9丁目のタウンハウスで、グリニッチビレッジに今も息づくボヘミアンのスピリットを大切に守り続ける仲間がいる。―― 少なくとも今年の9月までは、その炎を絶やさぬようにと

BY MARY KAYE SCHILLING, PHOTOGRAPHS BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 どんな分野であれ、若いクリエイターたちにとって安い家賃と仲間との距離の近さは決して譲れない条件だ。かつて、ビレッジのアーティストたちは同じ建物か同じブロック内、あるいは少なくとも老舗バーの「コーナー・ビストロ」や「ライオンズ・ヘッド」で集まれる近距離に住み、一緒に飲んだり、互いに挑発したり触発しあったりできる環境にあった。今では、クリエイティブなコミュニティはブッシュウィックからアストリア、ベッドフォードスタイベサントまで、いくつかの行政区をまたいで広がり、コラボレーションはウェブ上で行われている。

「私の仕事のほとんどのやりとりはネットを通してだし、実際に会って打ち合わせすることはもうないわね」とジュラヴィッツは言う。「そうは言っても、誰かと空間をシェアするとやっぱり違う。たとえばトイレに行く途中に偶然その空間にちょっと立ち寄るだけでも、創造性やアイデアが湧いてくるから」

画像: アパートメント2 フロスト夫妻の居間。噂によれば、ジャズ・ミュージシャンのデイヴ・ブルーベックが小型のグランドピアノを弾いたという

アパートメント2
フロスト夫妻の居間。噂によれば、ジャズ・ミュージシャンのデイヴ・ブルーベックが小型のグランドピアノを弾いたという

 彼女は最近、フロスト夫妻の部屋を初めて訪れた。どの部屋も、チャールズ・ディケンズの小説『大いなる遺産』のミス・ハヴィシャムのように時が止まったままだった。「遺品を通して、もうこの世にいない人々に触れるのは、なんともいえない感動だった」とジュラヴィッツは語る。「今は、いずれ粉々になって消えていく彼らの遺品たちが、最後に憩うひとときなの」

 ボヘミアンたちのグリニッチビレッジの名残であるこの建物自体も、おそらく今年の終わりにはあとかたもなく消えてしまうかもしれない。フロスト夫妻が死後にこの建物を寄付した団体は、ここを975万ドル(約10.7億円)で売りに出した。今年の9月をもって、住民たちはここから出ていかなければならないだろう。「僕たちは全員、なんとかこの建物を買う方法を見つけられることを願っていたんだけど」とシュワルツは言う。シャプトン、ジュラヴィッツ、サンタンジェロの3人は、進んで1年だけの賃貸契約を結び、ここに住み続けることになった。絶えず何かが消滅していくニューヨークという街で、それはこの独特な建物に対する愛情の証しだ。

 ニューヨークでは、誰にも看取られず、アパートで孤独死することへの恐怖が根強くある。フロスト夫妻はエキセントリックさの塊のような存在だったが、クリエイティブな人間たちの中でも、誰がコミュニティや家族的な関係を築けそうかを見抜く本能をもっていた。シュワルツは、この記事のためにアパートを撮影することに当初反対していた。極端なまでにひっそりと暮らすことを好んだ夫妻への裏切り行為になるのではと恐れたのだ。だが、彼はその考えを翻した。「もしかしたら写真に残すことは、誰にも知られずに世を去ったかもしれないフロスト夫妻にとって、いい記念碑になるかもしれない」と彼は言う。「僕たちは誰しも、まわりの人間に小さな幸せをおすそわけしたいと願うものだからね」

「グリニッチビレッジの面影を残すアパートメントに暮らして」前編 へ

 

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