国内外で活躍する現代美術家・大山エンリコイサム。10月15日にはじまる個展『Epiphany』で見せるのは、彼が2013年より手がけているファウンドオブジェクト作品の新作だ。その見どころを本人のインタビューとともに紹介する

BY MASANOBU MATSUMOTO

大山エンリコイサム『Epiphany』|Takuro Someya Contemporary Art

 1970年代から80年代にNYで隆盛した「エアロゾル・ライティング」。ストリートアートの代表的な表現、いわゆる “グラフィティ”だ。現代美術家・大山エンリコイサムは、当時メディアが勝手に付けた “グラフィティ(落書き)”という呼称ではなく、エアロゾル塗料をスプレーで吹き付けるその技法や行為である「エアロゾル・ライティング」の名を意識的に使い、自身の表現を言い表してきた。

画像: 『大山エンリコイサム|夜行雲』の展示風景(2020年、神奈川県民ホール) ARTWORK©︎ENRICO ISAMU OYAMA, PHOTO BY SHU NAKAGAWA, COURTESY OF KANAGAWA PREFECTURAL GALLERY AND TAKURO SOMEYA CONTEMPORARY ART

『大山エンリコイサム|夜行雲』の展示風景(2020年、神奈川県民ホール)
ARTWORK©︎ENRICO ISAMU OYAMA, PHOTO BY SHU NAKAGAWA, COURTESY OF KANAGAWA PREFECTURAL GALLERY AND TAKURO SOMEYA CONTEMPORARY ART

 大山の作品に見られる、立体的な線の構造体――この「クイックターン・ストラクチャー」と名付けられたモチーフは「エアロゾル・ライティング」を独自に解釈したものだ。もともとNYのライターたちは、文字をベースにしたグラフィックを地下鉄やストリートに描いてきたが、大山は、そこから文字の意味を剥ぎ取り、抽象的な線の運動体として、このモチーフをつくり出したのだという。

「運動体」という言葉は、じつにしっくりくる。スピーディで無限に伸びていくような視覚的な特徴に限らず、大山の「クイックターン・ストラクチャー」は、紙やキャンバス、壁面の上に、あるときはショップの空間、アウディの自動車、横綱の化粧まわしに、とメディアや領域を横断しながら展開されてきた。コム デ ギャルソンの2012年春夏コレクションの衣服を彩ったこともある。モチーフ自体も、多様なかたちで作品に姿を見せる。単体で描かれることもあれば、組み合わせたり、重ねたり、もとの図像をけしごむで“消す”ように、イメージの上に白い「クイックターン・ストラクチャー」が載せられたりしたことがあった。

画像: 『大山エンリコイサム|Black』の展示風景(2018年、Takuro Someya Contemporary Art) ARTWORK©︎ENRICO ISAMU OYAMA, PHOTO BY SHU NAKAGAWA, COURTESY OF TAKURO SOMEYA CONTEMPORARY ART

『大山エンリコイサム|Black』の展示風景(2018年、Takuro Someya Contemporary Art)
ARTWORK©︎ENRICO ISAMU OYAMA, PHOTO BY SHU NAKAGAWA, COURTESY OF TAKURO SOMEYA CONTEMPORARY ART

 10月15日(金)よりTakuro Someya Contemporary Artではじまる個展『Epiphany』では、ファウンドオブジェクト(※1)シリーズの新作を見せる。大山が、2012年NYに拠点を持ったのち、2013年より手がけ始めたシリーズで、写真やドローイングなどフリーマーケットや古道具屋で見つけたものに、「クイックターン・ストラクチャー」を描き加えた作品群である。モチーフが載せられることで、もとの図像のなかに新しいリズムが生まれ、新たな空気をまとって現れる。ただ今回の新作について、「これまでよりコンセプトの面で深化させた内容になっています」と大山。その作品について、本人に話を聞いた。

※1 found object:「見出された対象」。日用品など特定の機能、価値をもったもののこと。過去、多くの美術家が、そういったものを芸術作品の素材に転用することで、新しい美的価値を暗示させてきた。

――今回の新作は、ファウンドオブジェクト作品。英国オックスフォードの古道具屋で見つけた版画を素材にしたそうですが、版画との出会いについて、印象的なエピソードがあれば教えてください。

 旅行中はなるべく、滞在地の古道具屋やフリーマーケットを訪れて、ファウンドオブジェクト作品のベースとなるイメージを探すようにしています。アシュモレアン博物館での展覧会に参加するため、去年の夏に2週間ほどオックスフォードで過ごしたのですが、『Epiphany』展のベースとなる版画はそのときに出会いました。会場の博物館と自分が滞在していたアパートのちょうど中間に古道具屋があり、作品制作のために行き来している間、何度かその店に立ち寄ったのです。

 広いお店で、さまざまなものがディスプレイされていました。私はどちらかというと匿名の事物に惹かれるので、そういったものとの遭遇を期待して、店内をつぶさに見ます。その版画は隅にあったので、よく見ないと気がつかなかったでしょう。イメージや質感はもちろんのこと、サイズがよく、コンディションも問題なかったので、すぐに気に入りました。『Epiphany』展には出品していませんが、ほかにもオックスフォードから持ち帰った版画はあります。ファウンドオブジェクト作品は、それらのものと出会った時点から、制作は始まっていると言えます。

――展覧会名の『Epiphany』(啓示)も印象的です。今回のベースになった版画はムリーリョの《ぶどうとメロンを食べる少年たち》、フィリッピーノ・リッピの《聖ベルナルドゥスの幻視》など、宗教的な背景(聖書や神話のワンシーンを示したもの、それを暗示させるもの)があるものです。宗教画という、過去、絵画のメインストリームであったものに対して、「クイックターンストラクチャー」を重ねるという試みにも見えますが、実際、意識されたことを教えてください。

