枝編み細工の高級家具を生み出す技術は、今や絶滅の危機に瀕している芸術だ。そんな中、ヨーロッパにある3つの工房が古代から伝わる伝統を継承しようと力を尽くしている

BY DEBORAH NEEDLEMAN, PHOTOGRAPHS BY DANILO SCARPATI, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

ボナチーナ
<イタリア・ルラーゴデルバ 1889年創業>

画像: ボナチーナの工房で。レンゾ・モンジャルディーノのデザインを再現した椅子と、フランコ・アルビニのデザインによる照明器具と椅子

ボナチーナの工房で。レンゾ・モンジャルディーノのデザインを再現した椅子と、フランコ・アルビニのデザインによる照明器具と椅子

 長年、ヨーロッパの最も洗練されたインテリアデコレーターたちに秘密兵器として重宝されてきたのが、ボナチーナだ。ミラノ北部で創業以来128年の歴史をもつ枝編み家具の会社で、創業者の孫のマリオと妻、そして子どもたちが後を継いでいる。長年同社で働いてきた従業員たちのほとんどは地元に住み、みんな昼どきには家に帰って昼食をとる。男性たちが太い棒状の籐を熱して曲げる力仕事を請け負い、女性たちは編み込み作業をする。私が工房を訪れた日には、ボナチーナで働いて50年になるルイージ・メローニがコーヒーテーブルを作り、そのかたわらではセシリアとローザ姉妹が椅子を編んでいた。

 ここで三世代以上にわたって、数千種類ものデザイン作品が手作りされてきた。たとえば建築家でデザイナーのレンゾ・モンジャルディーノ考案による、太陽の光線が四方に広がるデザインの伝統的な肘掛け椅子や、もっと最近ではマリオ・ボナチーナがデザインした、薄い鉄製のシートを曲げたように見えるきゃしゃな長椅子など。同社は、そのほか多くのデザイナーたちとも協業してきた。ガエ・アウレンティ、ジオ・ポンティ、ジョエ・コロンボやフランコ・アルビニなどだ。なかでも最も有名なのは、モンジャルディーノとの何十年にもおよぶコラボレーションだろう。モンジャルディーノは、イタリア社交界のセレブリティであったマレラ・アグネリの自宅デザインを任され、彼女のために優美で伝統的な形の椅子やソファ、そのほか数々の作品もデザインした。アグネリの自宅はスイスのサンモリッツ、ローマ、ニューヨーク、モロッコのマラケシュにもあり、彼はそのすべてのインテリアデザインを任されていたのだ(よく知られた話だが、アグネリは米国のある成金の家を訪れたあと、その女主人について「彼女が枝編み家具のよさを理解するには、もう一度人生をやり直すくらいの時間が必要でしょうね」と語ったという)。

 さらに、ピーター・マリーノやジャック・グランジェ、ダニエル・ロマオルデスといった現代のデザイナーや建築家たちも、同社の控えめで優美なデザインを称賛している。ボナチーナの、肘掛け部分が美しく傾斜したアームチェアや、ゆったりとした流線形のラウンジチェアは、レ・シレヌーゼ、フランシス・フォード・コッポラのパラッツォ・マルゲリータ、ヴィラ・フェルトリネッリなどのイタリアのホテルにも置かれている。

ソアン
<イギリス・レスターシャー アングレイブスとしての創業は1912年>

 2010年、ナイジェル・アングレイブは、祖父が100年以上前に創業した会社を閉鎖するという危機に直面していた。職を失い、家族経営のビジネスを手放すだけではない。同社は英国で現存する最後の籐編み工房であり、その閉鎖は伝統的な枝編みの芸術が英国から永久に消えることを意味したのだ。そこに手を差しのべたのが、ソアンのオーナーのルル・ライトルとクリストファー・ホッドソルだ。ソアンは英国各地の職人たちの手で作られる家具や布地にこだわるロンドンの企業だ。彼らはレスターシャーにあるアングレイブスの工房を買い取った。レスターシャーはかつて英国の籐産業の中心地であり、ビクトリア時代がその最盛期だった。さらにソアンは、10代の頃から40年以上も籐工芸に携わってきたアングレイブスの枠作り職人ミック・グレゴリーと、編み込み職人の匠フィル・エアーズも雇い入れた。

画像: ソアンの工房で。複雑な手法で作られた化粧テーブルと制作途中のヴィーナスチェア。この椅子を編むのに3日間かかる

ソアンの工房で。複雑な手法で作られた化粧テーブルと制作途中のヴィーナスチェア。この椅子を編むのに3日間かかる

 ライトルはアングレイブスの伝統的なデザインに、英国カントリークラシックの遊び心ある要素を加えて甦らせた。背もたれにダイヤ形の模様をあしらった高いバースツールや、硬く編み込んだ籐でできた小さなサイドテーブル、伝統的なかご編みの手法で作られたランプシェードなどだ。ソアンの作品の多くは複雑な構造をしている。さざ波の形をしたテーブルは、やさしく波打つ布地を束ねたよう。ヴィーナスチェアの背の部分は、花びらのようにも見えるホタテ貝の形をしている。材料をこんなふうに自在に変形させるには、素材を何度も直火であぶり、水につける工程が欠かせない。英国製の枝編み細工の市場を開拓し、その価値を再び認めさせることに成功したホッドソルとライトルは、内弟子制度を新設し、さらに7人の職人(男性6人と女性ひとり)を採用。グレゴリーとエアーズが彼らの指導を行うことになった。「これが本当に最後のワークショップになるわけだから」とライトルは言う。「この技術が永遠に失われてしまう前に、なんとしても次世代を育てなければ」

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