西洋のポピュラー音楽のストーリーは、そのランキングに参加しようとするアジア系やアジア人を長い間認識せず、彼らを蚊帳の外に置いて書かれてきた。しかし新世代の女性たちは、誰の音楽が集団から頭ひとつ抜け出して上へ行けるのか、どんな人間なら―― 才能や経歴や顔や身体を含め――人々はスターとして喜んで認めようとするのかを今、問い直している

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 ロドリゴやポーチなどのパフォーマーがアジア系であることはそんなに意味があるのだろうか? 彼女たちの歌にはアジア文化由来だと認識できるものは見あたらない。アジアとひとことで言っても多種多様な国が集まる約4,400万平方キロメートルの広さの土地であり、これは米国の5倍の面積に匹敵する。アジア地域内では、数十カ国が政治的にいがみ合い、たとえ同じ国の中でも文化や風習はひとつではない。肌の色による人種差別(肌の色が薄いほうが有利)や少数民族への抑圧の歴史が今も存在し続けている。もっと言えば、この若い女性たちはアジア人ではなく、アジア系アメリカ人なのだ。この言葉は、たとえどんなに不格好で力不足だろうと、無視できない重みを持つ。なぜならアメリカは基本、白人の国であり、その意識はまだ根強く残っているからだ。私たち自身や、人種など意識したことがないと主張する人間たちは、そんな意識を持っていないように表面上は見えるし、アメリカが白人の国家だという意識が存在することすら完全否定するかもしれない。だが、アジア人のルーツを持つがゆえに、私たちは永遠に「客」なのだ。たとえこの国で生まれたとしても、たとえ一部しかアジア人の血をひいていないとしても、または「ハパ」だったとしても(ハパとはハワイ語で「ハーフ」を意味し、もともとは、島民と白人の間の結婚で生まれた子どもたちを指す言葉だったが、アジア人と他人種との間に生まれた人々をまとめて表す言葉となった)。私たちは招かれてはいるが、決して完全に受け入れられたわけではないのだ。

 私はアジア系アメリカ人だ――と言うことは、私はほかの人々に認識されたい、つながりたい、絆を感じたいと言うのと同じだ。単にアジア系アメリカ人同士だけでなく、すべてのアメリカ人とつながりたいと。それは抵抗宣言でもあり得るが、同時に恥ずかしいほど希望があふれてくる言葉だ。ポーチとロドリゴが今、普通のアメリカ人の少女たちの気持ちを代弁しているとするならば、アメリカは確かに変化したと言えるのだろうか?

 ギターの弦の音が、残響を起こしながら小刻みに流れてくる。それが、ベイエリア(サンフランシスコの湾岸地帯)のバンド、タオ&ザ・ゲット・ダウン・ステイ・ダウンが昨年の春に発売したアルバムのタイトル曲『Temple』の出だしだ。半分水に浸かったような鼻声とギターの弦がボロンと鳴る音は、1960年代のベトナムのロック音楽を思わせる。南カリフォルニアのサーフ・ミュージックを下敷きにし、さらにアングラなニュアンスを入れて原始化したみたいな音だ。バンドのリーダー、タオ・グエンは現在37歳でバージニア州で育った。サイゴン陥落のあと、彼女の両親が同州に難民としてやってきたのだ(この曲の中で、グエンはこう歌う。「私は昼の光の中で自分の街を失った/真っ黒な煙、ヘリコプターの羽」)。グエンは週末には母が経営するランドリーで働き、「服を畳む作業をひたすらやらされる」合間をぬって、ギターを独学で習得したという。

画像: タオ&ザ・ゲット・ダウン・ステイ・ダウンのタオ・グエン ジャケット(参考商品)/プラダ(プラダ クライアントサービス)フリーダイヤル:0120-451-913 トップス、イヤリング/スタイリスト私物

タオ&ザ・ゲット・ダウン・ステイ・ダウンのタオ・グエン
ジャケット(参考商品)/プラダ(プラダ クライアントサービス)フリーダイヤル:0120-451-913 トップス、イヤリング/スタイリスト私物

