ウィーンといえば、帝政時代という過去と華やかなお菓子。 このふたつは、無関係ではない

BY ALICE GREGORY, STYLED BY CARIN SCHE, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 このようなコーヒーハウスは、市内のほぼすべての通りにあるようだ。ユネスコはウィーンのカフェ文化をオーストリアの「無形文化遺産」に指定しており、どの店にも大理石のテーブルトップと曲げ木で作られたトーネットチェアがあることを特筆している。ユネスコの資料には「時間と空間を味わい尽くしても、請求されるのはコーヒー代のみ」と書かれている。静かで薄暗いコーヒーハウスの天井はアーチ型で、椅子のファブリックは古ぼけていて、床は寄木張りだ。訪問者はここを自宅以外のリビングとして使える。ただで読める何種類もの新聞は、木製のホルダーで1紙ずつ綴じられている。犬連れでも入れるので、コーヒー1杯で終日、罪悪感なしで居座れる。サービスが行き届かないのは意図的であり、客を嫌っているのではないかと思えるほどだ。

トーマス・ベルンハルトは著書『ヴィトゲンシュタインの甥』の中で、いかにウィーンのコーヒーハウスに“嫌悪感”をおぼえようとも、「どうしてもいりびたってしまう」と、怒りの感情を(例によって)ぶちまけている。ベルンハルトは、彼のような客には媚びるコーヒーハウスの流儀が気に食わないのだが、嫌いだと言いながらも、こう書いている。「自宅よりも、ウィーンのコーヒーハウスのほうが、やはりくつろげる」

 古く立派なコーヒーハウスは文化を伝える場所であり、ダークな色調の木製インテリア、伝統的なレシピ、すでに没した有名なパトロンたち―彼らはこういう店が大好きだった―を誇り、人々に愛されている。1786年創業、ホーフブルク宮殿に隣接する老舗「デメル」は“皇帝・宮廷御用達の菓子舗”の称号を帝政崩壊後も掲げていた。同店の伝説によると、エリザベート皇后(愛称シシィ)にスミレの砂糖漬けを供していたそうで、彼女はそれをソルベにのせて食べたという。

「エリザベートはお菓子とアイスクリームをたいそう好んでいたことが、さまざまな菓子店の領収証からわかります」と、ホーフブルク宮殿の音声ガイドは説明するが、彼女は重度の拒食症だったというのが、歴史家の一致した見解だ。だが宮殿側は皇后の病気をなかったことにしたいのだろう。

画像: フロイトとマーラーが常連だった「カフェ・ラントマン」 COURTESY OF LIONEL DERIMAIS/ALAMY

フロイトとマーラーが常連だった「カフェ・ラントマン」
COURTESY OF LIONEL DERIMAIS/ALAMY

「カフェ・ラントマン」はガラス張りのアトリウムという店構えで、市庁舎と劇場を一望できる。フロイトとマーラーが常連だったという事実を店はありがたがり、宣伝に使っている。この旅を始めたとき、私は大真面目に、現在という時間を引き延ばそうとした。ケーキは層を崩さないようにフォークの先で薄く切りながらゆっくりと食べ、せっかちを封印した。最初のうちはお菓子と一緒にコーヒーを注文し、律儀に飲みほし、きれいに平らげた。毎日の糖分摂取が進むと、カフェインに代えてエルダーフラワーウォーターで薄めたアルコールを頼むようになり、出されたものは全部食べるという自分に課した義務を放棄した。

 ウィーンは、遺物である帝政時代を今なお引きずっていることから、「胴体のない頭」にたとえられることもあるが、不条理を抱えているからこそこの街は面白い。建物の装飾的な尖塔と金細工は、今日ではその存在意義が失われているものだ。だからこそ魅力が増すのだが、その逆もしかりだ。オーストリア=ハンガリー二重帝国の崩壊から来年で100年になるが、あの時代の名残は今も完璧な状態で保たれている。街のもつ矛盾に心乱されるかもしれないが、静かな石畳の通りからバロック様式の大通りに出ると、ぞくっとするような景色が目に入る。数世紀前の気配を今も感じるのだ。デザートも似ている。何百年か前に考案され、自意識過剰なプライドとともに提供されるお菓子は、見目麗しく、うんざりするほど甘く、最後には重たく感じる。それなのに、拒めない。

PASTRIES PROVIDED BY EDUARD FRAUNEDER, CHEF & OWNER AT FREUD,SCHILLING, EDI & THE WOLF AND THE THIRD MAN, AND CAFÉ SABARSKY, LOCATED IN THE NEUE GALERIE. PROP ASSISTANT: CHARLIE KILGORE

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