豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで……その場所を訪れなければ出逢えないニッポンの「ローカルトレジャー」を探す旅へ出かけたい。季節の彩りを求めて日本海を渡り辿り着いた先は、新潟県の佐渡島。世界農業遺産にも認定され、海の幸、大地の稔、森の恵みに満ちたこの島では、移住者が紡ぐカルチャーと地場の文化が、互いの個性をリスペクトしながら隣り合っていた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

 旅先では普段とは異なる、内なる扉が開くのだろうか。ギャラリーでいつもと趣向の異なる器に心が動いたり、ふと立ち寄ったブックストアで思いがけない名著を発見したり……。今回は、旅から戻った日常に、優しい刺激をもたらす自分への贈り物を探しに出かけた。

《BUY》「Galerie空水(くうすい)」
氷菓子のような詩情に満ちたガラス器

画像: ニュアンスカラーの作品が、窓辺の光をうけてひっそりと艶めくよう

ニュアンスカラーの作品が、窓辺の光をうけてひっそりと艶めくよう

 旅の余韻を日々の暮らしで感じられる工芸品に出合いたい。そんな話をVol.3にてご紹介した「MANOCAMINO(マノカミーノ)」での取材中にささやいたら、近所に素敵なギャラリーがあると教えてくれた。まずは外から覗いてみようと出向くと、日本家屋をリノベーションしたシャビーシックな空間に静謐な佇まいのガラス器が端正に並んでいた。手描きの看板にも、店主のセンスが感じられる。俄然、個人的な買い物モードにスイッチが入り、足を踏み入れると奥からギャラリーを手がけるガラス作家の戸田かおりさんが現れる。普段は制作に集中するため店の奥の工房で仕事をしているが、訪ねた日は土曜日ということもあり、偶然ギャラリーがオープンしていた。突然の撮影依頼を詫びながらも、幸運にも取材を引き受けていただき、その美しい作品が生まれる物語を伺うことができた。

画像: 東京ガラス工芸研究所で技術指導をしていた経験を持つ戸田さん

東京ガラス工芸研究所で技術指導をしていた経験を持つ戸田さん

画像: たおやかな柳がシンボルの日本家屋は、もとは戸田さんの実家。ギャラリーは土曜・日曜のみオープン

たおやかな柳がシンボルの日本家屋は、もとは戸田さんの実家。ギャラリーは土曜・日曜のみオープン

 独特のニュアンスカラーを纏った半透明のガラス器は、パート・ド・ヴェールという技法が用いられている。ガラスの粉を鋳型に詰めて、型のまま窯の中で熔かす鋳造成形だ。細かく粉砕したガラスに色ガラスの粉を混ぜて生地をつくるため、豊富な色彩や美しいグラデーションが特徴。さらに、焼成中にできる空気の泡を調整することでガラスの透明度を変容させることができ、パート・ド・ヴェールならではの柔らかな光が生まれるという。

画像: 半透明のペールカラーが、ロマンティックな砂糖菓子を思わせる

半透明のペールカラーが、ロマンティックな砂糖菓子を思わせる

 技術的な話を伺い、再び作品を眺めると、スモーキーな半透明のガラスに日本海に囲まれた佐渡島特有の雰囲気が感じられた。それを戸田さんは、「外側から水底を覗き込んだような色彩美」と表現する。パート・ド・ヴェールというと、ランプシェードやフラワーベースなど、装飾性の高いアイテムが多いが、「身近に感じられる素材の一つとして、日常使いのガラス器を紹介していきたい」と、創作の根底にある想いを語ってくれた。ヴェールに包まれたような浮遊感のある作品の数々は、佐渡で目にした花や空といった自然を映したようでもあり、見る者の記憶に眠っていた深層心理と重なるよう。すりガラス越しにこの世界を眺めたら、悲しみも憂いも柔らかな光に包まれるのではないだろうか、そうして人生を歩んでいくことで、穏やかな岸辺に辿り着くのではないだろうか。そんな事を考えながら、自分への贈り物として求めたガラスのオブジェを、日々眺めている。

画像: 購入した小さなオブジェ。ニュアンスのあるブルーは、深い趣きを湛えた佐渡の海のよう。さりげない金彩が海を照らす太陽のようにも感じられて PHOTO BY TAKAKO KABASAWA

