2018年7月、ドイツのシュトゥットガルト歌劇場で細川俊夫の新作オペラ『地震。夢』が世界初演された。舞台芸術の一流スタッフが結集した話題作を現地でレビュー

BY NATSUME DATE

 この「圧倒的なリアリティ」の実現に寄与したのが、世界中にFUKUSHIMAの名を知らしめることとなった、東日本大震災の存在。演出のヴィーラー、ドラマトゥルグ(※2)のセルジオ・モラビト、美術・衣裳のアンナ・フィーブロック、台本のマルセル・バイアー、そして細川は、2017年春にリサーチのため福島の被災地を来訪し、現実の一端を目の当たりにした。フィーブロックの美術には、この時福島で見た光景が如実に反映されている。壁がなくなり、基礎とフローリングだけがむき出しになった家屋の床や、ガラスのない窓枠のみのコンクリートの建物など、私たちの目にも焼き付いている数々の光景に重なる舞台装置が出現した。

 バイアーの台本は、原作で最後に生き残った乳児が少年に成長し、自分がどのような状況下で生まれたのかを、夢の中で追体験するという設定になっている。この少年役を演じるのはハンブルク・ドイツ劇場所属の日本人俳優・原サチコ。民衆役の合唱の人々の髪の色や服装にも、日本を意識した部分があり、日本から観に来た観客にとっては、自国を想起せずにはいられない新作オペラだった。

画像: 生まれたばかりの我が子フィリップを抱えたまま息絶える両親(エスター・ディアークス、ドミニク・グロッセ)を見下ろすのは、成長したフィリップ(原サチコ)。声を失った少年役の原はすべてを見つめる重要な役どころを演じ、高く評価された PHOTOGRAPH BY A.T.SCHAEFER

生まれたばかりの我が子フィリップを抱えたまま息絶える両親(エスター・ディアークス、ドミニク・グロッセ)を見下ろすのは、成長したフィリップ(原サチコ)。声を失った少年役の原はすべてを見つめる重要な役どころを演じ、高く評価された
PHOTOGRAPH BY A.T.SCHAEFER

 ただ、これまでにも東日本大震災で犠牲になった人々を悼む作品を複数手がけている細川は、本作では「日本や福島を想定することは一切していない」と、初日の終演後に語っていた。不気味な風の音に始まり、大地を切り裂き揺り動かす自然の脅威を管弦楽で、個から集団になることで狂気と攻撃性を増してゆく民衆の怖ろしさを合唱で描ききる全18景の楽曲は、確かに、固有名詞を必要としない普遍性と強度を持つものだった。

 さらに、民衆ひとりひとりが独立した個人であることを強調するヴィーラーの緻密な演出によって、そんな人々が一方向に妄動するさまが、より怖ろしさを増幅する。そのうえ彼ら民衆はやがて客席のほうを向き、観客にも虐殺に加わることを促すのだ。「考えるな、同調せよ!」と。オペラを観て、こんな血の氷るような想いをするとは思わなかった。

画像: 民衆(合唱)は次第にエキサイトし、同一のポーズを取りながら若い男女を虐殺する。ひとりひとりが優れた俳優でもあるシュトゥットガルト歌劇場の合唱団に、緻密なヴィーラーの演出が冴えわたる PHOTOGRAPH BY A.T.SCHAEFER

民衆(合唱)は次第にエキサイトし、同一のポーズを取りながら若い男女を虐殺する。ひとりひとりが優れた俳優でもあるシュトゥットガルト歌劇場の合唱団に、緻密なヴィーラーの演出が冴えわたる
PHOTOGRAPH BY A.T.SCHAEFER

 この最新作『地震。夢』をはじめとするヨーロッパと日本での目覚ましい活躍を評価され、2018年度の国際交流基金賞(※3)を受賞した細川は、11月末に行われたその記念講演会で、「これは夢というより、悪夢と言った方が良いかもしれません。しかし現在、さまざまなところで起こっている現実世界では、このオペラが描く悪夢より、さらに怖ろしいことが展開されているのではないでしょうか」と語って講演を締めくくった。まったく異論の余地のない、突き刺さる言葉だった。

