BY MASANOBU MATSUMOTO
『きもの KIMONO』|東京国立博物館
浮世絵の確立者、菱川師宣が描いた《見返り美人図》。面長ですっきりとした切れ長の目の女性がうしろを振り返る一瞬を捉えた美人画の傑作であるが、彼女が着ているきものに注目してみるとまた違った面白さがある。高級な紅を贅沢に使って染めた紅綸子( べにりんず)の振袖。施されているのは貞享年間(1864〜68年)に流行った「花の丸」模様だ。帯の幅は太めで、こちらも当時、歌舞伎役者の着こなしから人気に火がついた「吉弥(きちや)結び」で結ばれている。この時代、市民は流行を意識し、着飾ることを楽しんだという。きものは、「モード」だったわけだ。

日本ならではの美を色や柄で多彩に表した「きもの」。その原型である小袖(こそで)は、実はもともと下着であったという。それがどのようにして表着になり、ファッション性を高めていったのかーー東京国立博物館ではじまった特別展『きもの KIMONO』は、約300件もの作品とともに、そのデザインの遍歴と時代背景を追う展覧会だ。
モードとしてのきものの転換期は、安土桃山時代。上下左右に異なる柄の生地を切り替えした「四替模様(よつがわりもよう)」など、グラフィカルなデザインが流行する。江戸時代初期、1620年に後水尾天皇と結婚した徳川秀忠の娘、和子もきもののシーンを変えた重要人物だ。このプリンセスの装いが「御所風」として注目を集め、小袖模様を記した雛形本がつぎつぎに刊行。総柄だけでなく、模様全体の中に動と静をつけた、大胆で自由なデザインが市民権を獲得していった。その代表作「小袖 黒綸子地波鴛鴦模様」は、絵としても面白い。オシドリが戯れる大波は、たけのこのようにも見える。大きく天に向かって育つたけのこは成長の象徴。縁起のよい“吉祥モチーフ”もすっかり定番になった。


本展には織田信長や豊臣秀吉、徳川家康、篤姫など歴史上の人物が着用したもの、琳派を確立した尾形光琳がデザインした光琳模様の“粋”なきものも並ぶ。明治以降、殖産興業の影響によって生まれた普段着的なきもの「銘仙(めいせん)」も必見だ。愛らしいテニスラケットや街灯をモチーフにしたモノグラム、なかにはアールヌーボーやキュビスムといったムーブメントを反映した模様も見てとれて、モダニズムの隆盛を肌で感じられるだろう。

より近い年代のものとしては、森口邦彦など人間国宝によるきもの。また、美術家・岡本太郎デザインの作品や、久保田一竹によるきものを使ったインスタレーションも取り上げ、アートの領域に拡張するきもののありようを紹介する。伝統衣装としての普遍的でシンボリックな美しさとともに、時代時代で移り変わる美、すなわちモードも内在する。そうしたきものの魅力、楽しさを再発見できる展覧会だ。