映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』から『インサイド・マン』まで。壮大で多岐にわたるスパイク・リー作品の本質を知るためのスターター・ガイド

BY A.O. SCOTT, TRANSLATED BY MASANOBU MATSUMOTO

もし、笑いたければ
ーー『キング・オブ・コメディ』

 観客の熱狂、ステージに立つ人間の汗と度胸、そして必然的に沸き起こる驚きの声——ライブパフォーマンスを映画にすることは、見た目ほど簡単ではない。そして、この映画のなかで、もっとも難しいパフォーマンスを繰り広げる4人のコメディアンに対して、きちんと敬意を払うべきだ。スティーブ・ハーヴェイ、D.L.ヒューリー、セドリック・ジ・エンターテイナー、そして唯一無二の存在であるバーニー・マックに。『キング・オブ・コメディ』(2000年)が、真の意味でスパイク・リーの作品と言えるのは、その寛大さと、宮廷にいるキングたち、つまりステージに立つコメディアンに対する愛情が作品に注がれているからだ。

もし、かつての古き良きブルックリンの思い出に浸りたければ
ーー『クルックリン』

画像: 『クルックリン』 © 1994 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

『クルックリン』
© 1994 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

 リーは、まだ高級エリアになる前のブルックリンで、ミュージシャンと教師の両親の長男として育った。妹のジョイと弟のサンクとのコラボレーションで、彼はその地域での暮らしや家族についてのほろ苦い思い出を辿りながら、子ども時代の様子を再現してみせた。

 両親役を演じるデルロイ・リンドーとアルフレ・ウッダードが素晴らしい。そして撮影監督のアーサー・ジャファの美しいカメラワーク、テレンス・ブランチャードの完璧な音楽によって完成した『クルックリン』だが、ズル賢くまた用心深い娘役のトロイに、若かりし頃のゼルダ・ハリスがまたうまくハマっている。

画像: 『クルックリン』 DVD:¥1,429 (NBCユニバーサル・エンターテイメント) © 1994 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

『クルックリン』
DVD:¥1,429
(NBCユニバーサル・エンターテイメント)
© 1994 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

もし、すこし政治色をはらんだ、デンゼル・ワシントンの犯罪ストーリーを観たければ
ーー『インサイド・マン』

画像: 『インサイド・マン』 © 2006 UNIVERSAL STUDIOS AND GH TWO LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

『インサイド・マン』
© 2006 UNIVERSAL STUDIOS AND GH TWO LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

 ときどき、リーは自身の表現ジャンルにおける独自の才能を見せつけることを好む。彼の系譜上にあるニューヨークの映画監督たちにもよくあることだが、リーは警察と泥棒、犯罪事件とその追跡に興味をもっている。リチャード・プリンスの小説を基にした野心的な作品『クロッカーズ』(1995年)や韓国の復讐劇の名作をリメイクした『オールド・ボーイ』(2013年)を見れば、彼のそのような傾向がわかるはずだ。

 リーの作品のなかで、最も純粋な推理映画と言えるのが『インサイド・マン』(2006年)である。一流の俳優陣(デンゼル・ワシントンに加え、ジョディ・フォスター、クライヴ・オーウェン、ウィレム・デフォー、キウェテル・イジョフォー、そしてクリストファー・プラマー)が出演したこの映画は、凍てつくような青色の照明演出が特徴で、9.11以降のニューヨークにおける権力と金に対する鋭くも巧みな批判精神ものぞかせる。

画像: 『インサイド・マン』 Blu-ray: ¥1,886/DVD: ¥1,429 (NBCユニバーサル・エンターテイメント) © 2006 UNIVERSAL STUDIOS AND GH TWO LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

『インサイド・マン』
Blu-ray: ¥1,886/DVD: ¥1,429
(NBCユニバーサル・エンターテイメント)
© 2006 UNIVERSAL STUDIOS AND GH TWO LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

