9丁目のタウンハウスで、グリニッチビレッジに今も息づくボヘミアンのスピリットを大切に守り続ける仲間がいる。―― 少なくとも今年の9月までは、その炎を絶やさぬようにと

BY MARY KAYE SCHILLING, PHOTOGRAPHS BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 入居してから、彼女らはこの建物の住民全員を招いて祝日にパーティを開いた。「まさに何でもありって感じで、本や映画で見たボヘミアンたちのグリニッチビレッジの光景そのものだった」とシュワルツは言う(唯一、昔と違って存在しなかったのは、部屋に充満する煙草の煙だ)。この建物に住む住人すべてが、かつて一度は、そんなニューヨーク生活を夢想していた。「でも実際にこの街に引っ越してくると、それは幻想に過ぎなくて、心に描いたビレッジはもう存在してないと気づいた」とジュラヴィッツは言う。「このアパートでの生活は、想像していたビレッジにいちばん近いというわけ」

画像: アパートメント6 作家のジェフリー・ シンプソンの寝室。家族の思い出の品々が飾られている

アパートメント6
作家のジェフリー・ シンプソンの寝室。家族の思い出の品々が飾られている

「つまりこういうことだ」。シュワルツは言う。「ここの家賃は激安ってわけじゃない。適正価格だとは思うけどね。われわれは食うに困っている貧乏アーティストじゃないし、他人の家に入り込んで占拠してるわけでもないんだ。でも、通りの向こう側を見れば、ビル一棟が3,900万ドル(約42.9億円)で売れたりしている」。彼は窓の向こうに建つ10丁目タウンハウスの裏を指さした。「そしてあのビル。あの建物のアパートは、ひと月の家賃が2万ドル(約220万円)だ。うちのアパートみたいな場所がどんどん消えていくのは、なんて不幸なんだと思わずにはいられないよ」。言葉を換えれば、若い頃のボブ・ディランのような住人はいなくなり、セレブリティ女優のメアリー=ケイト・オルセンのような人物が隣人になるというわけだ。

 1980年頃にはグリニッチビレッジがさま変わりしはじめ、エイズの蔓延によってその変化は急速に進んだ。住民が亡くなったり引っ越したりしたあとには、家賃は4倍にも跳ね上がった。ビレッジがヤッピー化するにしたがい、アーティストたちはイーストビレッジに脱出していった。そして数年のうちに、グリニッチビレッジがクリエイティブの中心地だった時代は終わりを告げた。

 

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