造園設計家のジョン・ベイテルが目指す「土地を知り尽くし、そのありのままの姿を活かした」庭づくり。その理想的な景観が、ロングアイランド東部にある

BY MICHELLE SLATALLA, PHOTOGRAPHS BY ERIC STRIFFLER, TRANSLATED BY AKANE MOCHIZUKI(RENDEZVOUS)

画像: 絶壁の上にある、サッサフラスと野生の桜に支えられたハンモック。どちらの木も、ベイテルの依頼主がこの6エーカーの敷地を買った時からあったものだ

絶壁の上にある、サッサフラスと野生の桜に支えられたハンモック。どちらの木も、ベイテルの依頼主がこの6エーカーの敷地を買った時からあったものだ

 車のフロントガラスを通して、しだいにあたりの詳細が見えてきた。黄金色の小さな草原が屋根を覆っている。それは、どんよりと薄暗い今日のような空にも鮮やかに映えて見えた。雨で吹き寄せられて垂れ下がったノラニンジンの白い小さな花と、オレンジ色のヤナギトウタが、そこにささやかな色を添えていた。何本かの見事な古木が、空を背景に美しいシルエットを描いている。その古木の林には、土地のオーナーが、リノベーションをする際も手をつけないように命じたプラタナスの巨木も含まれている。私が目にしていたのは、まさに典型的なアメリカの景色だ。ロング・アイランド島出身の詩人、ウォルト・ホイットマンが大草原を「しんと静まり返った闇のなかで、純然と輝く色」と表現したときも、きっとこんな景色を思い描いていたことだろう。

 この庭は、あるいは庭園らしからぬ庭と言えるかもしれない。最近ではこの庭のように、手をかけずに育つ野生の低木と耐寒性の多年草が生い茂った、グリーンにグリーンを重ねたような限られた色彩の景色が人気の主流となっている。こういう庭を求めるのは、のどかなところで暮らしたいけれど、庭いじりはしたくないと思っている住宅所有者たちだ(「私がこの仕事を始めた頃は、依頼人の多くはガーデニングをするのが大好きで、いつも庭仕事をしていた。週末だけという人もいたけれどね。でも今や、手間のかかる庭は結局、長続きしないんです」とベイテルは言う)。

画像: プールへと続く階段を、多年草や丸い花をつけたアリウムが縁どる

プールへと続く階段を、多年草や丸い花をつけたアリウムが縁どる

 庭というのは、そこに住む家族の暮らしぶりを映し出すものだ。造園して3年が経つこの庭は、年の大半を子どもたちとともに香港で過ごす、起業家のフランス人夫婦が所有している(プライバシーを守るため、匿名を条件に彼らがインタビューに答えてくれた)。夏になると、この家族は6週間かそれ以上をロング・アイランド島で過ごす。ハンモックに揺られたり、プールで泳いだり、ディナーの後にサッカーをしたりして、たいていの時間を屋外で過ごすのだ。それ以外の期間は夫妻は仕事で世界中を飛び回っているため、ほとんど手入れをしなくてもいい庭を必要としていた。

 それはベイテルにとっても好都合だった。「手入れの行き届いた見た目には、うんざりなんだ」とベイテルは言った。「原点に立ち戻ってその土地をよく知り、もともとそこにある光や環境を感じとる。これほどワクワクすることはない。そうして、それをデザインに取り込むことによって、従来の庭とは異なる庭ができあがるんです」

 また、いかなる庭も、その庭を造園した人のひととなりを映し出す。56歳になるベイテルは、熱心な園芸一家に育った。「シチリア人の祖父は広大な庭を所有していた。私たち家族にとって欠かせない、とても美しい庭でした。シンプルな柵やガーデンボックスといった祖父の職人的な手仕事を見ると、その庭に対する祖父の思いがよくわかります。どうやって土地と調和し、その土地の魅力を引き出したらよいのかを、私は祖父から学んだのです」と彼は言う。

 この庭のように自然のままの景観を生かすという手法はまた、ニューヨークにあるハイライン公園(※1)から発したものでもある。2009年、オランダの造園家であるピエト・オードルフは、マンハッタンの鉄道の高架跡地に、草地と野生の花々が絵画のように広がる景観を初めてつくり出した。ロッキー山脈の東側にあるグレート・プレーンズと呼ばれる手つかずの広大な草原地帯と力強い地平線へのあこがれを反映させた「プレーリー・ガーデン・ムーブメント」(※2)という造園術が20世紀に広まった。このハイライン公園は、そのムーブメントへのオマージュとして造景されたものだ。以来、この公園のデザインは米国じゅうの造園家に影響を与えている。

※1 マンハッタンにあった、ウエストサイド線と呼ばれる廃止されたニューヨーク・セントラル鉄道の高架部分に建設された公園
※2 プレーリーとは、アメリカの在来種を中心としたアメリカ大陸中央部に位置する草原地帯

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.