真鍮、アーチ、そして色(中でもピンク!)にこだわるロシア人のインダストリアルデザイナー、ハリー・ヌレエフ。彼はソーシャルメディア時代の美的感覚にぴたりとハマる空間を作り出す

BY AMANDA FORTINI, PHOTOGRAPHS BY BLAINE DAVIS,TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

 ヌレエフにとって無形の美徳である「誠実さ」とは、いいデザインを生み出すための基本となるものだ。彼は青いユニットソファを指して、こう続ける。「このソファは純粋に機能性を求めたものなのにもかかわらず、とても美しいよね」。確かに、夜遅くまで飲みながら過ごす溜まり場になるのを容易に想像できるソファだ。ヌレエフいわく、部屋をデザインする際には「便利なものだけを残す」ことを目標としているらしい。

 彼は自分が影響を受けたものとして、日本の建築(特に安藤忠雄、妹島和世と西沢立衛のユニット「SANAA」)、北欧デザイン、そして住宅を「住むための機械」と評したル・コルビュジエを挙げる。グローバルミニマリストの同志たちもまた、本人も気づかぬうちにこうした人物の影響を受け、その要素をしばしば取り入れている。「非常に多くのデザイナーが、きちんと理解しないまま先人のスタイルやアイディアを自分なりに解釈して表現しています」と言うのは、ヌレエフのユーヨークでのギャラリーのオーナーであるパトリック・パリッシュだ。パリッシュは、最近の若手デザイナーは大量のデジタル画像に翻弄され、アイデアの原点がどこにあるかを見失っていることが多いのだと語る。「その点、ハリーは違う。彼は自分が何を引用しているかを正確に把握しています」

画像: ヌレエフがモスクワで手がけたスペース。デジタルソフトを使って加工されたアパートの写真 COURTESY OF CROSBY STUDIOS

ヌレエフがモスクワで手がけたスペース。デジタルソフトを使って加工されたアパートの写真
COURTESY OF CROSBY STUDIOS

 若手デザイナーたちによるスタイルは、ある部分では、2000年代に熱狂的に再評価された「ミッドセンチュリー・モダン」の影響を受けている。ミッドセンチュリー・モダンが本来持っていたエッジーな部分をやわらげ、空間をより居心地いいものにしているのだ。しかし市場動向の結果として、ミッドセンチュリー家具の人気が高まったために、この古典的デザインは若手デザイナーたちにとっては高くつきすぎるものとなり、彼らはもっと世間で知られていない古いものにインスピレーションを求めるしかなくなった。もちろん、古い時代のものを新鮮な目で見るというのは、新世代のデザイナーにしかできないことだ。しかし彼らはたいてい、古い年代の最高傑作にしか触れてきていない。それも“マーガレット大叔母さん”のアパートで実際に見たわけでもなく、雑誌や本で見ただけだ。そして、たとえばアーチのようなシンプルなフォルムは、より複雑なデザインに比べて職人的な技術を必要としないのも事実だ。

 モスクワ建築大学で6年間勉強したヌレエフは、アーチという形状に惹かれた理由について、「とても古典的な形だったから。ローマ、イタリア、ギリシャ様式に見られるような」と言う。そしてアーチをどうやったら「現代社会で使えるか、セクシーにできるか」を探ろうとした。2014年にアーチを使い始めた当初は「奇妙な感じに見えた」。同様に最初は「女の子っぽく見えた」ピンク色は、どうしてその色を使うのかとよく尋ねられたという。「誰もが僕の真似をしたってわけじゃない。ただ僕はそこに何かを感じたというだけさ」

 ヌレエフが子供時代を過ごしたロシアの影響を見つけることは難しいが、ひそやかではあるものそれは確実に存在している。キッチンの壁には、青い額に入った、朝鮮とロシアにルーツをもつのミュージシャン、ヴィクトル・ツォイのポスターが飾られている。ツォイは1980年代に人気を集めたミュージシャンで、ヌレエフいわく「ロシアのパティ・スミス」とのこと。また、ソファの上の壁には、近所のロシア正教会からもらった、改革者「ラドネジの聖セルギイ」の描かれたパンフレットがテープで留められている。「アメリカでソファの上に絵画を飾るように、ロシアでは金色の額に入ったロシア正教の宗教画“イコン”を飾るのが習慣なんだ」。彼の場合はアメリカとロシア双方の伝統を意識してはいるが、どちらにも固執していない。

画像: ヌレエフ本人の事務所兼ショールーム COURTESY OF CROSBY STUDIOS

ヌレエフ本人の事務所兼ショールーム
COURTESY OF CROSBY STUDIOS

 彼の自宅オフィスには、アイディアの元となる素材を視覚的に構成した“ムードボード”があり、そこには昨年12月に開催された国際デザインフォーラム「デザイン・マイアミ」で展示する最新プロジェクトのスケッチがいくつもピンで留められていた。今回ヌレエフは初めて、デザインに自らのアイデンティティを取り入れることにした。ロシア人のブリキ職人たちとともに、ロシアの伝統的な煙突のデザインをもとにしたランプのシリーズを作ったのだ。職人技による格子細工は美しく華麗で、これまで彼が見せてきた明るいミニマリズムとは一線を画している。にもかかわらず、これらのランプが映し出すレース状の影は、相変わらず、今までの作品に劣らず“インスタ映え”している。

 私が引き上げる前、ヌレエフは自分がデザインを手がけたモスクワの「ブロンズグロー」というヘアサロンの写真を見せてくれた。キラキラ輝く什器に崩れかけた壁といった、彼の十八番であるハイ&ローの対比が鮮やかだ。トイレは天井も壁も、全面的に赤く塗りつぶされている。「次にハマるのは赤のような気がする」とヌレエフは言う。そもそも、ひとつの色のどういったところに惹かれるのか? またどんなときにその色の使命が終わったとわかるのか? と尋ねると、彼は言った。「人間関係と同じさ。それはいつになっても謎なんだ」

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