BY NAOKO ANDO,PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA
オーガニックの花卉農家と、
翻訳・通訳の二足の草鞋を履いて、ゆっくり歩む

取材時はチューリップの出荷時期。手作業で土から引き抜き、球根ごと出荷するが、三井の「あっ!」という声とともに、茎が途中で切れてしまう花も。
三井聡子(みつい・さとこ)
花卉農家、翻訳・通訳家。4 人の子どもの母。東京都生まれ。小学1年生から高校1年生までアメリカ・ニュージャージーで過ごす。日本大学芸術学部卒業。2010年、神奈川県相模原市緑区藤野に移住。2017年より「four peas flowers」を主宰。
https://fourpeasflowers.com
四方に山が見える、約200㎡の広々とした原っぱのような畑。三井聡子はこの畑で、農薬や化学肥料を使わずに、観賞用の花を露地栽培している。
「アメリカ発祥の"スローフラワー" の理念に共鳴して、オーガニックな花卉農家を目指しました」
"スローフラワー" とは、環境になるべく負荷をかけない農法で自然のサイクルに沿った旬の花を栽培し、ローカルな生産と供給の循環をつくる、2000年代にアメリカで始まったというムーブメントのこと。スローフードに近い考え方だ。
「日本ではあまり先行者がいなかったので、アメリカ・ワシントンのスローフラワー農家さんのワークショップに参加したりして参考にしました。育てた花をそのまま出荷するのではなく、自分でブーケをつくって販売する人も多く、私もこの畑の花だけでブーケをつくることができるように、少量多品目で栽培しています」
取材時の4 月はチューリップを出荷。
ブーケのあしらいになるハニーワート。約40種の花を育てている。近所の酵素風呂サロンから使い終えたオガクズを引き取り、土にすき込んで肥料に。
畑は、神奈川県相模原市の藤野にある。都心から車で約1時間30分の距離だ。こんなにも都会に近い山あいに、今も昔ながらの里山が残っている。
「以前は西荻窪に住んでいたのですが、キャンプが好きで、この周辺のキャンプ場にもよく来ていました。移住するならここだと思い、16年前に引っ越してきました」

自宅前の大きなケヤキの木に、地元の大工さんがつくってくれたツリーハウス。枝にブーケラックが取りつけられている。イベント時はここで販売することも。
三井が移住を決意した藤野は、甲州街道の宿場町として栄えた地。第2 次世界大戦中、藤田嗣つぐ治はる、猪熊弦一郎をはじめとする多くの芸術家が疎開した場所でもある。歴史的に移住者を受け入れる素地があり、クリエイティブで開かれた環境だという。移住後2 軒目となる現在の家に住み始めてから、三井は徒歩約3分の距離にある畑を借りた。
「ここは約80世帯の典型的な里山集落なのですが、やはり高齢化が進んでいて、耕作放棄地で一面に背の高い雑草が生えていたこの畑を借りることができました」
「four peas flowers」と名乗ってスローフラワー栽培に取り組んで、今年で10年目。当初硬かった土は、今では歩くと足首が埋まるほどフカフカになった。
「英語で"peas in a pod(さやに入った豆のようにそっくりで仲がよいこと)" という言葉があります。私は子どもが4 人いるのでこう名付けましたが、今では"女だけで畑ができるわけがない" という偏見を笑い飛ばしながら花を育てている3 名の女性スタッフと私を指す言葉になりました。ここで育つ花は太陽に向かって自由に伸びていくので、茎の曲がり具合などの表情が豊か。お客さまも、曲がっていればいるほど喜んでくださいます。露地栽培は茎が強く育つので、花もちもいいですね」
畑の入り口にある針葉樹の木陰は、夏の畑仕事の休憩場所に最適。
ところで三井は、小学1年生から高校1年生まで、父親の仕事の都合でアメリカ・ニュージャージーに暮らした経験から、翻訳・通訳家という仕事ももっている。
「子どもの頃の愛読書は『大草原の小さな家』シリーズでした。思春期には『カッコーの巣の上で』に、人格形成において大きな影響を受けました。本を読むことも、文章を書くこともずっと好きだったので、この仕事を始めました」
ファッション・デザイナーのポール・スミスからの信頼が厚く、来日時には常に通訳を務めるという。
「畑の花でブーケをつくってお渡しすると、"サトコの花はリラックスしているねと喜んでくれます」
自宅ダイニング。壁紙は自分で張った。中央の紫の絵は次男が小学生の頃に描いたもの。白い目地材にピンクの絵の具を混ぜてキッチンのタイルを貼るなど、家主のキャラクターが反映された、ポップで楽しい空間。
花を卸したショップで英語での発信スタッフに加わるなど、仕事がクロスオーバーすることもあるという。
「集中して頭を使う翻訳や通訳と、日差しを浴びながら土に触れて雑草を抜く畑仕事の両方で、いいバランスが取れているのかもしれません。どちらの仕事も、ゆっくり育つ私たちの畑と同じように、のんびりと両立していければいいかなと思っています」
スローフラワー農家を目指す若い世代も増え、今年の4月から、全4回のワークショップを開始。今後は、こうした新たな花のコミュニティづくりにも力を入れ、"やってみたい" という人々の応援もしていくという。三井が蒔いた種が芽吹きの時を迎え、自然のままに育つ花の美しさとエネルギーに共鳴する人々の輪が広がっている。
愛犬「ユマ」ちゃんと。「保護犬なので正確な年齢はわかりませんが、おばあちゃんです」。実は草の上を散歩することがあまり好きではないそう。
▼あわせて読みたいおすすめ記事













