BY REIKO KUBO
社会の違和感を笑いと恐怖で映すアリ・アスター監督の新境地『エディントンへようこそ』

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
『ヘレディタリー/継承』と『ミッドサマー』の成功によって、現代ホラーの鬼才として人気を集める監督アリ・アスター。ところが長編第3作『ボーはおそれている』では、自らの不安やオブセッションをセルフパロディにして、シュールな地獄めぐりの旅に見る者を誘い込んだ。そして第4作『エディントンへようこそ』もまた、コロナ禍に味わった監督自身の不安や恐怖から生まれたスリラーであり、現代社会への風刺に満ちたブラック・コメディだ。
舞台は、ニューメキシコの架空の町エディントン。前作から連投のホアキン・フェニックス演じる喘息持ちの保安官ジョー・クロスは、マスクをつけることを拒否して炎上し、管轄で対立している市警や町の住人たちからも白い目を向けられる。エマ・ストーン扮する妻ルイーズは精神のバランスを崩して引きこもり、陰謀論者の義母が居座る家庭にも居場所がない。さらにルイーズの元カレで、巨大IT企業のデータセンター誘致を掲げるヒスパニック系の現市長がどうにも鼻につく。そんなジョーが、個人的な怒りや敵意を現代社会や政治の問題にかこつけて市長選に名乗りを挙げるが……。

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劇中、オースティン・バトラー好演のカルト集団リーダーが垂れ流す陰謀論も、ブラック・ライブズ・マター運動も、真偽不明のSNS情報によってかき乱され、ITやAIといったテクノロジー企業が町を独占する。右派にもリベラルにも与することなく、町の混乱と分断をアメリカの縮図として描き、コロナ後に待ち構えていたアメリカ大統領選を暗示した本作。各地で銃撃事件が次々と起こる中、個人の怒りが暴発する現代社会の危うさと閉塞感、そしてラストの強烈な皮肉が、じわじわと恐怖を運んでくる。
12.12公開/映画『エディントンへようこそ』予告編
www.youtube.com『エディントンへようこそ』
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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地下シェルターで繰り広げられる、奇妙で優雅な終末劇『THE END(ジ・エンド)』

©Felix Dickinson courtesy NEON
1960年代のインドネシアで起きたジェノサイドの加害者たちに、自らの行為を再現させた衝撃のドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』と、続く『ルック・オブ・サイレンス』でアカデミー賞に連続ノミネートされたアメリカ人監督ジョシュア・オッペンハイマー。そんな彼が初のフィクション映画で、加害の記憶やエゴと保身のメカニズムに迫る『THE END(ジ・エンド)』。
舞台は、地上に人が住めなくなって25年、父、母、息子、母の旧友、老齢の執事と医師というメンバーが避難生活を送る、塩坑の奥深くに作られた地下シェルター。その前庭で行われる安全訓練や壕内管理、屋内プールでのフィットネス、美術品を駆使した室内の季節感演出など、総勢6人の日常は規則正しく過ぎていく。外の生活を知らない20歳の息子は、尊敬する父の自叙伝執筆を手伝い、元バレリーナの母のインテリアコーディネートに寄り添いながら、憧れる外の世界のジオラマを作り続けている。

©courtesy NEON
母親にティルダ・スウィントン、父親にマイケル・シャノン、息子にジョージ・マッケイと、豪華な曲者役者が仲良し一家の胡散臭さを漂わせる。さらに彼らが突然歌い出すことで、見る側の居心地の悪さを増幅させるミュージカル演出。そしてある日、招かれざる客が現れ、自分たちが生き延びるために胸の奥に押し込めた記憶や秘密が噴出し、虚飾に彩られた日々の均衡が破られる。そんな大人たちを目の当たりにした、ひとり息子が選んだ選択とは……!?
12/12公開『THE END ジ・エンド』予告編
youtu.be『THE END(ジ・エンド)』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて公開中
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家族の時間と都市の記憶が静かに重なる、人生を映す名作『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』

Ⓒ1+2 Seisaku Iinkai
『恐怖分子』(1986)、『牯嶺街少年殺人事件』(1991)、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)、『カップルズ』(1996)など、変わりゆく社会の中で立ち尽くす人々とともに、台北という街を主体として描き出した、台湾が誇る映画監督エドワード・ヤン。このほど4Kレストア版でスクリーンに蘇る、カンヌ国際映画祭・監督賞受賞作『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)は、2007年に59歳という若さで逝った鬼才の遺作であり、2023年に米『The Hollywood Reporter』誌が発表した「21世紀の映画ベスト50」で堂々1位に輝いたマスターピースだ。
タイトルのヤンヤンとは、台北のマンションに住む一家の8歳の息子の名前。彼はコンピューター会社に勤める父(監督・脚本家のウー・ニェンツェン)と母(エイレン・チン)、高校生の姉、そして祖母と暮らしている。近所には母方の、結婚したばかりの叔父夫婦も住んでいる。

Ⓒ1+2 Seisaku Iinkai
そんな家族は、高速道路が映り込むマンションの部屋や夜のオフィス、雨に濡れて艶めく東京や、波が打ち寄せる熱海で、喜びや戸惑い、孤独や不条理、思春期の目覚めや淡い恋心を抱えて立ち尽くす。それぞれの心象が綴れ織りのように紡がれ、人生の春・夏・秋・冬を静謐に浮かび上がらせる。お葬式の場面ながら、見えないものを見ようとするヤンヤンの言葉で締めくくられる物語は、心に薫風を吹き込み、見るたびに新しい発見をもたらすような、人生の友たる映画となるだろう。
【予告篇】『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』12月19日(金)全国公開
youtu.be『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』
12月19日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、109シネマズプレミアム新宿 他 全国公開
公式サイトはこちら








