BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA


『曽根崎心中物語』お初=中村壱太郎(左) お初=尾上右近(右)

『曽根崎心中物語』徳兵衛=中村壱太郎(左) 徳兵衛=尾上右近(右)
愛し合う二人が、静かに死へと向かっていく——。これほどまでに男女の情感をリアルに表現した歌舞伎作品はあるだろうか。近松門左衛門の描いたこの物語は、時代を越えて繰り返し上演されてきた。だが今、南座の舞台で立ち上がる『曽根崎心中物語』は、どこか新しい息遣いを宿している。
中村壱太郎と尾上右近。お初と徳兵衛という一対の男女を、二人が交互に演じる。同じ物語を、異なる身体で、異なる視点で生きる——その試みの中で見えてきたものとは何か。坂田藤十郎が守り続けてきた作品は、いま、若い俳優たちの手によって新たな表情を見せている。
お初として徳兵衛を見つめ、徳兵衛としてお初を支える。その往復の中で、これまで見えていなかった感情が、ふと立ち上がる瞬間があるという。右近は静かに言葉を選びながら語る。
尾上右近(以下、右近):お初を演じてみて初めて、“徳兵衛にこうしてもらえると助かるんだ”、ということがわかるんです。手を取る、視線を向ける、ほんの些細なことなのですが、その一つ一つが相手を輝かせることにつながる。徳兵衛を演じるとき、その感覚はすごく大きいです。
二人の関係性は、言葉よりも前に、身体の中で理解されていく。だからこそ、このダブルキャストという試みは、単なる配役の変化ではなく、役の内側に深く入り込むための方法でもあるのだろう。壱太郎は、その手応えを、どこか懐かしむように語る。
中村壱太郎(以下、壱太郎):祖父はよく、「女方をやってから立役をやると相手の気持ちがわかる」と言っていました。今回、それをまさに実感しています。同じ役を入れ替わって演じることで、こんなにも見え方が変わるんだと。それが、歌舞伎という芸能が持つ特異性でもあると思いました。
一人の俳優が男女の境を越え、役の内面に踏み込んでいくことができる。その強みを、二人は今回、真正面から引き受けている。しかし、この挑戦は容易ではない。
壱太郎:どうしてもお初を中心にやってきたので、徳兵衛は本当に大変で……。舞台に出る前の緊張の質が違うんです。でも、その不安を抱えたまま立つことも、この作品には必要なのかもしれないと思っています。

『曽根崎心中物語』お初=中村壱太郎(右) 徳兵衛=尾上右近(左)
右近もまた、徳兵衛という役の孤独に触れる。
右近:音のない中で台詞を重ねていく場面があって、あそこは本当に一人で空気をつくっていかなければいけない。お初と一緒にいるのだけれど、物語が展開するのは徳兵衛にかかっているから孤独な闘いをしているようで……。最初に演じた時はそれがとても重圧でした。
ふたりでありながら、ひとり。ひとりでありながら、ふたり。その揺らぎこそが、この物語の核心なのかもしれない。終幕について、壱太郎はこう振り返る。
壱太郎:物語の最後、僕たちが花道へ引っ込んでいくときに、拍手が起きなかったんです。それが正解だと思いました。あそこで手を叩けない、その空気が生まれたことが嬉しかったです。
拍手ではなく、沈黙が観客の応答となる。その静けさの中で、舞台と客席は確かにつながっていた。では、この物語の本質とは何なのか。右近は、少し考えてから言った。
右近:二人が良ければ、それでいいんじゃないかと思うんです。外から見れば無謀でも、二人にとってはそれがすべてで。死ぬことが終わりではなくて、一緒にあるという意思の形なのだと思います。
壱太郎は、その感覚を“リアリティ”という言葉で受け取る。
壱太郎:祖父はいつも、リアリティを大切にしていました。お初を演じるたびに「初役だと思う」と。今回もその感覚を忘れないようにしています。
繰り返されることで深まるのではなく、繰り返すたびに“初めて”になる。その矛盾を引き受けることが、古典を生きるということなのだろう。

