BY NORIHIKO YONEHARA
イタリアの作曲家エンニオ・モリコーネ(1928~2020)の名曲は枚挙にいとまがない。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「ニュー・シネマ・パラダイス」「ミッション」「海の上のピアニスト」……。マイナーなところでは、池田満寿夫監督の「エーゲ海に捧ぐ」もそうだ。ぬくもり深い哀愁やはかなさ、情熱の火照りを漂わせる曲の数々は、映画の場面とともに、心に染み入ってくる。小泉氏は2005年にCD『私の大好きなモリコーネ・ミュージック』を出すほど情熱を傾けてきた。
「最初は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』ね。映画を観て、ああ、いい曲だなあ、と思った。それから、自分でレコード屋に行ってモリコーネの曲を探して。聴いているうちに大好きになっちゃった」
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(日本公開1984年)では、パンフルートの調べが、そこはかとなく、特に懐旧シーンを彩る。「ミッション」(同1987年)の「ガブリエルのオーボエ」は独立した名曲となり、「ニュー・シネマ・パラダイス」(同1989年)では、モリコーネの曲がなければ、主人公のトトと映写技師アルフレードの何ものにもかえがたい友情と愛情への感動は薄れてしまっただろう。モリコーネが携わった映画の名場面は、音楽抜きでは語れないのだ。
「映画館で映画を見て、いいなあと思ったんだ。『ミッション』『ニュー・シネマ・パラダイス』『マレーナ』もよかったねえ。映画自体、面白かったけど、曲そのものがいいよね。どんなところが良いって? いいな、と感じる曲がいい。そこに理由はない。良いと感じるかどうかは、人によってそれは違う」
2015年10月、モリコーネ氏は来日コンサートを開いた。郵政民営化を争点とする総選挙の後、第3次小泉内閣が発足したころだったが、小泉氏はモリコーネと面会した。
「まさか、ご本人に会えるとは思わなかったからねえ。で、まさに私が選曲したCDを差し上げた。これは5、6枚のモリコーネのCDを聴いて、いいな、と思う曲を選んだ。1曲目と最後が『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。その時は握手だけで、“大ファンです”と言うことだけだな。CDにはサインしてくれたよ」と目を細めた。
「それと、プレゼントでオルゴールをくれたんだよね。大事にしているんだよ。自分の部屋に置いています。結構、これ重いんだよ」
小泉氏は幼少時から映画好きで音楽好きだったという。子どものころから自宅近くの小さな映画館に通い、アメリカの西部劇や嵐寛寿郎の『鞍馬天狗』に夢中になった。「嵐寛寿郎の映画を見るとね、すぐ、竹藪で竹を切って、チャンバラなんかしてたんだよなあ、小学校のころだよ。美空ひばりが子役でね、出ていたなあ」と振り返る。音楽では、まずクラシックに引き込まれた。
「最初はモーツァルトとか、サラサーテの『チゴイネルワイゼン』。3分ごとに盤を取り換えなきゃいけないSPの時代だよ。あと、バイオリンを習っていたこともあって、バイオリン曲。バッハやメンデルスゾーン、チャイコフスキー、パガニーニなどが好きだった。クラシック音楽は、何度も聴くことでいい曲だなと思うようになるものが多い。最初聴いた時はピンとこなかったのに、30分、60分の曲の中に『ああ、ちょっといいな』と思う一小節か、何秒かがあれば、聴いているうちに全部よくなっちゃう。ブルックナーやマーラーが好きになったのは40代になってからですよ。エルビス・プレスリーや歌謡曲だと、最初からいいなというのはあるんだけど。音楽はそれぞれに良さがある」と、話が止まらない。
「クラシックのレコード、CDを聴くときは、ひとりですよ。そん時は、うちでもう楽に、パジャマを着て聴いていますよ。官邸時代は、寝る時に聴いていた。マーラーとかブルックナーとかの、自分がそんなによく知らない曲を聴いた。音楽を聴かない日はないな。夜、必ず何か聴く。大きなスピーカーをつけて聴く人もいるよね。でも、私はそういうのは全然やらない。スピーカーがどうじゃなきゃいけないとか、そういうのは関係ない。普通の小さなCDプレーヤーでいいんだ。聴ければいい。あとはコンサートに行きゃあいい」。
「自分の政治活動と、音楽の好みは関係ない」と言い切る小泉氏。ただ、こんなエピソードも披露した。総選挙の渦中、選挙カーが人気のない場所を走る時、自分の好きな曲をスピーカーから流していたというのだ。モリコーネの曲も、J-ROCKもかけていたらしい。
「年の暮れにテレビをつけて、子供たちとトランプかなんかしていた時に、紅白歌合戦だったかな、突然、聴いたことのない、ああ、これいい曲だな、というのが、流れた。それがX JAPANの『Forever Love』だった。で、選挙の時に、学校付近で下校中の女子学生100人くらいが歩いていたんだけど、そん時ね、『小泉です』って言っても、見向きもしないんだよな。じゃ、好きな曲をかけてみようかっていって、『Forever Love』をかけて“♪フォーエヴァー”って流れ始めたら、うわーって振り向いてさ、手を振るんだよ。音楽って効果あるなあ、と思ったな(笑)」
この様子は当時、スポーツ紙で「小泉純一郎」「X JAPAN」という大見出し入りで取り上げられた。
「事務所に帰ってくるでしょう。すると、支持者のおじいさんがこのスポーツ紙を読んでいて、笑っちゃったんだけど、『小泉さん、×(バツ)ジャパンってなんだ』って」
モリコーネは生前から、自分の音楽を次世代に伝えるため、息子のアンドレアとともにふさわしいスタイルを模索。モリコーネの秘蔵映像や映画の場面、照明、生演奏を融合させる今回のコンサートに結実した。門外不出の各曲のオリジナル楽譜を用い、アンドレアの指揮により初演される。
「みんないい曲ばっかりだな。『マレーナ』『海の上のピアニスト』なんかもいいよなあ。行きたいなあ、楽しみだなあ」
声を弾ませる小泉氏は、心なしか前のめりになって目を輝かせた。