創作に没頭したアーティストは作品の完成までに気の遠くなるような歳月をかけることをいとわない。たとえそれが何十年になろうと

BY NANCY HASS, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 チャールズ・ロスは、ニューメキシコ州に広がる砂漠の卓上台地で、裸眼で天体を観察できる展望台《Star Axis(星の地軸)》を建造中だ。土や花こう岩、砂岩、ブロンズ、スチールなどで創られた11階建ての展望台は、彫刻作品のような外観をしている。

 私はある朝早く、《Star Axis》にいるチャールズ・ロスから電話を受けた。先述の3人のなかで、いちばん気さくで話し好きなロスは、47年前に始めたこのプロジェクトを2022年までに完成すると言いきる(と同時に、『あと3、4年で完成するって、ここ20年のあいだずっと言ってきたんだけどね』と打ち明けた)。だが、さまざまな情報によると、完成は本当に近づいているらしい。

敷地内のゲストハウスは一度に6名まで受け入れが可能だ。訪問客はひとりずつ、トンネル内にある何千段もの階段を頂上まで上りきる。すると、極点と同一線上にある開口部から、2万6千年の周期で移動する星々を観察することができる。このプロジェクトは民間の支援を受けているが、ロスは去年、マンハッタンに所有していたロフトを売り払った。作品の永久保存を目的に設立した財団の、運営資金の一部に充てるためである。

画像: 《Star Axis》から見たニューメキシコ州の砂漠地帯。チャールズ・ロスは、彫刻作品のようなこのランド・アートを数十年にわたって制作しつづけている CHARLES ROSS, ‘‘STAR AXIS’’ (1971-STILL UNDER CONSTRUCTION) ©CHARLES ROSS 2018

《Star Axis》から見たニューメキシコ州の砂漠地帯。チャールズ・ロスは、彫刻作品のようなこのランド・アートを数十年にわたって制作しつづけている
CHARLES ROSS, ‘‘STAR AXIS’’ (1971-STILL UNDER CONSTRUCTION)
©CHARLES ROSS 2018

 アメリカの映画監督ジェームズ・クランプは、これらのアーティストは「自己陶酔と執念と誇大妄想が入り混じった」生き方をしているのだと言う。もっともな見解かもしれない。クランプ監督は2016年に、ランドアート・ムーブメントに関するドキュメンタリー映画『トラブルメイカーズ ラン ドアートの話』を作った。「彼らが作品を完成させる覚悟をもてないのは、何か理由があるんじゃないかと思ったんだ」とクランプは言う。

自然の景観がアート作品として姿を変えるように、アーティストたち自身も善かれ悪しかれ大きく変容していく。アーティストでハイザーの妻だったメアリー・シャナハンは、《City》の制作に尽力してきたが、4年前にハイザーのもとを去った。おそらく、試練の連続とハイザーとの関係に疲れきったためだろう。ハイザーは離別の前、慢性神経疾患と呼吸器障害を患って生死をさまよい、鎮痛剤として摂っていたモルヒネの依存症にも苦しんだ。一部のアーティストは作品を何より重視するあまり、現実性を失い、作品以外のいっさいから逃避するようになってしまう。確かに、作品にあれこれ手を加え(もしかすると必要以上に)、永遠に終わらない創作をひたすら続けるという“芸術における涅槃”に浸ることには、名状しがたい魅力があるのかもしれない。

 一方、80歳の今も結婚生活を維持しているチャールズ・ロスはいかにも幸せそうだ(彼いわく『正直に言えば、彼女は二番目の妻なんだ』とのことだ)。《Star Axis》はあらゆる面で莫大な労力のいる作品だが、完成という喜びを手にするため、ロスは一歩ずつ前進しているように見える。彼のプロジェクトは無限の宇宙をテーマとしているが、ロスは具体的にその進展具合を把握している。「これはスピリチュアルな世界と、幾何学や天文学を結びつけるアドベンチャーなんだ。いまだに日々、新しい発見の連続だよ」

 うまくいけば、長年の努力が実を結び、はからずも晩年に埋もれていた才能が日の目を見る場合もある。ロサンゼルス在住のメアリー・コース(73歳)がそのひとりだ。彼女は1960年代から光を操るアーティストとして活動してきたが、同分野のタレルやダン・フレイヴィンといった男性アーティストとは違って、ほとんど脚光を浴びることはなかった(しかし最近は状況が変わり、ホイットニー美術館は彼女の初の個展を催し、ディア・ビーコン現代美術館は彼女の作品のいくつかを常設するようになった)。

彼女が《The Cold Room(冷たい部屋)》(1968-2017年)の制作に取りかかったのは、ベトナム戦争のテト攻勢(1968年1月に起きた、解放民族戦線勢力による奇襲攻撃)がようやく鎮まり、シカゴでの民主党全国大会で反ベトナム戦争を訴える学生が暴動を起こした頃のことだ。《The Cold Room》は、凍えるほど冷えた部屋に、ワイヤレスのライトボックスを吊るした体験型インスタレーションで、寒さのために観客の視線がライトに集中する仕組みになっている。

 長年、資金繰りに苦労してきたコースは、制作プランを立てたり作品の一部を自ら手がけられるようにと物理学の勉強にも取り組んできた。昨年ようやくこのインスタレーションは完成し、ロサンゼルスのギャラリー「ケーン・グリフィン・コーコラン」で披露することができた。ギャラリーの壁には、2003年以降の彼女の作品が飾られ、創作スタイルの変遷をうかがい知ることができる。そのなかの、まばゆい光を放つ絵画のシリーズは、《The Cold Room》の完成のめどが立たず、彼女が必死に模索していた頃に描かれたものだ。

「作品が完成してやっと、過去が現在になった気がする。でもいったい、過去っていつのことを指すのかしら。5分前? 5年前? それとも50年前?」とコースは問いかける。「ひとつの作品を完成させることが新しい始まりでもあるなんて、これまでは考えたこともなかったわ」

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