 もともとファウンドオブジェクト作品は、忘れられた匿名もしくは無名のイメージを取り上げ、そこにクイックターン・ストラクチャーを重ねることで新たなダイナミズムを引き出し、事物の「生」を再活性化していく側面があります。無名とは言えない美術史上の絵画作品をベースにした今回の新作は、その意味で、これまでのファウンドオブジェクト作品とはやや異なっています。

 ただ、ここにもいくつかの配慮があります。まず、ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》やピカソの《ゲルニカ》、もしくはウォーホルの《マリリン》のような、突出した有名性ゆえに記号的に流通している作品のイメージは避けています。《モナ・リザ》の顔に落書きをしたデュシャン(※2)は、記号性を逆手にとってアイロニカルに美術史を批判しましたが、私のファウンドオブジェクト作品には、そうした皮肉やコンテクストゲームはありません。

※2 マルセル・デュシャンは《モナリザ》のポストカードに鉛筆で口髭、顎髭を書き加え、《L.H.O.O.Q》と題した作品を発表した。

画像: 大山エンリコイサム《FFIGURATI #406 - The Grape Eaters》 2022年、Acrylic on printed image、23.3 x 15.8 cm、each / a set of 23 ARTWORK ©ENRICO ISAMU OYAMA

大山エンリコイサム《FFIGURATI #406 - The Grape Eaters》
2022年、Acrylic on printed image、23.3 x 15.8 cm、each / a set of 23
ARTWORK ©ENRICO ISAMU OYAMA

 では、今回の新作では何を試みたのか。それはストレートに、過去の芸術家たちが作品を着想し、創造の啓示を受け取ったそのモーメントに、後世の芸術家である私が、自身の方法論によってアクセスし、共振することです。この「啓示のモーメント」という点が大切で、それは筆でキャンヴァスに絵具を塗っていく実際の制作プロセスの手前、もしくは合間において、より非言語的な次元に生じます。あるいは形而上的な次元とすら言えるかもしれません。

――作家自身が言葉で構築していった論理的なアイデアではなく、突然沸き起こる“ひらめき”のようなことですか?

 修道士が日々の献身的な祈りの最中に突然、天からお告げを授かるように、制作に打ち込む芸術家はある日、雷に撃たれるようにして、みずからのうちに創造的なヴィジョンが湧き上がるのを感じます――Epiphanyという言葉で伝えたかったのは、光の煌めきにも似たそうした瞬間のイメージです。作品や作者はアートの歴史に登録された名のある存在でも、そうしたモーメントそのものは、有名/無名という区別をすり抜け、言語で記述された歴史の手前で、またはその底に脈々と流れるものとして、あるいは断片的に散りばめられたものとして、水面で震える波紋のように、出現と消失をくり返します。

 それは言い換えれば、人間と人間ではなく、人間と事物のはざまに生起する事象です。修道士が小鳥や自然と対話し、事物を愛でたように、芸術家はオブジェクトや素材に働きかけ、またそれらに働きかけられることで、創造性は紡がれていきます。ミケランジェロは大理石のなかに人の姿が見えると述べましたが、そこには形而上的な視点と素材への視点がオーバーラップしているのです。

 今回の新作では、版画に印字されていた作者名は消し、作品名だけを残しています。作者という人間よりも、作品という事物に着目して欲しいためです。それは、古道具屋における私と版画の出会い(それもひとつのEpiphanyです)とも重なり、また私がこれまでテーマにしてきた、路上の落書きをめぐる匿名の問題にも関係します。その意味で、今回の新作は、ファウンドオブジェクト作品をコンセプトの面でこれまでより深化させた内容になっています。

画像: 大山エンリコイサム《FFIGURATI #407 - The Vision of St. Bernard》 2022年、Acrylic on printed image、23.3 x 15.8 cm、each / a set of 23 ARTWORK ©ENRICO ISAMU OYAMA

大山エンリコイサム《FFIGURATI #407 - The Vision of St. Bernard》
2022年、Acrylic on printed image、23.3 x 15.8 cm、each / a set of 23
ARTWORK ©ENRICO ISAMU OYAMA

――本展では、2014年にNYで制作したキャンバスの作品も展示すると聞いています。どういった作品になりますか?

 2014年にニューヨークの個展で発表したアンストレッチド・キャンヴァス(パネルに固定されていないキャンバス)の大型作品5枚組です。私の作品は、白地に黒のクイックターン・ストラクチャーが配されることが多いですが、このときは色のついた背景と白いクイックターン・ストラクチャーの組み合わせで制作したため、『REVERSE(反転)』というタイトルを個展名にしました。この作品は、その後、何度かニューヨークやアメリカの都市で展示をしていますが、日本では今回が初めての展示となります。

大山エンリコイサム(ENRICO ISAMU OYAMA)
--美術家。エアロゾル・ライティングのヴィジュアルを再解釈したモティーフ「クイックターン・ストラクチャー」を起点にメディアを横断する表現を展開。イタリア人の父と日本人の母のもと、1983年に東京で生まれ、同地に育つ。2007年に慶應義塾大学卒業、2009年に東京藝術大学大学院修了。2011−12年にアジアン・カルチュラル・カウンシルの招聘でニューヨークに滞在以降、ブルックリンにスタジオを構えて制作。2020年には東京にもスタジオを開設し、現在は二都市で制作を行なう。
公式サイトはこちら--

『Epiphany』
会期:10月15日(土)〜11月12日(土)
会場:Takuro Someya Contemporary Art
住所:東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F
開廊時間:11:00〜18:00
休廊日:日・月曜、祝日
入場料:無料
電話:03-6712-9887
メール:gallery@tsca.jp
公式サイトはこちら

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