BY SAYAKA HOSOGAI, PORTRAIT BY TOMOKO SHIMABUKURO
あんな男に振り回されるのは、いい加減にやめなよ……。もし、『愛がなんだ』の主人公、テルコが身近にいたら、誰もがそう忠告するに違いない。何しろテルコときたら、恋人でもなければ彼女を友人として大切にしてくれるわけでもない“マモちゃん”のためだけに生きているのだ。携帯が鳴ったときすぐ出られるよう、会社の電話は一切取らない。誘われれば、残業中だろうが、お風呂でシャンプーしていようが、速攻で駆けつける。「今ちょうど会社出るところ」などと嘘をついて。風邪でダウンしたマモちゃんのアパートに味噌煮込みうどんをつくりに行き、風呂掃除までしてあげたのに「帰ってくれるかな」と追い払われ、深夜に歩いて帰らなければならなくなっても、文句ひとつ言わない。
角田光代さんが映画の原作となる同名の小説を刊行したのは、2003年。『対岸の彼女』で直木賞を受賞する一年前のことだ。「『愛がなんだ』は2001年からウェブで連載した作品です。1990年にデビューしてから純文学の文芸誌を中心に書いていたんですけど、なんだか煮詰まってしまい、仕事の依頼も減って……。そういう時期に、『ダ・ヴィンチ』のウェブ版を始めると声をかけていただいた。だから、それまでの小説より、もうちょっと軽やかで読みやすいものを意識して書きました」
小説を執筆する際、いつもテーマが先にあり、そのテーマに最もふさわしい登場人物や設定を考えるという。『愛がなんだ』の場合は「犬派」の恋愛だ。「ちょうどそのころ、つらい失恋をしたばかりで、友達とよく、女性を“犬派”と“猫派”に分けてしゃべっていたんですね。私自身は完全に犬派で、相手を好きになって振り回されてしまうほうでしたが、まわりにいた女性はみんな猫派。『バカねえ。私は振り回されたりしない。私が振り回すんだ』みたいなことを豪語するので、なんだかムカついて(笑)。それで、自分を全面的に明け渡すような恋愛しかできない、犬派の大代表みたいな女の子を書きたくなったんでしょうね」
『愛がなんだ』には、「猫派」の代表も登場する。テルコの唯一の女友達らしい葉子。自分に片思い中のナカハラくんを使いっ走り扱いしている。「この小説を書いていた30代前半は、人間って変わらないと思っていたんですよ。犬派の私はずっと犬派で、男性はみんな、そんな私を怖がり続けるだろう、と(笑)。でも、そこから20年近く生きて、自分やまわりの人間を見ていて学んだのは、人は本当に変わるということ。犬派だけとか猫派だけという人なんかいなくて、みんなちょっとずつ混じっているし、相手との関係性によって立場も何もかも変わっていくんですよね。テルちゃんも、それこそ次に出会った男性で簡単に変化し、葉子みたいにいばり散らしてるかもしれない」