江戸時代から続く伝統芸能「歌舞伎」。その伝統的なメイクを進化させることで、松本幸四郎が歌舞伎のあらたな可能性に挑む

BY HIROMI SATO, PHOTOGRAPHS BY TAMAKI YOSHIDA, MAKEUP BY KOUSHIRO MATSUMOTO, YUKA WASHIZU, HAIR BY ASASHI

 593――。彼が初舞台から染五郎時代を通して演じた役の数である。幸四郎を襲名してからの2年で、その数は62増えた。驚異的な数だが「歌舞伎役者はみんなそんなものでしょう」と、さらりとかわす。彼にとって舞台は現実と地続きであり、遠い昔の先達にも手が届く実感があるに違いない。いずれは、「言葉の本当の意味での『新作』を作るのが目標」だと言う。

「新作歌舞伎は毎年、出る時代になりましたし、僕もいくつか作ってきましたが、最終的には、歌舞伎の引き出しを一切使わない新作を作りたいと思っています。脚本はもちろん、演出、衣装、メイク、すべてこれまでやったことのないやり方でやる。それはもう歌舞伎とは言わないんじゃないかと言われそうですが、型を使わないと歌舞伎じゃないとも言えません。『チョンという柝(拍子木)の音で始まらなきゃ歌舞伎じゃない』と言うなら、この夏、歌舞伎座で上演した『三谷かぶき』(三谷幸喜作・演出)は歌舞伎ではないです。でも、あの作品は確かに歌舞伎公演として上演されました。だから何でもあり……といっても歌舞伎に昇華することが前提の『何でもあり』ですが、歌舞伎というものの枠組みは、これからもっと広がっていくんだろうと思います」

画像: 歌舞伎らしい直線的な眉は生かしつつ、冷たいニュアンスを放つ青みの強いベースで、“色悪”をよりクールに進化させた

歌舞伎らしい直線的な眉は生かしつつ、冷たいニュアンスを放つ青みの強いベースで、“色悪”をよりクールに進化させた

 歌舞伎の未来を見据えての果てない冒険。くわえて新しいもの好きは、高麗屋の気質でもある。父・松本白鸚が現代劇やミュージカルでも活躍してきたように、幸四郎もチームラボによるIT技術をいち早く演出に取り入れたり、フィギュアスケート選手と氷上で共演したりと、果敢な攻めの姿勢で歌舞伎に新風を吹き込んできた。

 その一方、近年は父をはじめ、中村吉右衛門や片岡仁左衛門など、重鎮たちとがっぷり四つに組んでの芝居が、昔からの歌舞伎ファンの心をしっかりとつかんでいる。重厚な荒事から上方のやさ男まで、その芸域は幅広く、大名跡・幸四郎を背負っての古典との取り組みは濃密さを増すばかりだ。

「父世代の方々とやらせていただくのは、それはもうありがたいですし、うれしいし、勉強になります。限りある時間の中で、先輩方からどれだけ吸収できるかが今の自分の課題です。ただ、お客さまに対しては、『勉強でやらせていただくので観てください』とは、もう言ってはいけない立場だと思います。『面白いので、ぜひ観てください』と自信をもって言えないといけないし、『幸四郎だったら大丈夫』と思ってもらえるような信頼のおける役者に、もうならないといけない」

 その自覚は40半ばという年齢もあるが、ここ数年、市川團十郎、中村勘三郎といった、ひとつ上の世代の俳優が立て続けに亡くなったことが大きい。自分たちの世代が盛り上げていかなければという計り知れない責任と覚悟が、幸四郎という役者の器をさらに大きくしている。ただ、そこに悲壮感やナルシスティックなヒロイズムはない。彼の歌舞伎への愛はいつも透徹している。「目指すのは歌舞伎職人」と、襲名公演の口上でも宣言した。「あえて職人と言ったのは、歌舞伎のために一生をかけて、命を尽くしてやるということです。自分の名前は残らなくていい。歌舞伎を残すために何ができるか。僕にとってはそれがすべてです」

松本幸四郎(MATSUMOTO KOSHIRO)
1973年東京都生まれ。1979年、三代目松本金太郎を襲名して初舞台。1981年、七代目市川染五郎を襲名。2018年1月、十代目松本幸四郎を襲名。国立劇場12月歌舞伎公演では、チャップリンの映画『街の灯』を歌舞伎化した『蝙蝠の安さん』を88年ぶりに復活させる

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