上質な自然派ワインとの出会いは、ワインのそれまでの味わい方を変えてしまう。 PHOTOGRAPH BY CRISTA LEONARD

  自然派ワインを初めて口にしたときのことを誰かが語るとき、それはまるで価値観がひっくり返 るような経験か、あるいは曲がり角で世にも美しい見知らぬ人と思いがけず出くわした幸福感のように聞こえる。NY在住のワイン・ディレクター、ジャスティン・チェルノの場合、不純物を取り除かない赤の「マルセル・ラピエールのモルゴン」を 初めて口に含んだ瞬間、彼が愛してやまない飲み物――ワインのそれまでの味わい方を変えてしま うほどの大転換が自身の中で起こった。それ以来、彼は自然派ワインに "やみつきになった" と言う。  
 夢中になる対象を新たに見つけたときにありがちなことだが、チェルノの探究熱はほかの人たちにもうつり、周囲を巻き込んでいった。彼は今、自然派ワインをメインに扱うブルックリンのバー「Four Horsemen」のオーナーのひとりに名を連ねている。使う語彙には「ネバネバ感」「ネズミ臭」「ブレタノマイセス(菌の一種)」などの奇妙なキーワードが加わった。妻さえも、従来のワインを飲めなくなってしまった。「あなたのせいでこうなったのよ。信じられないわ」と彼女は夫に向かって言った。チェルノは顧客からも同じことを言われている。


 奇想天外で、濁りがあって、グラスの中に牧草が混入しているかと思わせるような驚きのある自然派ワインを味わってしまうと、従来のワイン―これまで私たちが飲んできたものであり、レストランのメニューや小売店の棚を埋め尽くしている―の味がありきたりのもののように思えてくる。だが、従来のワインの多くに含まれているものを知ると、それはそれで驚かされる。理想的な味、透明度、色、飲みやすさを出すために(別の言い方をすれば、こうした「ソーヴィニヨンの白」の風味は、伝統的に「ソーヴィニヨンの白はこうあるべき」と定義されてきた風味だということになる)、ワインの造り手が亜硫酸塩剤や砂糖、増量した酵母、ワインをクリアにするための清澄剤を使うことは珍しくない。この清澄剤は、卵白や火山性粘 土、魚の浮袋などを原料としている可能性がある。しかも、これらを使用していてもラベルに記載する必要はないのだ。「ワインに関しては、どんなことでも思いどおりに操ることができるんです」。そう話すのは、『NATURAL WINE』の著者であり、フランス人女性として初めてワイン・マスターの称号を取得したイザベル・ルグロンだ。それゆえ、ふだん私たちが飲んでいるワインのほとんどは「ぶどう果汁+その他いろいろ」であることを世界の 人々に知ってもらうことが自分の使命だと、彼女はつけ加えた。 

従来のワインを「こうあるべき」とされる味や見た目に合わせるために、ワイナリーではこんなさまざまな原料を加えることがある。(左上から時計回りに)清澄剤として使う魚の浮袋の抽出物。/安定化に使うソルビン酸カリウム。/アルコール強化に使う砂糖。/色を濃くしたり甘くしたりするのに使うメガ・パープル。/エビの殻からとった液体は清澄剤に。/清澄に使うベントナイト粉。 PHOTOGRAPHS BY JOSHUA SCOTT

 では、「自然派」であると認められるのに必要なものは何か? バイオダイナミック農法(自然農法の一種)または有機栽培で育てることは必要条件だ。マセラシオン(ぶどうの皮を果汁に浸しておくこと))や、ワインの寝かせ方、貯蔵法についても独特な手法がある。しかし、“自然であること”の決定的な証しであり、多くの人に最初のひと口を味わってみたいと思わせる最大の要因は、添加物が含まれていないことだ。自然派ワインを口にした人が、ウーバーでタクシーを呼んでそそくさと出口へ向かわずにパーティ会場にとどまるわけは、もちろんその味にある。添加物の不使用は、味の広がりに無限の可能性があることを意味しているのだ(自然派ワインの多くはクリアでなめらかな味わいだが、極端なものだとサイダーかシェリーと間違われるかもしれない)。まさにそれは、自然になりゆきを任せたときに足を踏み入れることになる野生の道なのだ。 
 自然派ワインには酸味、土っぽさ、納屋を彷彿させる香りを感じることがあるが、それらは完全に意図的なものかもしれない。実際、こうした特徴はグラスに注ぐ瞬間を楽しむためには不可欠であるともいえるし、まさにこの場面こそ、ゴーサインを出す専門家の出番だ。新しい世代のソムリエと、自然派という領域を熟知している店主という存在なくしては、そのワインが悪くなっているように“見える”だけなのか、あるいは実際に飲めた代物ではないのか、判断に手こずってしまうだろう。  


 マンハッタンのダウンタウンにあるレストラン「Rouge Tomate Chelsea」のソムリエ、パスカリン・ルペルティエのこだわりには舌を巻く。彼女は 客がワインを飲むときの外気温(これが味わいを左右する)、月の満ち欠け、ワインがはるばるフランスやイタリア、スペインなどから輸送されてくる方法(中身が変質する可能性がある)、ワイン自体が不安定になる根本的な変化(誰も介入していないのに自然とそうなってしまう)などの要因に合わせてさまざまな調整をする。「レストランで自然派ワインを扱うのは、もっともハードルが高いことよ。どういうときは客に出すべきでないか、それがわかっていないと務まらない」とルペルティエは言う。「しかも一本一本のボトルにそれぞれ個性があるの」。まさしく、作り手が“欠点を隠さないようにした”からこそ、彼女は自然派ワインに魅了されたのだ。