西洋のポピュラー音楽のストーリーは、そのランキングに参加しようとするアジア系やアジア人を長い間認識せず、彼らを蚊帳の外に置いて書かれてきた。しかし新世代の女性たちは、誰の音楽が集団から頭ひとつ抜け出して上へ行けるのか、どんな人間なら―― 才能や経歴や顔や身体を含め――人々はスターとして喜んで認めようとするのかを今、問い直している

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 これらの数字が示すように、ポーチとロドリゴは西洋社会で最も視聴されているアジア系女性だ。アジア系アメリカ人のポップスターがこれだけ多くの視聴者を獲得したのは、もちろん史上初だ。だが、メディアは彼女たちの先祖に関しては、生い立ちをざっと述べる以上の説明をしていない。とりわけ、ポーチの成功に対しては、批評家たちは「よくある感じの魅力」と辛口で、彼女を「ソーシャルメディア特有の可愛さの極致」と評し、彼女の人気は、生まれ持った身体がアルゴリズムに適していただけにすぎないと、白人文化の価値観から矮小化して論じた。だが、西洋の文脈においても、ポーチの外見にありふれた部分など微塵もない。TikTokのランキング上、彼女よりもフォロワーが多い一般の白人の女の子たちとは、彼女は身体的にまったく似たところがなく、経歴もまるで異なる。ポーチは思春期にアメリカにやってきた移民であり、自らの外見を理由にいじめられたことをインタビューで語っている。アジア人の顔は千差万別だが、それでも私は、群衆をざっと見回すときについ自分に似たある特徴を探してしまう。ポーチの顔にもその特徴を見つけることができる。花びら型で彫りの浅い眼と、濃い茶色のためほとんど黒く見える瞳。平らな眉毛とかすかに色のついた肌。歴史学者のマイケル・キーバックが記しているが、18世紀のスウェーデン人の分類学者カール・リンネはその肌色をラテン語で「fuscus」、つまり「褐色」と分類し、のちに「luridus」という言葉を使い「さめたような黄色」と表現した。

 ポーチのような顔は、西洋で重要視されている美の基準からは歴史的に排除されており、ときにエキゾチックで無個性な場合のみ、例外的に美として扱われていた。記録に残っている最初にアメリカへ正式に訪問した中国人は、1834年に19歳でニューヨークにやってきたアフォン・モイで、彼女はアメリカ人の商人によって開催された中国物産展の見世物の一部だった。彼女は王座に静かに座り、纏足(てんそく)された足を見物人にひとり50セントの値段で見せていた。あるコメンテーターは彼女を「完璧な魅力を備えた雌狐(性的に魅力的な女性)」と呼んだ。それから約1世紀後の1932年に、ハリウッド映画ファン向けの雑誌『Picture Play(ピクチャー・プレイ)』は初のアジア系アメリカ人の映画スターであるアンナ・メイ・ウォンを「運命を受け入れる諦観の表情」と評した。長年、アジア系女優は彼女のほかにはおらず、ドラゴン・レディ(西洋人が考える、強くて狡猾で神秘的といったアジア系女性に対するステレオタイプ)か、奴隷のような女性の役しか与えられていなかった。「彼女の穏やかな丸い顔が興奮で乱れることはほとんどなかった」と同誌は伝えた。当時の西洋人の観客には、アジア人の顔はあまりにもなじみがなかったため、表情の違いを読み取ることができなかった。心理学的に言えば「自己人種バイアス」という現象で、ある人種の人間は、別の人種の人間の顔を認識するのが困難だというものだ。それゆえ、アジア人の顔はみな同じように見えるという間違った認識を生んでしまう(韓国系アメリカ人の歌手のオードリー・ヌナは、彼女の新しいアルバムで「飛行機のコックピットの中に自分と同じような顔をした人間がいるのを見たことがない」とラップ調で歌っている)。

 もし他人が私たちの表情を判別できないならば、それは内面を見せない私たちの落ち度だとされ、そのせいで、理解し難い人、感情を見せない人、さらには正直ではない人という役まで与えられてしまうのだ。今日でも、西洋ではそんなアジア人のイメージが根強い。計算高く競争に長けているが、感情の機微に欠け、感情を露(あら)わにしないと思われている。言い換えれば、人間らしさに乏しいというイメージなのだ。2004年にリアリティTVショー『America’s Next Top Model』(註:ファッションモデル志望の候補者たちをオーディションで選考する番組)を見ていたとき、アジア人の参加者のひとりであるエイプリル・ウィルクナーが審査員に「機械みたい」「彼女は考えすぎ」と言われて落とされ、胸がムカムカしたのを思い出す。2014年にはハーバード大学が入学選考過程においてアジア系の受験者を差別していたとして裁判で訴えられた。裁判では、人物評価の要素である「好ましい性格」「親切さ」「高潔さ」などの項目で、アジア系の受験生が一貫して低い評価を与えられていた証拠が提出された。この裁判は、ハーバード側に有利な判決が出されたあと、最高裁判所がこの件を取り上げるかどうかが今、待たれているところだ。私たちアジア系が実績を出すと、それは生まれ持っての才能ではなく、機械的な生産性の高さのためだと判断される。心と魂を犠牲にし、身を粉にして、みながまったく同じように働くイメージを持たれているのだ。

