世界中のクライアントから厚い信頼を得ているデザイナー・片山正通。そのデザインの源泉や原動力となるものを探る。片山が愛してやまないものやこと、そして今後の展望について話を聞いた
TEXT BY MARI MATSUBARA, PHOTOGRAPHS BY YASUTOMO EBISU, EDITED BY MICHINO OGURA
片山正通の頭の中【前編】はこちら
片山正通の頭の中のムードボードーー愛してやまないものや、こと 英国のパンク・ロックバンド、ザ・クラッシュ『ロンドン・コーリング』、パブリック・イメージ・リミテッド『メタル・ボックス(セカンド・エディション)』。写真やファッションについて知ることのできるレコードジャケットは片山にとってデザインへの入り口。
80年代の雑誌『宝島』にはYMOやデヴィッド・ボウイ、RCサクセションなどのミュージシャンのほか、文壇デビューしたての林真理子なども登場。音楽、アート、ファッション、海外情報、すべてが詰まったサブカル誌はその後の片山のミーハー心や幅広い興味を培った。
尊敬する歳下の朋友、サカナクションの山口一郎からプレゼントされたギター。「使わなくなったものではなく、愛用していた大切なものをくれました。壁にはものすごく小さい字で遠慮がちにサインする。一郎君は一事が万事そういう人なのです」
アルマジロの剝製。体長3m近いシロクマ、キツネ、仔鹿などの剝製もそこかしこに。「動物の姿には、人間がつくり得ない有機的な美しさや機能美、生命の神秘が宿っています」
片山の書斎のソファの下やクロゼット脇には、革靴やスニーカーがずらりと並ぶ。最近手に入れたのは、コム デ ギャルソン・オム プリュスの2024年春夏コレクションより、シューズブランド「キッズ ラブ ゲイト」とコラボした“分裂デザイン トゥ”シューズ。ル・コルビュジエがインド・チャンディーガル都市計画でデザインしたマンホールの蓋にのせて。
時代も分野もテイストもさまざまな愛蔵品が並ぶキャビネットケース。その一角に収まるのは濱田庄司や河井寛次郎、バーナード・リーチの作品。「最近、民藝に興味が湧いてきて。年齢を重ねるとご多分に漏れず日本の古いものに惹かれるようになるのでしょうか」
昨年観た映画『aftersun/アフターサン』。「働き方改革の浸透で、スタッフは以前のように遅くまで会社にいない。寂しいので(笑)、映画でも観て勉強しようと思って。一度観ただけではわからない難解な映画に惹かれるので、帰ってからいろいろ調べて、もう一回観に行く」(『aftersun/アフターサン』 販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング)
© TURKISH RIVIERA RUN CLUB LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE & TANGO 2022
ライアン・ガンダー《The sound made by the collision of two idea(s imagine that)》(2010年)。2色で1セットのボードが一直線に並び、隣り合う色の違いによって色の印象が変わるさまを表現した作品。「いつもウィットに富んだ作品で楽しませてくれるガンダーは大好き」
サイモン・フジワラ《Fabulous Beast(s Lucky Fox 46)》(2015年)。毛皮のコートを解体し、毛をカットした平面作品は毛皮産業へのアイロニー。「僕にとって現代アートとは謎が多く、奥行きがあり、自分になかった視点を与えてくれるもの。何でも“謎解きをする”ことが楽しい」
建築家・デザイナー16組が参画した「The Tokyo Toilet」プロジェクトで片山が手がけた「恵比寿公園トイレ」。“曖昧な領域ー現代の川屋(厠)”を構築したもので、Wonderwall®の外壁と同じく、型枠の木目を残したコンクリート壁15枚で構成されたオブジェのようなたたずまい。
2023年秋にオープンした、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー地下2階の飲食・物販スペース「T-MARKET」の共用スペースと「dam brewery restaurant」「BEAVER BREAD BROTHERS」のインテリアを手がけた。「約3000㎡の中に27店が集まり、各店が店舗設計しアイデンティティを持ちながらも、境界線が定まらずゆるくつながるような空間づくりを心がけました。全体をコントロールせずノイズを意図的に出す。デザインの定義の変容を自覚した案件でした」
