映画『君の名前で僕を呼んで』のロケ地となったのは、監督のルカ・グァダニーノが運命的に出会った17世紀の建物。片田舎に佇むその古き建物は、いかにして命を吹き込まれたのか

BY HILARY MOSS, PHOTOGRAPHS BY GIULIO GHIRARDI, TRANSLATED BY AKANE MOCHIZUKI(RENDEZVOUS)

 今からおよそ3、4年前、映画監督のルカ・グァダニーノは、自分が住んでいるイタリアの小さな街クレーマの付近で、さらに人里離れた土地を探していた。彼はその決断について「田舎の紳士にでもなろうかとたくらんでいた」と表現する。このイタリア人監督のこうした夢見がちな語り口は、彼の監督作『ミラノ、愛に生きる』や『胸騒ぎのシチリア』と並んでおなじみのものだ。

 17世紀にロンバルディア州に建てられ、荒れ果てた様子の別荘「ヴィラ・アルベルゴーニ」をグァダニーノが訪れたのは、知人の紹介によってだった。「ここを見た瞬間、“美しい”と思ったけれど、それだけではなく少し寂しさも感じた」。しばしのあいだ、彼はその土地を購入することを検討していた。だがしばらくして、グァダニーノは『君の名前で僕を呼んで』の脚本に出会った。アメリカ人の作家、アンドレ・アシマンが2007年に発表した小説をもとにした作品で、物語の舞台は地中海沿いのリグーリア州だったが、脚本を読んだグァダニーノは、ヴィラ・アルベルゴーニのことを思い出していた。そして彼は、ヴィラのオーナーの許諾を得て、映画をここで撮影することに決めた。

「まずはじめに、私はこの別荘に命を吹き込み、愛着を感じられる場所にしなければならなかった。その上で、この映画の舞台となっている1983年当時の雰囲気をだし、また、登場人物たちの心理を表現するために必要なあらゆるものを用意しなければならなかった」とグァダニーノ。それらの難題をクリアするため彼が頼りにしたのは、友人のインテリア・デザイナー、ヴィオランテ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネだった。グァダニーノは彼女を「すばらしくエレガントで豊かな知性をもつ女性」だと評する。

「私は映画のセット装飾を手がけたことはなかったの」とヴィスコンティ・ディ・モドローネはそのときのことを振り返る。「あのヴィラは敷地が広大であるうえに、ほとんど物が置かれていない状態だった。だから、たいへんな撮影になることは予想できたわ」。彼女は、わずか1ヶ月ちょっとのあいだにアンティークショップを巡って家具や絵画を買い集め、自分の父親の家からも、安価だが見栄えの良い装飾品を選び出した。そうして最終的にはパールマン一家のために、ドラマの舞台となる特別な家を作り上げた。

 以下は、グァダニーノ監督とセット装飾を手掛けたヴィスコンティ・ディ・モドローネが、生まれ変わった別荘ヴィラ・アルベルゴーニとその敷地について『T magazine』に語ってくれたものである。

画像1: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

リビングルーム

 グァダニーノは、この別荘を「文化や余暇を楽しむ場所――裕福なだけでなく、豊かな歴史をもつ場所」にしたいと考えていた。リビングルームは、パールマン一家が代々受け継いできた田舎の邸宅の中心であり象徴だ。そのため、ヴィスコンティ・ディ・モドローネはリビングルーム全体を柔らかいイメージに仕上げるよう求められた。大きな壁の一方に日本画の連作を飾り、床は絨毯で覆った。また、イタリアのテキスタイルブランドであるデダール社のアーカイブからいくつかの柄を選び出して復刻し、そのテキスタイルをリビングのソファーやアームチェアー、カーテンやテーブルクロスに使用した。骨董品は、ミラノにあるピヴァ・アンティークから調達。写真がないのが残念だが、映画の中でパールマン家の人々は、この部屋のテレビや1900年代初期のピアノのまわりに集って過ごした。

画像2: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

書斎

「この部屋はどの角度から見ても本だらけなんだ」とグァダニーノが言うのは、パールマン教授の書斎。本の一部はヴィラ・アルベルゴーニにあったものだが、そのほかはヴィスコンティ・ディ・モドローネが借りてきたものだ(気になる人のために説明すると、様々なテーマごとに分けられた書架から本を選ベるようになっているらしい)。色あせた緋色のソファも別荘にもともとあったものだ。「ルカ(グァダニーノ監督)は『このソファは必要ない。あまりにみずぼらしすぎるから』
と言ったの。だから私は「『何言っているの、これこそ完璧よ。私にはパールマン教授がこのソファで本を読んで過ごしている姿が見える』って言い返したのよ」と、ヴィスコンティは当時を振り返る。「でも、ルカはいつも他人の反対意見にちゃんと耳を傾けるの。その人の判断が自分とは違っていてもね」
ソファの後ろには、ロンバルディア州歴代の王を描いた小さなカメオが金縁の鏡を囲んで飾られている。部屋のあちこちには、パールマン氏が考古学の教授であることを示す品々が置かれた。

画像3: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

玄関ホール

 飾り気のなかったヴィラ・アルベルゴーニの玄関に、ヴィスコンティ・ディ・モドローネは大きな地図を何枚も飾ることにした。地図はヴェローナの古書店『ペリーニ』で手に入れたものだ。玄関の先に続く廊下には、別荘の敷地内で見つけた堅い椅子を置いた。映画の中ではパールマン一家は別荘とともに、こうした家具を代々受け継いでいるという設定になっている。ヴィスコンティ・ディ・モドローネはさらに、玄関に置いた花瓶に笹の葉がいつも活けてあるよう注意を払っていた。「この廊下には生き物が必要なの。あたかもパールマン夫人が庭でこういう葉を採ってきて活けたような感じを出したかったんです」

画像4: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

 庭の制作を任されたのは、グァダニーノとヴィスコンティ・ディ・モドローネの友人である庭師のガイア・シャイエ・ジュスティだ。彼女は、別荘の庭に東屋をつくり、本来はロンバルディア州には自生しないアプリコットと桃の木をそこに植えることにした。「私たちは本物の熟れた桃をいくつかとりつけたけれど、ほとんどは小道具の偽物なの」とヴィスコンティは説明する。「こんなふうにしていろんなものが作り上げられていくのは驚くべきことね――映画の中では、どんなことでもできるのよ」

画像5: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

のちにオリバーの寝室になる、主人公エリオの寝室

 映画の主人公である17歳のエリオは、アーミー・ハマー演じる博士課程の学生オリバーに自分の寝室を譲ることになる。エリオが飾っていた何枚ものポスターはそのままだ。身長が195cmもあるハマーが眠れるよう、2つのベッドをくっつけなければならなかった。

画像6: 『君の名前で僕を呼んで』の
舞台、パールマン家の
別荘ができるまで

エリオの2番めの寝室

 ハマーに部屋を譲ったエリオは、家の隣にある倉庫へと寝室を移す。そこはヴィスコンティ・ディ・モドローネが気に入っている仕事場だ。「この部屋は、パールマン家の中でいらなくなったものがすべて詰め込まれた乱雑な場所なの。けれどもエリオはここで寝泊まりしなくちゃいけない。同時に、部屋のカメラ写りも良くなければならなかったんです」。机の上に置かれているのは、80年代のティーンエージャーが読んでいたであろう本や漫画。長い年月のあいだに集積されたものたちによって、この部屋は――そして別荘全体までもが――時を超えた特別な存在へと生まれ変わったのだ。

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