フロイトとマーラーが常連だった 

「カフェ・ラントマン」

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「カフェ・ラントマン」はガラス張りのアトリウムという店構えで、市庁舎と劇場を一望できる。フロイトとマーラーが常連だったという事実を店はありがたがり、宣伝に使っている。この旅を始めたとき、私は大真面目に、現在という時間を引き延ばそうとした。ケーキは層を崩さないようにフォークの先で薄く切りながらゆっくりと食べ、せっかちを封印した。最初のうちはお菓子と一緒にコーヒーを注文し、律儀に飲みほし、きれいに平らげた。毎日の糖分摂取が進むと、カフェインに代えてエルダーフラワーウォーターで薄めたアルコールを頼むようになり、出されたものは全部食べるという自分に課した義務を放棄した。      



 ウィーンは、遺物である帝政時代を今なお引きずっていることから、「胴体のない頭」にたとえられることもあるが、不条理を抱えているからこそこの街は面白い。建物の装飾的な尖塔と金細工は、今日ではその存在意義が失われているものだ。だからこそ魅力が増すのだが、その逆もしかりだ。オーストリア=ハンガリー二重帝国の崩壊から来年で100年になるが、あの時代の名残は今も完璧な状態で保たれている。街のもつ矛盾に心乱されるかもしれないが、静かな石畳の通りからバロック様式の大通りに出ると、ぞくっとするような景色が目に入る。数世紀前の気配を今も感じるのだ。デザートも似ている。何百年か前に考案され、自意識過剰なプライドとともに提供されるお菓子は、見目麗しく、うんざりするほど甘く、最後には重たく感じる。それなのに、拒めない。