BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY GION
京都の北、住宅街の細い道を上っていくとコンクリートとガラスが印象的な建物が現れる。「NISHINOYAMA HOUSE」(以下・西野山ハウス)と表示された建物は、建築家の妹島和世が設計した集合住宅だ。ここにはすべて間取りの異なる10棟の住居がある。
私がこの集合住宅の存在を意識したのは、昨年、T JAPANの取材でSANAA(妹島和世と西沢立衛による建築ユニット)が手がけたコンサートホール「荘銀タクト鶴岡」を訪れたときだ。オープンを祝い開かれた妹島主催のディナーには、東京から2組のアート関係者が参加していた。話していると、「窓が開いていたから閉めておいたわよ」「次の週末はどうするの」といった家族のような会話が飛び交い、妹島もそこに参加する。このつながりはなんだろうと思っていると、彼らが西野山ハウスの住人であることがわかった。果たして西野山ハウスでは何が起きているのか? 興味を惹かれ、この建物とそこに住む人々を訪れた。
西野山ハウスが完成したのは2013年。妹島の建築事務所の元スタッフで、この集合住宅の設計に関わっていた周防貴之は、1年ほど前からここの住人となった。「自分が設計に関わった家に住むという機会はめったにありません。実際に住んでみるとどう思うのだろう、と考えて居住を決めました」という。
妻の紗弥香とふたりで暮らす家は、各部屋がテラスでつながる4DKの住宅だ。四方がガラスとなった透明の家で暮らすことについて聞くと、「最初は胆力が必要でした。でも不思議と慣れてくるんです」と紗弥香が笑う。「ここは場所も機能も生活もシェアしている感じがします。もはや買い物に行く車もシェアするぐらい(笑)。住まい方もお互いにアドバイスしあうようになりました」。
まるで昔の長屋を思わせる話だが、住人間のコミュニティが生まれることは、設計当初はここまで想像していなかったという。「設計段階では、建物のオーナーである長谷さんは京都の新しい集合住宅を考えてほしいということでした。漠然と、住み手同士のつながりができればというイメージはありましたが、住んでみると想定以上に有機的なコミュニティができあがっていて、逆に驚いています」と周防は語る。
設計段階でポイントになったのは屋根のデザインだった。京都の景観条例では、住宅は勾配屋根にしなければならない。モダンな集合住宅で伝統的な日本家屋に見られる勾配屋根をどうデザインするか。試行錯誤を重ねた結果、ひとつの大きな屋根を、敷地の周囲にある住宅の屋根と似た大きさの21枚の屋根に分割し、全体でひとつの勾配屋根として見立てるというプランが生まれた。各住居は約2.5枚の屋根を持ち、そのうち1枚は隣と共有する。共有する屋根の下には隣家の庭やテラスが入ることになり、結果としてシームレスな空間ができあがった。元住人で映像作家のクリスチャン・メルリオは西野山をテーマとした映像作品を作成しているが、その中で妹島は「10軒の家を10個つくるという形にはしたくありませんでした。全体でひとつにしたいという思いから、ああいう屋根が生まれました」と語っている。
ガラス作家の三嶋りつ惠は、妹島建築への興味から住人となった。ベネチアのアトリエと京都を1カ月ごとに行き来する三嶋は、京都に別の住まいも持っている。同じ場所に2軒の家はいるのだろうかと一度は西野山ハウスを諦めたが、「1週間たったら気分が落ち込んで」、ゲストハウスとして借りることを決意した。「以前から宇宙船のような建物がこれからの京都には合うと漠然と思っていたのですが、ここにきてみたら現実にできていた。ひと目惚れです」。
さらに動機のひとつとして、ガラス張りの空間をガラス作品で埋めたいという作家としての欲求もあったという。「透明の中に透明を置くとどうなるのか、反射の反射はどう見えるのか。ここはインスピレーションが降りてくる場でもあります」
現代美術家のガーダー・アイダ・アイナーソンと、マーケティングPR会社の代表を務める本田美奈子の一家もまた、西野山ハウスをセカンドハウスとしている。きっかけは住人が開いたパーティを訪れたことだった。5歳の息子を持つふたりは「ユニークな建築に触れながら育つのは子どもにとっても面白い経験なのでは」と思ったという。学生時代、建築を専攻したこともあるガーダーは、ガラスの建物だからこそ気づく刻々と変わる光や雨音、雪景色などの多様な環境について語り、「建築は実際にそこで過ごしてみないと理解できない」と述べる。
3つの家の取材を終えると、周防家で催されている昼食に誘われた。住人同士は、週末になると朝食や昼食を一緒にとることも多いという。テラスに置かれたテーブルの上には、みなが持ち寄った料理が並べられている。チーズや果物を盛り合わせた大きなガラス皿とグラスは三嶋のもので、以前、周防家に持ち込み、そのままここに置かれている。
「こんなところはほかにないと思う」と三嶋はいう。「オーナーの長谷さんも含めて、仲間のような家族のような意識がみんなの中にある。他人のために何かをしなければではなく、つい自然にそうしてしまう感覚を共有しているんです」。セカンドハウス利用の者も多いため全員が揃う機会はなかなかないが、年に二度、大文字の送り火と年末年始は住人たちが集い、妹島もその際には参加する。「住む人たちが作り上げてくれた」と妹島も語る西野山ハウスのコミュニティ。未来の家族像ともいえる共同体がここには生まれていた。