今年のミラノサローネにおいてひときわ目を引く展示で話題となった「DAFT about DRAFT」。家具は空間の中でどうあるべきかを追求するデザイナーの山下泰樹に話を聞いた。

BY KANAE HASEGAWA

画像: 今年4月開催のミラノサローネ会場で、光のピクセルが無限に広がるような空間の中で家具を見せた。

今年4月開催のミラノサローネ会場で、光のピクセルが無限に広がるような空間の中で家具を見せた。

 直径5㎝の透明なアクリルの玉が1万3000個あまり、高さ4mを超える天井から床までグリッド状に張り巡らされた空間の前で、人々の足が止まる。今年4月にイタリアで開催された世界最大規模の家具の見本市「ミラノサローネ国際家具見本市」に出展した、「DAFT about DRAFT(ダフト・アバウト・ドラフト)」の展示の光景だ。世界各地の家具のバイヤーや建築家、ジャーナリストたちが、膨大な数の展示を見るため寸暇を惜しんで会場を巡る。そんな中、「DAFT about DRAFT」の展示を目あてに来た者も、たまたま展示ブースの前を通りかかった者も、誰もが息をのみ、家具よりもむしろ、アクリルの玉の連なりが無限に続くような幻想的な空間に目を奪われ、その世界に浸っていた。

「椅子の座り心地だけでなく、“空間の中にいる自分が心地いい”と感じてもらえることを意識しました」――こう話すのは「DAFT about DRAFT」のクリエイティブ・ディレクターでデザイナー/建築家の山下泰樹だ。

画像: 山下泰樹(やました・たいじゅ) 1981年東京都生まれ。2008年にDRAFTを設立。インテリア・建築のデザインを中心に都市計画から家具作りまで幅広いフィールドで活躍するデザイナー/建築家。「空間は人を中心にデザインされるべき」という思想のもと、都市・建築・空間を再定義、再設計しつづけている。Best of Year Awards、SBID International Design Awardsなど受賞多数。

山下泰樹(やました・たいじゅ)
1981年東京都生まれ。2008年にDRAFTを設立。インテリア・建築のデザインを中心に都市計画から家具作りまで幅広いフィールドで活躍するデザイナー/建築家。「空間は人を中心にデザインされるべき」という思想のもと、都市・建築・空間を再定義、再設計しつづけている。Best of Year Awards、SBID International Design Awardsなど受賞多数。

 展示のコンセプトは「ポインティリズム」。19世紀末のフランスで生まれた絵画の技法、点描法を意味するポインティリズムは、パレットで混ぜ合わせた絵の具をキャンバスに、輪郭や面を絵筆を走らせて塗るのではなく、絵筆で点が隣り合うようにのせていき、その集積によって絵を立ち現れさせるものだ。その点描法にならい、透明な球をグリッド状に稠密(ちゅうみつ)に配置することで、光のピクセルで満たされた空間が出現するのだ。通常は日常の生活シーンを演出して家具を展示するブランドが多いが、ある種の非日常的な空間をつくるうえで山下にはこんな思いがあった。

「日常における家具との何げない接し方とは異質の、気を取られてしまうほど幻想的なインスタレーションとの対比によって、家具の存在が際立ってほしいという思いがありました」

 ポインティリズムで描かれた絵が、距離を置いて見ることで全体を理解できるように、「DAFT about DRAFT」が追求するのは空間の中で心地よさが体感できる家具のようだ。

 山下はデザイン会社DRAFTを率い、大型シェアオフィスをはじめ、ホテル、プライベートクラブ、レストランなど多くのデザインを手がけてきた。そうした建築家としての山下は、空間が外からどのように見えるかを大切にする。

「商業空間をデザインするときには、外から見てその空間に入ってみたくなるように誘い込む工夫が必要です。ミラノでの展示はそうしたアイキャッチャーを目指しました」

画像: ミラノサローネでの「DAFT about DRAFT」の展示ブース正面。

ミラノサローネでの「DAFT about DRAFT」の展示ブース正面。

 製品の中にはソファ、アームチェアなどのシーティングファニチャーが多いが、デザインする際に意識するのは、その人がどんな暮らしをし、その家具をどのように使うか、ストーリーを設定することだという。

「たとえば別荘の設計を依頼されたとします。山間という立地で、読書が好きな施主であれば、窓から見える景色を楽しみながら本を読むなど、家具単体でなく、暮らしのシーンをイメージしてデザインします」

画像: ソファ「POND-01」は計算された背面の傾きが、体を預けたときの心地よさを生み出す。

ソファ「POND-01」は計算された背面の傾きが、体を預けたときの心地よさを生み出す。

 そんな山下は自身を舞台監督のように捉えている。建築とは舞台であり、そこで展開される幾ばくかのシーンを綴った脚本でもある。その中に登場する人物像に寄り添う家具で、人となりを語る。こうしたアプローチは、施主の暮らしに合わせた家具をデザインする個人邸の場合でも、ホテルや商業施設でも同じだという。

 たとえば見本市でも展示した寝椅子のようなソファ「POND-01」は、女性が横たわる姿をイメージして作られた。背もたれの緩やかな傾きがくつろぎやすさを与えるだけでなく、背面の流線形が優美なソファは、そのデザインがおのずと体を預けるポジションに仕向けてくれるようだ。「家具のディテールひとつひとつに、記憶に残るような存在感をもたせたいんです」ーー記憶の中のフランスの肖像画で、歴史上の女性たちが椅子に身を預ける姿が、ふと思い浮かぶ。

「家具を空間から切り離してオブジェとして捉えるのではなく、インテリアと連動する関係をつくりたいんです」

 家具とインテリアのつながりの重要性は歴史的に見ても明らかだ。17世紀や18世紀の室内で描かれた肖像画を見れば、インテリア装飾と家具、そして人物が身につけているファッションのすべてが、バロックやロココといった様式で統一されていることに気づく。人にとって、空間をひとつの様式で構成することが、心地よさにつながるのだろう。

画像: 今秋、発売予定の新作チェア「No.15」。日本の工場にデザインを持っていくと、「こんな挑戦は長らくしてこなかった」という声も上がるという。ものづくりの現場がアジアにシフトし、日本において卓越した技術が消えてしまうことへの危機感から、国内での生産にも取り組んでいる。 PHOTOGRAPHS: COURTESY OF DRAFT

今秋、発売予定の新作チェア「No.15」。日本の工場にデザインを持っていくと、「こんな挑戦は長らくしてこなかった」という声も上がるという。ものづくりの現場がアジアにシフトし、日本において卓越した技術が消えてしまうことへの危機感から、国内での生産にも取り組んでいる。

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF DRAFT

 今の暮らしでは、すべての要素を同じスタイルで統一することは、あまり見られないケースかもしれない。けれど山下が考えるように、家具とそれが置かれるインテリアがつながりをもつことは、人の心持ちにきっと影響する。2023年に山下が再設計した代官山の「Villa ASO」では、1997年の創業以来初の改修にあたりデザインをかなり変えたが、「以前と変わらない趣がいい」と、具体的な変化には気づかないゲストが多いそうだ。それは新しいデザインが元の空間にしっくりなじんでいるからだろう。

「それこそが狙いです。たとえるなら、ヘアサロンに行って、ずいぶんとヘアスタイルを変えたつもりなのに、その人に似合っていて、以前からそうだったようにしっくりくる髪型である場合、周りは変わったことに気づかないものです」

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