そうかと思えば、床は左官の研ぎ出しによる仕上げが見事な繊細さを醸している。中央にはホワイトキューブを据え、企画展やインスタレーションを展開。室内を隔てるギャラリースペースは、午前と午後とで光の入り方が異なる建物の特徴を際立たせる効果も生むという。そんなクリエイティブな空間を営むのは加藤駿介さんと佳世子さん、2人のデザイナーだ。「焼き物というジャンルで、機能や価格だけではないエモーショナルバリューを伝えたい」という思いを携え、オリジナル作品はあえて器以外のものも多く作っている。フラワーベースからプランター、スツールをはじめ、自転車スタンドといった暮らしのツールを手がける。さらに、コペンハーゲンにて「NOTA_SHOP」のポップアップイベントを主催するなど、信楽を拠点に世界と直接にコネクトする活躍ぶり。
ショップで扱う商品は、前述のオリジナルの作品から地元の作家の器、ヴィンテージの洋服やガラスのオブジェまで……様々なマテリアルとジャンルがほどよい距離を保ちながら混在。店内を巡ると、加藤さんのセンスの物差しに叶う多彩な価値基準のなかを探検しているような気分になる。初めて訪れる人にとっては高揚感を誘う非日常の空間であり、地元の人にとっては暮らしの美意識を高めるスポットとして何度でも足を運びたくなる場所なのだろう。また、ギャラリーで扱うアートに関しても独特の基準がある。「既に売れている方の作品は敢えて選びません。企画展で扱うものは、まだ注目されていないけれど、自分の表現と闘いながら、道を切り拓きながら歩んでいる気概のあるアーティストの作品です。モノづくりに対する内包したエネルギーにシンパシーを感じます」と加藤さんは語る。今後の夢は、陶芸に親しみながら宿泊できる場を手がけること。建築から家具や小物に至るまで、心地よい刺激に満ちた旅時間を過ごせる日も、そう遠くはないだろう。
住所:滋賀県甲賀市信楽町勅旨2317
電話:0748-60-4714
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《SEE&BUY》「galleryサラ」
自然と共生する異空間と戯れる
琵琶湖の西岸、湖を望む高台に瀟洒な邸宅が林立する北比良エリア。もとは別荘地だったことから今なお豊かな自然に囲まれ、「galleryサラ」はまるで森に抱かれるかのように佇む。約30年前に大津で誕生した「更」は、2010年に北比良へ移転し「galleryサラ」として新たな幕を開けた。リスタートに際してこだわったのが住居とギャラリーを兼ねた空間設計だ。インスピレーションソースは、三国志に登場する諸葛孔明の末裔が暮らす浙江省八卦村の白壁住宅。まずは建築家を伴って現地を徹底的にリサーチした。その村は元の時代から建設が始められ、今なお明朝や清朝の古い建物が数多く残されている。建造物は「徽式」というスタイルで「白い壁」と「灰色の瓦」、「小さな窓」が特徴。こうしたエスプリを注ぎ込み、シノワズリ様式のモダン建築を完成させた。ギャラリー空間の最大の魅力は、中庭に苔山を据えた回廊式にある。四季の移ろいが展示する作品のイメージを干渉しないように敢えて樹木を植えず、その一方で無機質な印象を避けるために自然の姿を抽象的に投影した苔山を生命あるオブジェとして演出。四方のどこからも眺められる、その堂々たる美しさはギャラリーのシンボリックな存在である。
「galleryサラ」は、空間美はもとより扱う作品にも厚みがある。陶器をはじめ、漆やガラスといった工芸作品、写真や版画、日本画からコンテンポラリーアートなど。オーナーの塚原令子さんが30年というキャリアの中で信頼関係を培った、引く手数多の若手作家や大御所のアーティストの作品を月に一度の企画展で披露。塚原さんの審美眼を頼りに、関西一円から感度の高い大人が訪れると聞く。2023年9月30日〜10月15日までは、北海道在住のガラス作家・西山 雪さんの個展「園-その-」を開催。宙吹きからカット、絵付けまで全てを手掛ける事で唯一無二の世界観を確立した西山さん。草花や昆虫、光の煌めき、冬景色を描いたリリカルなガラス器が室内を埋め尽くし、中庭の苔山と交差する神秘的な光景が広がることだろう。作品の世界に陶酔しながら、併設された「カナリア茶家」でいただく中国茶も一興である。
住所:滋賀県大津市北比良1043-40
電話:077-532-9020
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《SEE&BUY》「genzai(ゲンザイ)」
手仕事の“今”と和やかに過ごす
近江商人ゆかりの地として知られ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五個荘金堂地区。その風情ある街並みの一角を担う築200年の日本家屋を受け継ぎ、ギャラリー「genzai」を営むのは中山通正さんと浩美さん夫妻。彦根市で8年続いた暮らしの道具を扱う「THE GOODLUCK STORE」をいったん閉じ、2022年の春に五個荘へ移転。これまでは“プロダクト”の面白さを切り口としていたが、ここでは独自の作風を貫く“作家”にフィーチャーし、日本の美意識の宿る“現在”の工芸品を紹介。商家の建物が放つ凛とした品格と、人の手で紡ぎ出される温もりのある作品が不思議と調和し、居心地のよい空気を紡いでいる。
「工芸を扱うギャラリーだからといって、敷居を高くせず“開かれた”場所でありたい。この建物は空間そのものも芸術のようなもの。ゆったりと過ごしていただくだけで、何かを感じてもらえると思います」と語るのはオーナーの中山さん。妻の浩美さんが作る、もっちりとした無農薬バナナのケーキを食べながら、室内に目を向けると、先ほどの言葉がしっくりと腑に落ちる。長押から繊細な窓の桟、磨かき抜かれた柱まで……目に映るディテールの全てが奇を衒うことなく、奥床しくも美しい姿を留めている。感慨に耽りながらサイフォンで淹れたての珈琲をいただくと、清らかな風味に感じられる。聞けば名水として名高い東近江の御澤神社まで、水を汲みに行っているという。境内の池の地下から引いている神鏡水は、口当たりの柔らかな格別な軟水だとか。アート三昧の旅の1日を終えると、長い映画を観終わって映画館から出てきた時のような充実感に包まれていた。
住所:滋賀県東近江市五個荘並町732-1
電話:0748-26-5110
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