 彼女の両親とその友人たちは夜になると郊外の家の地下室に集まり、ダンスを踊った。彼らは肉体労働者で「完璧にオシャレをして集まってはコニャックを飲み、誰もが煙草を吸い、チャチャチャやルンバを踊っていた」とグエンは言う。「戦争の前にもそうしていたように」。『Temple』のビデオの中で、ベトナムの老人たちが緑が生い茂る庭の中を一列に並んでゆっくり進んでいく。彼らの腕が弓型の美しい曲線を描き、彼らのまなざしは空に向いている。曲が盛り上がる場面で、彼らは振り付けから解放されて自由に動く。ゴーゴーの動きをしたり、両目の前で指をV字型にしたり、頭を振って髪の毛が乱れる。「彼らに自由に踊ってもらうように頼んだ」とグエンは言う。「彼らが解放され自由になったあの瞬間のように」

『Temple』はグエンの5枚目のアルバムで、この作品で初めて彼女の家族のルーツを前面に出した。「今までそれを一度も自分の作品で表現したことがなかった。なぜなら、自分の人生でも一度もそのことを表現したことがなかったから」と彼女は言う。アジア系アメリカ人の団体が彼女にこの曲を演奏してほしいと依頼すると、彼女はその申し出を断った。自分のバックグラウンドを恥ずかしいと思う気持ちを彼女は認めたくなかった。「自分は自分のルーツ以上の存在ではないのだと認めることが、こんなに難しいなんて」と彼女は言う。

 ブルックリンを拠点とする32歳の歌手、ミシェル・ザウナーはジャパニーズ・ブレックファストというバンド(新作アルバム『Jubilee』が今年6月に発売された)で活躍中だ。20年前に彼女が音楽の世界でまだ駆け出しだった頃は、彼女もためらいを感じていた。彼女の母親は韓国人で、父親は白人だが、彼女のアイデンティティについて尋ねる人は誰もいなかった。「自分の出自を強調するようなことは一切しなかった」と彼女は言う(彼女はジャパニーズ・ブレックファストというバンド名を2013年に思いついた。それは、彼女が自身のプロフィールをごまかして隠していた頃だった)。ロック界に生きる女性であることで、彼女は当時すでに孤独を感じていた。ごつい飾りのついたギターを弾き、自分のアンプは常に自分で運び、自分のルーツについては沈黙を貫いていた。「シリアスな感じを保つために、自己開示しなかった部分もあった」

 2014年に彼女の母親ががんで亡くなり、バンドが商業的に売れることを諦めたときに、やっと自分のプロフィールを公表し、彼女の母親の写真を2016年発売のアルバム『Psychopomp』のジャケットに使った。母娘の関係が複雑だったことを、4月に出版された自叙伝『Crying in H Mart (Hマートで泣いている)』でザウナーは時系列を追って綴っている。ザウナーはこのアルバムの短い静かなタイトル曲を自分で歌っていない。そのかわり、留守電に昔録音された母親の声を使っている。半分韓国語で、半分英語だ。「ケンチャナ、ケンチャナ」と彼女は言っている。これは「大丈夫」の意味だ。そしてささやくように英語で「泣かないで」と続く。

 タオ&ザ・ゲット・ダウン・ステイ・ダウンのアルバム『Temple』では、ベースが力強いビートを刻み、弦の響きが雨のように降り注ぐ中、グエンは自らの声で歌うことで、彼女の母親のメッセージを伝えた。グエンの母親の物語は戦争の思い出だけではない。母親は「私の髪はすごく長かった」と言い、その頃、彼女に夢中だった男性たちが彼女に詩を書いたのだという。そして母親はこう言うのだ。「私にどんな将来の可能性があったかなんてどうでもいい」。彼女は移民として、現実的に生活のことだけを考え、自分の人生や可能性を脇に追いやって、次世代のためだけに生きたのだ。

 私たちは自由を見つけた。
 さあ、あなたはこれからどうする?
 苦労は土に埋めておしまい、ベイビー。
 立派になっておくれ。

HAIR BY TOMO JIDAI AT STREETERS. MAKEUP BY YUMI LEE AT STREETERS. SET DESIGN BY JESSE KAUFMANN.
PRODUCTION: HEN’S TOOTH. MANICURIST: ELINA OGAWA AT BRIDGE ARTISTS. DIGITAL TECH: JARROD TURNER. PHOTO ASSISTANTS: ARI SADOK, TRE CASSETTA, ANDRES ZAWADZKI. HAIR ASSISTANT: MARK ALAN ESPARZA.
MAKEUP ASSISTANT: MISH PARTI. SET ASSISTANT: JP HUCKINS AND COREY HUCKS. TAILOR: CAROL AI STUDIO. STYLIST’S ASSISTANTS: ANDY POLANCO, ROSALIE MORELAND, MICHELLE CORNEJO

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