真鍮、アーチ、そして色(中でもピンク!)にこだわるロシア人のインダストリアルデザイナー、ハリー・ヌレエフ。彼はソーシャルメディア時代の美的感覚にぴたりとハマる空間を作り出す

BY AMANDA FORTINI, PHOTOGRAPHS BY BLAINE DAVIS,TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

画像: 別アングルから撮ったヌレエフのリビング。“レイジー・スーザン”(食卓などに置く回転台)からアイディアを得たローズゴールドの本棚と、それにマッチングさせたチェア

別アングルから撮ったヌレエフのリビング。“レイジー・スーザン”(食卓などに置く回転台)からアイディアを得たローズゴールドの本棚と、それにマッチングさせたチェア

 いまヌレエフが住んでいる、第二次世界大戦前に建てられたワンベッドルームのアパートにも、この「小さな建築」の例を見ることができる。彼が“ダーチャ”(ロシア人が夏を過ごす、郊外のセカンドハウス)と呼ぶこの部屋には、随所に例の悪名高きピンク色がちりばめられている。1920~30年代のイタリアのファシズム時代のビルにも似た組み立て式の本棚は回転式で、“レイジー・スーザン”(食卓などに置く回転台)からアイディアを得たもの。アメリカの画家・彫刻家ドナルド・ジャッドの代表的モチーフであるキューブを思わせる椅子もある。ヌレエフはこの本棚と椅子の両方を、ローズゴールドのステンレスで作った。キッチンとダイニングルームを隔てる室内窓にはピンクのアクリル樹脂がはめ込まれていて、向こう側の空間が赤く染まって見える。

 色彩に関しては、ヌレエフは以前からずっと“モノガミスト”(恋愛の対象がつねに1人で、別れるとすぐ次の相手を求めるタイプ)だ。「僕にとっての色彩は、人間みたいなもの」と彼は言う。「恋に落ちると、その関係がうまく行くようできるだけ努力するんだ」。彼はピンクにはかなりはまったようだが、最近夢中になっているのはロイヤルブルーだそうだ。均一な明るい色合いで、彼が好む真鍮と同様、かつて帝政ロシア時代のシンボルだった色でもある。

 キッチンでは、食器や調理道具は一対の青いキャビネットの中に隠されており、蛇口と流しは同じ青色で吹き付け塗装されている。広くて風通しの良いリビングに置かれた低めのユニットソファは、青いビニールのクッションの上に青いコットンの枕を乗せただけのシンプルなもの。そのすぐ隣にある青いコーヒーテーブルは、ヌレエフの代表作である三脚付きのステンレスの作品「1 on 2」と「2 on 1」のひとつである。このシリーズはウェストハリウッドのギャラリー「ノット・ソー・ジェネラル」で販売されている。

画像: ビック社のボールペンで作られたペンダントランプの下にあるのは、吹き付け塗装を施したキッチンのキャビネット

ビック社のボールペンで作られたペンダントランプの下にあるのは、吹き付け塗装を施したキッチンのキャビネット

 ダイニングルームには、青い大理石の長いテーブルの周囲に、色もデザインも同じ椅子が6脚置かれている。脚の1本がアーチ状の背もたれも兼ねている椅子だ。そしてダイニングルームとキッチンの両方に、大量のビック社の青いキャップのボールペンがシェードになった、ヌレエフ手作りのペンダントランプが天井から吊るされている。「なぜこのペンじゃなきゃいけなかったのかって?」と、彼は少し芝居がかった感じで言った。「第一に、ソ連の子どもたちは全員、こんなペンを学校で使っていた。第二に、あれは僕の色だからさ」

 認めたくはないかもしれないが、私たちの多くはソーシャルメディアにアップするためだけに、美術館を訪れたりデザートを注文したりしたことがあると思う。同じように、インスタグラムで見かけるインテリアの多くは、まるで写真に撮ることを前提としてデザインされているように見える。しかしそうした空間のほとんどは生気がなく、過剰に恣意的な印象を与える。写真のために整えすぎるあまり、実際に人が住み、時を経るにしたがって漂うはずの生活感や、自然に生まれるはずの統一感がないのだ。

 ヌレエフのアパートも確かにフォトジェニックだ。彼はカラーブロックを使って空間を区切る才能があり、フレームに収まるのにふさわしい一角を作り上げることができる。しかしそれでいて、その空間は不完全であるがゆえの居心地のよさも醸し出している。この人間味は、例えばヌレエフが道端で見つけた手の形をした黒いプラスチックの椅子や、机の上に置かれたボウルに盛られたマッキントッシュ(リンゴの一品種)にも見てとれる。そのリンゴの香りは、コーカサス地方の農業の拠点であるスタヴロポリで育った子供のころを思い出させてくれるのだという。このアパートは彼の作品のショールームといってもいいほどだが、本人は「みんなが写真をチェックするウェブサイトとは違う。ここにあるのは誠実さなんだ」と言う。

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