BY TOM DELAVAN, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO
ルキノ・ヴィスコンティの映画『山猫』を見て城に住む貴族に憧れた少女、アリス・ストリ・リヒテンシュタイン。長じてキュレーターとなり、ミラノでの都会生活を満喫していた彼女が、結婚した相手はオーストリアの古城を所有する一族。城の女あるじとなり夢がかなったかに見えたが、田舎暮らしを受け入れることはなかなかの試練だった。彼女は古色蒼然たる城に、思い切ったリノベーションを施すことにした。
永遠に終わらないかに見えるリノベーション作業の最中でも、アリスはこの城を自分が所有しているのだと感じたことは一度もなかった。夫が相続したこの城を、なんとか彼女仕様にもしようと努力したが、いつも思いどおりにいかず、イライラした。そして、ついに2015年(この頃、彼女はフリーランスとしての仕事の軸足を、展覧会のデザインから、個人で行うキュレーションプロジェクトに移した)、この家をただ支配しようとするよりも、自分のパートナーにしてしまおうと決意したのだった。まず最初に、アートやデザインの分野で作品を発表している23人のデザイナーを招いて、グラーツで試験的な展示を行うことを計画した。
その中には、スコットランド人のデザイナー、ディーン・ブラウンや、ボツワナのハボローネ出身のピーター・マベオもいた。マベオの家具は、アフリカの職人技にヨーロッパ的なセンスを融合させた作風だ。「ほぼ全員が誘いに乗ってくれたのには驚いた」と彼女は言う。さらに、アリスはもっと野心的な考えを思いつく。もし、ホレネックが現代デザインの世界から隔絶されているなら、逆にその世界を、ホレネックに持ち込んでしまったらどうだろう? 2016年には、ブラウンのほか、手工芸とテクノロジーを融合させたコンセプチュアルな作品で知られるベネチアのスタジオ、ミシャー’トラクスラーや、作品のモチーフに植物を頻繁に取り入れているイタリア人の二人組アーティスト、ドッソフィオリートを誘い、彼らに城に実際に住み込んで作品を作ってもらうというプロジェクトを始動させた。彼らはそれぞれ数週間ずつ城に住み、何世紀もの歴史のある家具に囲まれて暮らし、ホレネックの常設展示として残せるような、この場所に合った作品をアリスと協力して作り上げた。ブラウンは多面体の棚を作り、二つある中庭のひとつを見渡せる廊下にそれを置いた。中庭には長年かけて収集されたさまざまな宝物が陳列されており、中には(スウェーデン人のデザイナー)ヒルダ・ヘルストロムが作った蓋つきの壺や、(ロンドンを拠点とする二人組のアーティスト)スタジオ・ファーザーモアの花瓶のコレクションなどもある。ドッソフィオリートは、ガーデニングを愛したアルフレッドの祖母、プリンセス・ルドミラへのオマージュとして、アンティークの陶器から着想を得て、球根を栽培するのに使うガラスの花瓶を作った。
現在、アリスは毎年、数人のデザイナーを選んで城に住まわせている。彼らを支援し、時には厳しく指導しながら、城の歴史の土台の上に、彼らなりの表現を描くように奨励している。「すべての部屋を探索し、あらゆる引き出しを開けてみる」ことを彼らにすすめ、それでいて、彼らが歴史の迷路の中に迷い込み、作品を完成させられないということがないように見守ってもいる。昨年の秋に、ウィーンのデザインスタジオ、ブレディッドエスカロープのメンバーが城を散策していると、アルフレッドの先祖のハインリッヒ・リヒテンシュタインが書いた日記が見つかった。ハインリッヒは冒険家で、アメリカ合衆国の18代目の大統領、ユリシーズ・S・グラントとともにバッファロー狩りをし、カリフォルニアから、レッドウッド(アメリカ杉)の若木を持ち帰ってきた。その木は今、城の壁を見下ろすようにそびえ立っている。アリスはブレディッドエスカロープのアーティストたちにその木々のうちの1本を切ることを許可し、彼らは木を削ってテーブルと、それに合う2脚の椅子を作った。