デザインの技術がAIに奪われる世の中がもうすぐやってくる。だからこそ人と人をつなげ、対話をし、リサーチし、空間にバグを残せるデザイナーでありたい 片山は“遊びの誘いに乗る”と表現したが、クライアントからは、リサーチの段階から非常に丁寧な対話を重ね、詳細な模型をつくって最適な解決方法を見いだしてくれるデザイナーとして評価が高い。
「実は僕自身にはやりたいことがないんです。それよりクライアントと方向性について話をしながら謎解きするのが好き。僕が欲しいものではなく、クライアントの将来に向けた経営資源をつくるのが仕事ですから。リサーチし考え抜いてコンセプトをつくり、そのアウトプットとしてのデザイン検証を繰り返す。その一連のプロセスが僕にとって遊びなのです。相手を理解したいから、時には一緒にライブや美術館にも行くし、わからないことは調べる。単純に自分が出す回答が正しいのかどうか、不安だから検証する。曖昧な情報ではクライアントとシェイクハンドできないから、目に見える形を綿密な模型で示すのは当たり前のこと」
片山がつくる空間はクライアントごとの世界観を表現して、ひとつとして似たようなものがないのも特徴だ。その引き出しの多さを支えるのは、2017年に東京オペラシティ アートギャラリーで開催された展覧会『片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.』で披露した膨大なコレクションかもしれない。オフィスにあるのはそのほんのごく一部だとか。
「仕事のためではなく、モノや知識との出会いを大事にしています。面白そうと思ったら足を運び、手に入れて、その背景をちょっと調べてみる。骨董、ヴィンテージ家具、現代アートなど、好奇心と欲望に忠実に、借金してでも買う時期もありました。無駄なものだらけですが、膨大な無駄の蓄積が、あるときデザインを奏でてくれることがある。あまりのレンジの広さに我ながら節操ないと思うけれど、開き直っています。自分の中で趣味嗜好をまとめず、研ぎ澄まさず、ぐちゃぐちゃのままでいたい。それは子どもの頃のデパート好きもひとつの理由かもしれません。あそこには食品から洋服、インテリア、ペットショップ、食堂、屋上遊園地までなんでもあるでしょ」
フットワーク軽くライブに行き、人と出会い、時間を見つけては映画館へ通う(一人で!)。アート、音楽、ファッションと業界を分断せずに、それぞれの分野の人をつなげる架け橋のような役回りも好きだという。
「きっと、『Wonderwall®みたいな仕事』とパソコンに入力すれば、AIがそれらしいデザインを簡単にはじき出す世の中がもうすぐやってくると思うのです。デザイナーの仕事自体がなくなるのではないかという危惧もあります。だから僕はプロジェクトの初期段階から関わり、対話をし、人と人をつなげ、必要な配役を集めて面白いものにしていくのが役目だと思っている。その部分さえAIが肩代わりできるかもしれないけれど、AIではバグは起きない。デザインにとってバグやノイズは絶対必要なものだと思っているので、そういうものを残せるデザイナーでありたいですね」
最後に、今後デザインしてみたいものを聞いてみた。 「学校や病院などの公共施設ですね。単に見た目を格好よくしたいのではなく、よりよく機能させるための正しい答えをデザインの力で導き出したい。渋谷区の公共トイレをデザインする『The Tokyo Toilet』のプロジェクトに参加したのは、その足がかりになったかもしれません。インテリアデザインがクリエイティブな形で社会問題を解決し、人々の役に立つこともできるということを、若手デザイナーやデザインを学ぶ学生たちに見てもらいたいと思うのです」
片山正通(かたやま・まさみち)
1966年岡山県生まれ。2000年Wonderwall®を設立。ファッションなどのブティックからブランディング・スペース、大型商業施設の全体計画まで、世界各国で多彩なプロジェクトを手がける。コンセプトを具現化する際の自由な発想、また伝統や様式に敬意を払いつつ現代的要素を取り入れるバランス感覚が国際的に高く評価されている。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科でゼミを担当。各界の多彩なゲストを招いた特別講義の内容は書籍にもまとめられている。www.wonder-wall.com
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