画像: 2018年11月末に行われた国際交流基金賞受賞講演会の細川俊夫氏。後方にはクリエイティブ・チームと福島を訪れた際の様子が映し出されている。この画像の建物がフィーブロックの舞台装置のモデルになったのだろう COURTESY OF THE JAPAN FOUNDATION 細川俊夫 1955年、広島生まれ。1976 年から10 年間ドイツに留学。ヨーロッパと日本を中心に作曲活動を展開し、世界の主要オーケストラ、音楽祭、歌劇場等からの委嘱が引きも切らない、日本を代表する作曲家。東日本大震災の犠牲者を悼む作品としては、ヴィオラのための『哀歌』(2011)、オーケストラのための『瞑想』(2012)、ソプラノとオーケストラのための『嘆き』(2013 )、オペラ『海、静かな海』(2014年、ドイツ・ハンブルク歌劇場初演)などがある

2018年11月末に行われた国際交流基金賞受賞講演会の細川俊夫氏。後方にはクリエイティブ・チームと福島を訪れた際の様子が映し出されている。この画像の建物がフィーブロックの舞台装置のモデルになったのだろう
COURTESY OF THE JAPAN FOUNDATION

細川俊夫
1955年、広島生まれ。1976 年から10 年間ドイツに留学。ヨーロッパと日本を中心に作曲活動を展開し、世界の主要オーケストラ、音楽祭、歌劇場等からの委嘱が引きも切らない、日本を代表する作曲家。東日本大震災の犠牲者を悼む作品としては、ヴィオラのための『哀歌』(2011)、オーケストラのための『瞑想』(2012)、ソプラノとオーケストラのための『嘆き』(2013 )、オペラ『海、静かな海』(2014年、ドイツ・ハンブルク歌劇場初演)などがある

 が、このオペラには救いがないわけではなく、最後は死者となった父母の歌声を、成長した少年が聴きとるところで幕となる。自らの音楽を、能における「橋掛かり」の役割でありたいと語る細川にとって、死者が橋掛かり(この舞台装置にも歩道橋のような形状の橋掛かりの存在がある)を通って現世に現れ、能のシテ同様、生者に想いを吐露するように見えるこの場面は、彼らの魂が浄化される過程にほかならないだろう。願わくば、このオペラがシュトゥットガルトから世界中に広がり、鎮魂とともに、生者への警鐘ともなってゆくことを望みたい。

※1:芸術監督 このケースの芸術監督はドイツ語圏では「インテンダント」と呼ばれるもので、芸術面だけでなく予算、人事などすべての決定権を担う職掌。日本語では「総裁」と訳されることもある。
※2:ドラマトゥルグ 作品選定とその内容にかかわる各種リサーチから編集、キャスティング、演出家や俳優への助言など、舞台制作に関する広範な役割を担う重要な職掌。ドイツで誕生し、中欧を中心に世界に広がっている。
※3:国際交流基金賞 国際文化交流を実施するわが国の専門機関である独立法人国際交流基金が、毎年、学術・芸術などの文化活動を通じて日本と海外との相互理解促進に顕著な貢献度があり、引き続き活躍が期待される個人または団体に授与する賞。近年では宮崎駿(2005)、村上春樹(2012)、冨田勲(2015)らが受賞している。

オペラ『地震。夢』<Erdbeben. Traume>(1幕18場)

作曲:細川俊夫
台本:マルセル・バイアー(ハインリッヒ・フォン・クライストの小説『チリの地震』より)
演出:ヨッシ・ヴィーラー
美術・衣裳:アンナ・フィーブロック
ドラマトゥルグ:セルジオ・モラビト
指揮:シルヴァン・カンブルラン
出演:エスター・ディアークス(ソプラノ)、ドミニク・グロッセ(バリトン)、トーステン・ホフマン(テノール)、ソフィー・マリレイ(メゾ・ソプラノ)、アンドレ・モルシュ(バリトン)、原サチコほか
世界初演:2018年7月1日 ドイツ・シュトゥットガルト歌劇場

 

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