パリのアートコレクター、ディアーヌ・ヴェネは宝石を身に着けない。彼女が身に着けるのは、「芸術家がつくったジュエリー」だけだ。その希少なコレクションがパリ装飾美術館で公開される

BY LAURA RYSMAN, PHOTOGRAPHS BY DMITRY KOSTYUKOV, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

画像: リ・ウーファンによるイヤリングをつけたディアーヌ・ヴェネ。パリの自宅にて。彼女は絵画や彫刻だけでなく、アーティストの制作したジュエリーをコレクションしている

リ・ウーファンによるイヤリングをつけたディアーヌ・ヴェネ。パリの自宅にて。彼女は絵画や彫刻だけでなく、アーティストの制作したジュエリーをコレクションしている

 パリ・セーヌ川の南。右岸の通り沿いに並ぶギャラリーやショップを見下ろすように、このフランス首都の中でも富裕な人々が富と財産に囲まれて暮らしている。そうとは知っていても、その中のとある住居に足を踏み入れ、額装されたサイ・トゥオンブリーの絵が壁に立てかけてあり、寄木張りの床にドナルド・ジャッドの彫刻が置かれているのを見ると、やっぱり驚かずにはいられない。

「私はアートに囲まれているのが好きなの」と、ディアーヌ・ヴェネは自分の部屋に置かれたコレクションについて語る。ベッドの下から木箱を引き出すと、そこにはまた別のかたちのアートがストックされていた。
 ディアーヌが収集しているのは、絵画や彫刻だけではない。彼女は「アーティストの制作したジュエリー」をコレクションしているのだ。この珍しくもニッチなテーマのもと、この3月7日からパリ装飾美術館で壮大な展覧会が開催される。

 200点を超えるプライベートコレクションを所有するディアーヌは、この「アーティストによるジュエリー」というアートの有名なパトロンであり、後援者だ。彼女の所有する“身につけられるアートコレクション”は、過去にもNYやヴェニス、アテネ、そしてラトビアのリガといった都市の美術館で展示されてきたが、今回のパリでの展示は今まででもっとも大規模で目立つものになるだろう。ここでは彼女のコレクションの大多数が、他所からの貸与品や美術館の収蔵品とともに展示される予定だ。

画像: ディアーヌの夫である、コンセプチュアル・アーティストのベルナール・ヴェネによるリング

ディアーヌの夫である、コンセプチュアル・アーティストのベルナール・ヴェネによるリング

 ベッド下のジュエリーを入れた木箱から、ディアーヌはひとつのブローチを取り出した。これはフェルナン・レジェによるもので、彼の原色使いの抽象絵画をもとに、シャンルベ(金属を彫ってエナメルで埋める手法)という技法を用いてキラキラと輝くミニサイズのブローチにしたものだ。次に革張りの箱から引き出したのは、ギリシャの彫刻家パナジオティス・ヴァシラキス、通称タキスによるネックレス。彼のシグネチャーアイテムである磁石が、彼の恋人の身体のもっとも個人的な場所から型を取って作られたゴールドのペンダントの周囲に浮かんでいる。

 そのネックレスを首につけて、「私はアートを身につけるんです、ジュエリーではなく」とディアーヌは語る。「アートとジュエリーはまったく別のものです」

 素材が真鍮だろうと、伝統的なジュエリーのように高価なゴールドやプラチナであろうと、こういった作品はいずれも、ジュエリーにおける確立された美のルールに従うことを拒絶している。その価値は高価な素材によって決まるのではなく、作品のコンセプトや制作者への評価といった文化的価値によって決まるのだ。まさにアートそのもののように。

「私たちは、ジュエリーという形式におけるアーティストの作品を正しく評価すべきなんです」とディアーヌ。彼女はしばしばアーティストたちとコラボレーションし、彼らのアイディアをジュエリーの形に移す手助けもしている。「ジュエリーらしく見える必要はないの。ジュエリーデザイナーになってほしいわけではないのだから。ふだん作っているものを小さくしてほしいのでもない。彼らの作品のコンセプトを、別の新たな形式で表してほしいのです」

画像: 初期の抽象表現主義を担ったシュルレアリスト、ロベルト・マッタによるネックレス

初期の抽象表現主義を担ったシュルレアリスト、ロベルト・マッタによるネックレス

 彼女のコレクションには、オークションで得たものもあれば、ごく少数のギャラリーオーナーから購入したものもある。例えばロンドンのエリザベッタ・チプリアーニや、ディアーヌの娘であり2012年にパリでギャラリエ・ミニマスターピースを開いたエステル・ド・ボースといった人々だ。

 ディアーヌのコレクションはどれも、典型的なジュエリーの形式にはそぐわない作品ばかりだ。柔らかいウールの突起がたくさんついた草間彌生のネックレスは、草間の立体作品の多くを覆っている男性器風の突起とそっくりだ。ダミアン・ハーストのブレスレットにぶら下がっているのは、チャームというよりは毒薬の錠剤のよう。ルイーズ・ブルジョワのネックレスにはラインストーンのチェーンがぶら下がり、それはこのアーティストが探求し続けた女性の隷属というテーマを反映している。

 また、ジェニー・ホルツァーの作ったヘビのリングは、大文字で書かれた死にまつわるワードアートで飾られている。切り裂いたキャンバスの作品で知られるルーチョ・フォンタナの空間主義的な作風は赤いエナメルのシグネット(印鑑つき)リングに表現されているし、ジェフ・クーンズによる有名なポリエステル製バルーンのウサギ人形は、プラチナのペンダントになっている。ほかにも、パブロ・ピカソ、アニッシュ・カプーア、ナム・ジュン・パイク、ジョルジョ・デ・キリコ、マン・レイ、ジャン・コクトー、ジャン・アルプ、ジャコモ・バッラ、ジョルジュ・ブラック、キキ・スミスといった数えきれないほどのアーティストがジュエリー制作を試みているが、その多くはこれまで広く知られることはなかった。

 

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