 来年1月に発売予定の書籍『Rise: A Pop History of Asian America From the Nineties to Now(台頭:1990年代から現在までのアジア系アメリカのポップの歴史)』は、ジェフ・ヤン、フィル・ユー、フィリップ・ワンの共著だが、この中で彼らは「知られざるアジア人」について記録している。アーティストや公人で、アジア人のルーツを継承していながら、その事実を必死に隠していた人々のことだ。たとえば、大恐慌時代の女優マール・オベロンのように。ちなみに、彼女の母親は南アジア人でマオリ族の子孫でもあったことが判明している。また、ギタリストのエディ・ヴァン・ヘイレンの母親はインドネシア人だったが、そのことはほとんど知られていなかった。この本の著者たちいわく、これは謎解き遊びで「噂を機会として積極的に利用し」ポップ音楽という鏡を通して、私たち自身の姿が映し出されているかどうか、また、「セレブリティとの共通点があるかどうか」を探すゲームなのだという。それはつまり、つながりを探す、ということだろうか?

 セレブとつながるなどという考えはくだらないと笑い飛ばしつつも、それでも私たちはやはり期待し続けてしまう。自分たちの仲間が大成功すると興奮し、彼らが、アジア人はおとなしくて人の言いなりになるというステレオタイプを破壊するとワクワクする。ロックバンド、ヤー・ヤー・ヤーズのボーカルである韓国系アメリカ人のカレン・Oの聖なるワイルドさに触れたり、スリランカ系英国人のラッパーのM.I.A.がクーデターを起こすような勢いで叫ぶのを聞いたりするときがそうだ。彼女たちは、ここ20年足らずの間に、西洋社会の音楽シーンの主流の仲間入りをした最初のアジア系女性たちだ。主流派に自分たちの仲間を送り込むことは単なる入り口にすぎず、それ以上を望むべきだとわかっていても、私たちはうれしさを感じてしまう。これらの成功例は、アジア系の日常生活にはほとんど当てはまらないとわかっているにもかかわらず。実際、英語力と教育の機会が限られていて孤立し、苦しんでいるアメリカ在住のアジア人たちには、一部のアジア系が芸能界で成功しようと関係ない(東南アジア系のグループの中には高校中退率が最高40%の場合もある)。彼らは就職差別を受け、誰からも顧みられず、貧困層としてギリギリの生活をしている。アジア系は模範的なマイノリティだという神話にもかかわらず。また、アジア系に対する暴力が急増する昨今、実際に襲われる者もいる。30歳のフィリピン系アメリカ人のラッパー、ルビー・イバラは私にこう言った。「K-POPの曲がラジオで流れ、映画の『クレイジー・リッチ!』が劇場公開されているのに、アジア人は依然として暴力を振るわれている」

 だが、私たちの仲間がスクリーン上で活躍しているのを見ることで、私たち自身の生活が実際に変わるわけではなくても、私たちがこの世界でどう身を処していくかという点に多大な影響を与える力はある。私がミュージックビデオ上で初めて見たアジア女性は、デヴィッド・ボウイの1983年の『チャイナ・ガール』に出演した中国系ニュージーランド人のジーリング・ンだった。この作品の中で、ボウイは彼女にとって愛人であり救世主であり破壊者だった。ビデオのクライマックスのシーンで、米の入った巨大な器をボウイが彼女の手から取り上げ、空中に投げ出すと、米粒が降り注ぎ、まるで西洋の結婚式のように見える。「君のすべてを破壊してしまおう」という歌詞とともに。西洋社会が持つ東洋のイメージにおいては「女性というのは、おおよそ常に、権力を持つ男性のファンタジーによって創造された存在だ」とパレスチナ系アメリカ人の文学批評家エドワード・サイードは記している。「そんな女性たちは際限なくセクシーで、頭は悪く、何より従順だ」。このビデオが公開されたとき、ボウイは「社会観察の一種として」ミュージックビデオという媒体を意識的に使いたかったと語った。彼は人種のステレオタイプを容認するのではなく、それを批判する目的でこのビデオを制作した。だが、彼が彼女にキスしたとき、私は息をのんだ。私もエキゾチックで得難い存在になりたかった。私は白人の男の子がこの曲を聴いて私のことを思い浮かべてくれたらと夢想した。だが、そんな考えを恥じ、何年もそのことを誰にも言わなかった。

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