もし、とても政治色をはらんだ、デンゼルの息子の犯罪ストーリーを見たければ
ーー『ブラック・クランズマン』

画像: 『ブラック・クランズマン』 © 2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ブラック・クランズマン』
© 2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 映画『マルコム X』は、1991年にロドニー・キングがロサンゼルスの警察官に暴行を受けている映像で幕を開ける。『ブラック・クランズマン』(2018年)は、ヴァージニア州シャーロッツビルで、2017年の白人至上主義集会のあいだに起こったヘザー・ヘイヤーの死亡事件に関するビデオで、幕を閉じる。いずれの場合も、重要なのは、アメリカの人種差別に関しては、“過去は完全なる過去ではない”ということだ。

 この『ブラック・クランズマン』は、コロラド・スプリングス警察で、アフリカ系アメリカ人として初の刑事になったロン・ストールワース(デンゼルの息子である、ジョン・デヴィット・ワシントンが演じている)の回顧録を基にしたもので、リーの真骨頂であるさまざまなジャンルをハイブリッドした作品だ。ストールワースと(アダム・ドライバー演じる)ユダヤ人の同僚が、クー・クラックス・クラン(註:アメリカの秘密結社で、白人至上主義団体)の地元支部に潜入捜査するところから始まるこの映画は、恋愛パートもあり、仲間の絆を描くパートもあり、警察署内部の描写もありーーとてつもなく面白く、また同時に、腹にパンチを打たれたようなズシンとした重みのある作品だ。

画像: 『ブラック・クランズマン』 Blu-ray: ¥1,886/DVD: ¥1,429 (NBCユニバーサル・エンターテイメント) © 2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ブラック・クランズマン』
Blu-ray: ¥1,886/DVD: ¥1,429
(NBCユニバーサル・エンターテイメント)
© 2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

もし、想像以上に政治色をはらんだ犯罪ストーリーを見たければ
ーー『25時』

 デイヴィッド・ベニオフの小説を脚色した、裏社会を舞台にしたこのメロドラマは、ほとんどのシーンが、9.11事件から数ヶ月後のマンハッタンで撮影された。その大惨事の様子は、あからさまな題材としてではないが、劇中にもたびたび現れる。エドワード・ノートン(最高だ)が演じる中堅のギャング、モンティ・ブローガンは、刑務所に収容される前に、やり残したことを実行しようとしている。また彼のふたりの親友(バリー・ペッパーとフィリップ・シーモア・ホフマン)も、それぞれ問題を抱えており、リーは彼らを愛情深く、同時に懐疑的な視線で捉えていく。リーの映画には、白人黒人を問わず、アメリカ人が陥る“こうあってほしい”という願望と、非情な現実とのギャップが細かく観察され、描き出されている。そして、『25時』の最後の瞬間も、そのギャップを強烈で明確に心にのこるかたちで、観る者に訴えかける。

もし、完全に政治色の強い、真実の犯罪ストーリーを見たければ
ーー『When the Levees Broke (堤防が決壊したとき)』

 もし、リーがフィクションの長編映画を一本も作らなかったら、彼は映画人の華やかな群れに属していたであろうし、それについていまでも議論する価値があっただろう。私がそう思う理由は、1963年に起きたアラバマ州バーミンガムの教会爆破事件を描いた彼のドキュメンタリー『4 Little Girls(フォー・リトル・ガールズ)』(1997年)、そして、ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲った悲劇を分析した、4幕からなる4時間以上にのぼる映画『When the Levees Broke(堤防が決壊したとき)』(2006年)を見ればわかるだろう。

 これは気軽に見られる作品ではないーーというのも、自然災害そして人災がニューオリンズにもたらした破壊による悲しみと怒りは、時間がたってもきれいに洗い流されることはないーーしかし、リーの辛抱強さと(悲しみや怒りへの)共感が、作品を美しいものにさせている。彼はよく知られた語り手であり、また同時に並外れた聞き手でもあるのだ。

A.O.スコットは『タイムズ』誌で広い分野において批評活動を展開。同誌の共同主席映画評論家でもある。2000年にザ・タイムズに入社し、『ブックレビュー』や『ニューヨーク・タイムズ』紙に執筆。著書に『Better Living Through Criticism』がある。@aoscott

2020年6月9日の『ニューヨーク・タイムズ』紙(ニューヨーク版)では、この記事の別バージョンを掲載しています(5ページ、セクションC「The Essential Spike Lee」)

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