購入した小さなオブジェ。ニュアンスのあるブルーは、深い趣きを湛えた佐渡の海のよう。さりげない金彩が海を照らす太陽のようにも感じられて

PHOTO BY TAKAKO KABASAWA

画像: ご自身でデザインした展示台など、インテリアにも美意識が息づく

ご自身でデザインした展示台など、インテリアにも美意識が息づく

住所:新潟県佐渡市真野新町425
公式サイトはこちら

《BUY》「nicala(ニカラ)」
秘密基地のようなブックストア

画像: 佐渡を思い起こす一冊を伺うと、山尾三省の名著『火を焚きなさい』(野草社)をすすめてくれた

佐渡を思い起こす一冊を伺うと、山尾三省の名著『火を焚きなさい』(野草社)をすすめてくれた

 地方は“インディーズ”が面白い――ローカルトレジャーを探す旅に出て喜びを感じる瞬間は、地元の人が密かに楽しんでいるスポットを探し当てた時にある。観光客に基準を置くのではなく、あくまでも土地に根ざした営みを続けている店には、その場所にしかない “何か”と出合える。「まさに、ピッタリの書店がある」と聞きつけて訪れたのは、マッチ箱のような可愛らしいブックストア「nicala(ニカラ)」だ。ジョージアの画家、ニコ・ピロスマニの愛称を冠した店名からして、かなりニッチな発見が期待される。

画像: ガソリンスタンドで農機具の燃料を保管する倉庫だったという、コンクリートの小さな建物

ガソリンスタンドで農機具の燃料を保管する倉庫だったという、コンクリートの小さな建物

画像: 店内には、厳選された書籍やアート作品が並ぶ。営業日は不定休のため、インスタグラムで確認を

店内には、厳選された書籍やアート作品が並ぶ。営業日は不定休のため、インスタグラムで確認を

「旅先で訪れる本屋は、その土地の文化や関心を教えてくれるもの。佐渡の人たちが、どんな本に興味を抱いてくれるか手探りではじめました」と語るのは、愛媛県出身の米山幸乃さん。「サウダージ・ブックス」が小豆島で出版事業を行っていた頃に、店長を務めた経験を持つ。パートナーとの交際を機に佐渡に移住、近くに友人もなく孤独な時間を過ごした。そんな時に、心の支えとなったのが本の存在だったという。知り合いがいなかったことを逆手にとり、“誰かのため”ではなく、「自分たちが本当に欲しい本を揃えた」そうだ。そんな視点で選ばれた本は、一般書店では扱いが少ない詩集や写真集をはじめ、今では佐渡の自然や食文化への造詣を深める一冊まで、店主の個性と趣向に彩られている。ジャンルや作家別にレイアウトされた書棚は、好みの一冊が見つかると、数珠繋ぎに棚を制覇したくなるほど。心を注ぎセレクトされた本の数々が次々とスポットライトを浴びるように感じられた。

画像: この場所で無理なく、ほどよく地元の時間に溶け込んでいる米山幸乃さん

この場所で無理なく、ほどよく地元の時間に溶け込んでいる米山幸乃さん

画像: ドーナツ店を営む、夫の米山耕さん

ドーナツ店を営む、夫の米山耕さん

 あちこち目移りしながら4冊の本を選び抜いてレジに向かうと、幸乃さんがもう一人のブックキュレーターの存在を明かしてくれた。それが夫の耕(たがやす)さんである。二人の出会いはローカル芸術祭の作品制作の場。幸乃さんは瀬戸内国際芸術祭、耕さんは新潟の大地の芸術祭、それぞれの運営ボランティアをしていた二人だけに好奇心の及ぶ領域は実に広く、しかも深い。書店から目と鼻の先の蕎麦屋の軒先で、耕さんが「おいしいドーナツ タガヤス堂」を営んでいるというので、購入した本を抱えながらドーナツと珈琲を求めた。日陰に置かれていた小さなベンチを陽だまりへと少しずらし、きび和糖をまぶしたドーナツを頬張りながら高原英理著『日々のきのこ』(河出書房新社)を味わう。ふと顔を上げると、近所のお婆さんが犬と猫を同時に散歩させていた。後ろ姿を見つめながら、この光景はきっと一生忘れられないだろうと思えた。

画像: 小麦粉は香川、砂糖は鹿児島のきび砂糖、油は福岡の無添加なたね油など、原料を吟味。もっちりしたソフトな食感がたまらない

小麦粉は香川、砂糖は鹿児島のきび砂糖、油は福岡の無添加なたね油など、原料を吟味。もっちりしたソフトな食感がたまらない

画像: 野良猫かと思いきや、実は飼い猫が一緒に散歩しているという。「猫はグー、チョキ、パーの3匹がいて、この子はパーだと思いますよ」と耕さんが教えてくれた PHOTO BY TAKAKO KABASAWA

野良猫かと思いきや、実は飼い猫が一緒に散歩しているという。「猫はグー、チョキ、パーの3匹がいて、この子はパーだと思いますよ」と耕さんが教えてくれた

PHOTO BY TAKAKO KABASAWA

住所:新潟県佐渡市羽茂大崎1507-1
公式インスタグラムはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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