21世紀に生きる家族が、12世紀のオーストリアの城に移り住むとき、時代とスタイルが衝突し、新しいものが生まれる

BY TOM DELAVAN, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: 円形の書斎の19世紀後期に描かれた中世風のフレスコ画は、リヒテンシュタイン家の家系図を表している。家系図は1800年代中期まで、30世代をさかのぼる

円形の書斎の19世紀後期に描かれた中世風のフレスコ画は、リヒテンシュタイン家の家系図を表している。家系図は1800年代中期まで、30世代をさかのぼる

 城に住み込んだアーティストたちの作品は、2018年5月にホレネック城のあちこちに展示され、一般客に初公開される。その際、そのほか約20人の、アリスが選んだ世界各地のデザイナーたちの作品も一緒に発表される。昨年の展覧会のタイトルは「モーフォシス(形態形成)」と名付けられた。環境変化に応じて自らの姿を変えていくこと、すなわち、つい見すごされがちな、ゆるやかな、しかし重要な進化の過程を、展覧会を通して表現した。オープニングの夜には、ヨーロッパや中東からの客が集い、イビサ島出身のDJが選曲した音楽で踊り、普段はブラインドが閉じられ、静寂に包まれている部屋に、若さと命が吹き込まれた。それに続く1カ月間、アリスが城を一般公開すると、長いことホレネックの近くに住んでその噂を聞いていながらも、中に入ったことは一度もなかった地元住民たちが、興味津々で集まってきた。今年の展覧会のテーマは「レガシー」。前の世代から引き継いだものの大切さを、デザイナーたちに自分自身で、また人と共有しながら掘り下げて表現してほしいという願いを込めた。3年前に、ホレネックで最初の展覧会を「スロー」という主題で開催したときから、アリスは受け継がれる遺産というものに魅了されてきた。

画像: この「青の部屋」の名は、壁を覆う、金銀の模様を織り込んだ19世紀のベルベット地に由来している。時代を経て、この布の一部は緑色に変色した。イエス・キリストの聖家族像を描いた宗教画が、17世紀に作られた4本の支柱つきベッドの、頭の部分に掛けられている。ベッドを覆うのは、刺しゅうを施した絹のカバーだ

この「青の部屋」の名は、壁を覆う、金銀の模様を織り込んだ19世紀のベルベット地に由来している。時代を経て、この布の一部は緑色に変色した。イエス・キリストの聖家族像を描いた宗教画が、17世紀に作られた4本の支柱つきベッドの、頭の部分に掛けられている。ベッドを覆うのは、刺しゅうを施した絹のカバーだ

画像: アルフレッドの先祖たちの肖像を彫った石膏の円形プレートと、ノロジカの角製の狩猟トロフィーが、重厚な装飾が施された17世紀の扉の周囲に飾られている。トウヒとブナ材を使ったシンプルな床は、仕上げを施されることなく何世紀も放置された。漆喰の壁は、石垣に似た模様に塗られている。19世紀に取り付けられたネオゴシック式の窓は、当時の流行の最先端だった

アルフレッドの先祖たちの肖像を彫った石膏の円形プレートと、ノロジカの角製の狩猟トロフィーが、重厚な装飾が施された17世紀の扉の周囲に飾られている。トウヒとブナ材を使ったシンプルな床は、仕上げを施されることなく何世紀も放置された。漆喰の壁は、石垣に似た模様に塗られている。19世紀に取り付けられたネオゴシック式の窓は、当時の流行の最先端だった

 そして今、都会から離れ、ゆったりとした暮らしを通して新しい発想やアイデアを得ていくうちに、テクノロジーや未来的であることが重視され、そして何より、スピードが速いことが最も価値があるとされる現在の文化では、「スロー」であることがマイナスとして捉えられがちであるという状況を、改めて問い直したくなったのだ。実際、アリスが田舎の城に価値を見いだして愛情をもつようになるにつれ、彼女は家族やコミュニティに対して、より大きく豊かな意識を抱くようになっただけでなく、“時”に対する感覚も拡大したという。「都会に住んでいるとつい、“自分”のことばかり考えてしまう。“私のアパートメント”“私の仕事”というふうにね」と彼女は言う。「今、私は、人生をもっと大きなものさしで見るようになった。自分の子どもの世代のことだけでなく、3世代先まで見据えている。アルフレッドが今日植えた木は、私たちの孫たちが切ることになるわけだから」

光陰の矢の先にあるもの <前編>

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