『曽根崎心中物語』徳兵衛=中村壱太郎(右) お初=尾上右近(左)
今回の舞台には、胡弓の音が新たに加えられている。それは決して古典作品を壊すものではなく、むしろ物語の余韻をそっと引き延ばすように響いていた。
右近:二人は死を選びますが、舞台ではそれを描かず、どこかへ消えていくようなイメージなので、胡弓の演奏が入るのが効果的ですね。
壱太郎も頷きながら語る。
壱太郎:クライマックスをこうしたらいいんじゃないか、という感覚が積み重なって、形になっていく。歌舞伎でありながら、今の感覚にも届くものにしたい。そのバランスは意識していました。
その言葉の通り、舞台にはどこか新しい空気が流れている。だがそれは決して“新しさ”を押し出すものではなく、むしろ自然に立ち上がるものだった。
愛の物語でありながら、そこにあるのは人間の選択の物語でもある。生きることと死ぬこと、その境界を越えてなお、二人であろうとする意志。壱太郎と右近が交互に生きることで、その輪郭はより鮮明になった。古典は、変わらないから残るのではない。変わり続けることで、“今”に届く。南座の舞台で息づくこの『曽根崎心中物語』は、そのことを静かに、しかし、確かに伝えている。まさに再演が待たれる舞台である。
今回の公演では、『曽根崎心中物語』の上演後に行われていた二人の特別対談も、大きな見どころの一つであった。基本的な構成を踏まえながらも、回ごとに趣向を凝らし、時には特別ゲストを迎えるなど、観客との距離を縮める場として機能していたのが印象的だ。 その中で壱太郎と右近は、それぞれを上方と江戸の歌舞伎俳優として紹介していたが、その言葉は、二人が体現する芸の違いと同時に、歌舞伎という芸能の広がりを示すものでもあった。 三月の南座公演を終えた後、二人はそれぞれ大阪松竹座と歌舞伎座という、上方と江戸を代表する劇場の舞台へと立つ。五月で閉場を迎える大阪松竹座では上方ゆかりの演目が並び、壱太郎は『河庄』の小春をはじめ4演目に出演。一方、右近は歌舞伎座で尾上眞秀とともに『連獅子』に挑む。
『曽根崎心中物語』が初めての歌舞伎体験となった観客も少なくないだろう。この舞台で生まれた感動が、次の劇場へと足を運ぶきっかけとなり、歌舞伎という芸能の奥行きに触れていく——その連なりが、これからの観客を育てていくのかもしれない。

『曽根崎心中物語』徳兵衛=尾上右近(右) お初=中村壱太郎(左)

『曽根崎心中物語』お初=尾上右近(右) 徳兵衛=中村壱太郎(左)
中村壱太郎(Nakamura Kazutaro)
東京都生まれ。中村鴈治郎の長男。祖父は四世・坂田藤十郎。母は吾妻徳穂。1991年11月京都・南座『廓文章』の藤屋手代で初お目見得。1995年1月大阪・中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。2010年3月、『曽根崎心中』のお初に役柄と同じ19歳で挑む。2014年9月、日本舞踊の吾妻流七代目家元吾妻徳陽を襲名。「春虹」の名で脚本執筆、演出も手がけている。2025年Forbes JAPAN「CULTURE - PRENEURS30」を受賞。2026年映画「国宝」の振付にて第49回日本アカデミー賞クリエイティブ貢献賞を受賞。
尾上右近(Onoe Ukon)
東京都生まれ。曾祖父は六代目尾上菊五郎、母方の祖父には俳優 鶴田浩二。7歳で歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で本名の岡村研佑で初舞台。12歳で新橋演舞場「人情噺文七元結」の長兵衛娘お久役ほかで、二代目尾上右近を襲名。2018年1月清元栄寿太夫を襲名。2026年、第33回読売演劇大賞 杉村春子賞、第76回芸術選奨演劇部門文部科学大臣新人賞を受賞した。
花形歌舞伎 特別公演『曽根崎心中物語』
一、『曽根崎心中物語』
二、『花形歌舞伎特別対談』
午前の部 11時開演、午前の部 15時開演、夜の部18時30分開演
※桜プログラムは中村壱太郎さんがお初、尾上右近さんが徳兵衛、
松プログラムは尾上右近さんがお初、中村壱太郎さんが徳兵衛で出演。
四月大歌舞伎
昼の部 11時開演
一、『廓三番叟』
二、『裏表先代萩』
夜の部16時30分
一、『本朝廿四孝』
二、『連獅子』
三、『浮かれ心中』
※※尾上右近さんは、夜の部の『連獅子』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
上演日程: 2026年4月2日(木)〜27日(月)
休演日: 10日、20日
大阪松竹座さよなら公演
御名残四月大歌舞伎
昼の部 11時開演
一、『毛谷村』
二、『夕霧名残の正月 由縁の月』
三、『大當り伏見の富くじ』
夜の部16時15分
一、『菅原伝授手習鑑 寺子屋』
二、『五條橋』
三、坂田藤十郎七回忌追善狂言 心中天網島 玩辞楼十二曲の内『河庄』
※中村壱太郎さんは昼の部の『夕霧名残の正月 由縁の月』『大當り伏見の富くじ』、
夜の部の『寺子屋』『河庄』に出演。
会場:大阪松竹座
住所: 大阪市中央区道頓堀1-9-19
上演日程: 2026年4月3日(金)〜26日(日)
休演日: 10日、20日
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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